第66話 朝来名の作戦

 幸い火受美とのニケツは命の危険を感じた麗衣とのニケツと違い、快適な物だった。


 喧嘩場所に指定された八皇寺市にある首師高校ひとごのかみこうこうの旧校舎は八皇寺駅からバスで三十分は掛かるらしく、八皇寺市というよりは寧ろ六日市よりの山中にあるクソ田舎だった。


「クソっ! どんだけ遠いところに呼び出すんだよ!」


 遥々立国川市からバイクで一時間かけて敵地に辿り着くと、CB125Rから降りてヘルメットを脱いだ神子がまだ姿なき敵に文句を言うかの様に叫んだ。


「てゆーか、防具着けるの、ここに着いてからで良かったかもね。校舎内で着替えられるかしんないしぃ」


 現地ではイチイチ防具を装着する時間も場所も無い事を想定し、流麗達は拳サポーター以外の防具は装備を流麗の家で済ませていた。


「いやいや、校舎内で不意打ちでもされたら裸で応戦しないと駄目になるだろ?」


 そう言って流麗を嗜めると神子は俺達の間に割り込み、流麗を背で守る様にして言った。


「うわっ……裸で応戦って……キモチワルイ想像しないでくれます?」


 え? 俺なんか間違った事言ったか?


 それにしても、神子の俺に対する態度って出会ったばかりの勝子そっくりだよな……。


「ヤレヤレ……そんな事より、敵地なのに緊張感が足りないんじゃないか?」


 火受美がそう言いながら拳サポーターを嵌めていると、孝子も赤樫製の4.2尺の丸棒を茶帆布の袋から取り出していた。


「火受美の言う通りだよ。何時敵が襲ってくるか分かんないんだし、さっさと拳サポぐらい嵌めたら?」


「ハイハイ。分かりましたよぉ~」


 悪びれる様子もない流麗だったが、孝子の指摘通り拳サポーターを嵌め始めたので、俺も拳サポーターを嵌めた。


 なんせマジックテープも無いタイプの拳サポーターなので嵌めればすぐに使える。


 俺は拳サポーターの握り具合を確かめながら校舎の方を見ると、既に敵は集まっていたのか?


 十人程の男達がこちらに近付いてきた。


「テメーラ! 逃げずによく来たなぁ!」


 男達を率いる朝来名益城あさくなましきは叫んだ。


「貴方達こそ、たったそれだけの人数であーし達に挑むつもりなの?」


 十人ならば立国川高校に攻めてきた人数と変わらない。


 その時はNEO麗オリジナルメンバーの三人だけで朝来名等十人を倒したし、俺と孝子と言う戦力も得た流麗からすれば余裕に思うは当然かもしれない。


「あの時は油断していただけだぜ! 今度こそテメーラ全員マッパにして毛まで引っこ抜いてやんよ!」


 え?

 俺までマッパにすんのは勘弁してほしいんだけど。


「うわっ! 脅し文句が童貞くさっ!」


「うるせえっ! オイ! テメーラ! ビッチどもをぶちのめせ!」


「アハハ! ホントに童貞なんだぁ~♪」


 こうしてこちらからすれば緊張感の欠ける喧嘩が始まった。



 ◇



 当初の予定通り、俺と流麗は素手の雑魚を片付け、火受美と孝子は武器を持つ相手と戦い、朝来名の相手は一度戦って勝った神子が行った。


 決着は五分もかからなかった。


「まぁ、軽めのアップみたいなものかな? それにしてもこんな弱い奴が本当に首師高校ひとごのかみこうこうのリーダーな訳?」


 神子は前回戦った時の様なMMAスタイルを変え、麗衣と戦った時の様なムエタイスタイルで朝来名を圧倒し、麗衣張りのハイキックで朝来名に校庭の土を舐めさせていた。


「こんな奴、美夜受麗衣に比べたら子供みたいなものね。これであの人にまで喧嘩を売ろうとしていたって言うんだから呆れちゃうわね」


 神子は自分の事を棚に上げ、朝来名をディスっていた。


「さてと……コイツ等にどうやってけじめを取らせようか?」


 美貌を返り血で濡らした火受美が怜悧な眼差しを無力化した敵達に向けた。


 起き上がって来た者も何人か居るが、実力差は明らかなので歯向かう気力は無いだろう。


 だが、それはあまりにも楽観的な考えであったとすぐに悟った。


「ハハハハッ! 馬鹿だな! まだ俺達にレイプされていた方がマシだったぜ?」


「はぁ? あんた、こんな追い詰められた状況でそんな事言うなんて、ヤクでもやってラリってるの?」


「バカが! 周り見て見ろ! 追い詰められているのはテメーラの方だ!」


「何言ってるの? もう一発ぶん殴って、その減らず口叩けない様にしてやろうか?」


「止めろ! 神子!」


 状況を察した俺は神子を止めた。


「はぁ? 雑魚パイセンは黙ってて」


「良いから周りを見ろ! その男にこれ以上手を出すとヤバい!」


 俺に引き続き、現状を理解した火受美は神子を止めようとした。


「一体何を言ってるの? こんな奴等全員ブッコロでいいでしょ……なっ!」


 神子と、そして流麗と孝子も周りを見てようやく状況を察した。


 校舎に隠れてでもいたのだろうか?

 こちらに向かって、ぞろぞろと男達がやって来た。

 その人数は十人や二十人では無かった。


「ヤバイ! 逃げるぞ!」


 火受美の指示でバイクの元まで逃げようとしたが、そこにも何時の間にか十五、六人の男が先回りしていて退路が断たれた。


「ヒャハハハッ! テメーラが逃げられねーようにワザと少人数であたったんだよ!」


 つまり、俺達が目の前の敵に気を取られている間に逃げられない様に包囲をしていたのだ。


「これで百対五だな? テメーラ一人当たり二十人がかりでレイプされるんだぜ? 覚悟は良いか?」


 俺は男だから見逃してくれないか?


 何て冗談を言う気力もない。


 悪いな麗衣……俺だけの力じゃ流麗の事を守れそうもない。

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