第63話 試合向けの練習と言いつつ喧嘩対策に練習を取り入れた

 今日のボクシング部の練習は俺の提案を受け入れて、キックボクシングでやる試合向けの練習メニューでボクシングの練習にも使えそうなパンチの練習を一部取り入れた。



「ワンツー!」


 音夢先輩の指示を受けて俺はミットに素早くワンツーを打ち込むと、音夢先輩の周りを回る様にしてサイドステップした。


「ワンツーフック!」


 次はワンツーからフックを打ち込む。


「距離が遠いよ! 最後にフックを決める場合、普通のワンツーの距離じゃなくて、ボディアッパーのミットの距離でショートのストレート打って!」


「ハイ!」


 軽くアドバイスを聞いた後、再びサイドステップして音夢先輩の周りを回った。


 これは突進してくるタイプをいなしてサイドからパンチを当てる練習だ。


 キックボクシングだとBクラス以下程度のアマチュアの試合では前後しか動けないタイプも多いので、サイドから攻撃する練習はこの方法が有効だと教わったが、これはボクシングの練習でも使える。


 サイドステップしながらのミット打ちの練習が終わると、次はTVなどでもよくボクサーが練習している事で見かけるサンドバッグに1分間ひたすら軽打を連打する練習だ。


 TVで観た時はこんな軽打を連打したところで相手は倒せないかと思っていたが、結構有用な練習である事を知った。


 左右のストレートを素早く、休む事無く1分間連打する。


 この時、必ずパンチは軽く打ち、強く打たないのがコツだ。


 これは試合で力む事無くパンチを打てるようになるのが為だ。


 他にも、コーナーに追い詰めた時など、ラッシュをかける事で審判に優勢を印象付ける事も可能なので、その際に打ち疲れをしない様にスタミナを鍛える事も出来るのだ。


「よーい。スタート!」


 ストップウォッチを持った音夢先輩が合図をすると、サンドバッグの向かい側に居る吾妻君と俺が同時にサンドバッグの連打を始めた。


 パンパンパンパン……


「えい! えい! えい! ……」


 正面で吾妻君が女の子のような可愛らしい声を出しながらパンチをリズミカルに連打する。


 俺も負けてられないが、ボクシング歴で上回る吾妻君の方が若干スピードで上回る様に見えた。


 ピピピピピッ……


「終了!」


 ストップウォッチが1分間の経過を知らせると共に音夢先輩が終了を告げた。


「ハアッ……ハアッ……」


 1分終了すると、俺はぐったりとした。


 見た目よりも結構キツイトレーニングだが、自分の提案で取り入れた練習なので、弱音を吐く訳には行かない。


 次は再び音夢さんにミットを持って貰って、フックをストレートのカウンターで返す練習だ。


 先ずは右フックを左手でガードして、右ストレートをミットに打ち込む練習を行い、次に左フックに対して、しっかり顎を右肩でガードする様にして右ストレートを打つ練習だ。


 アマチュアキックでは力んでストレートではなくフックを打ってくる選手が多いので、真っすぐのパンチでカウンターを取る練習だが、ボクシングの練習としても有効だろう。


 フックとストレートでは同時に打った場合、真っすぐな軌道のストレートの方が早く被弾するので、この練習を行う事でカウンターの早く、真っすぐなパンチを打てるようになるのが目的だった。


 また、先に軽打の連打を打つ練習をしていたので、力まずに真っすぐなパンチを打つことが出来た。


「ナイスパンチ! 流石堤見修二を倒しただけあるね!」


 俺が提案した練習が終わると、音夢先輩が俺を褒めてくれた。


「しかし、試合向けの練習がしたい何て、ボクシングの試合も出てくれる気満々なんだね」


「ええ。まぁそうですね……あはははっ」


 これらは試合向けの練習ではあるが、実は試合の為と言うよりきたる喧嘩対策で行ったのだ。


 サイドステップからのパンチは素人は正面から突っ込んでくるだけだろうから、相手の正面に立たないでこちらが一方的に攻撃する為。


 軽打の連打は複数の敵と戦う為のスタミナづくりと喧嘩時に力を抜いたパンチを打つ為。


 フックへのカウンターは素人はフック気味のパンチしか打てないから先にカウンターを決める練習だ。


 ミット打ちを勝子ではなく、わざわざ音夢先輩に頼んだのは彼女がミットの持ち方が上手いという理由もあるが、身長170センチを超える音夢先輩の方が男子を仮定した距離感が掴みやすいからだ。


 まぁ、こんな事は音夢先輩には言えないけどな。


「しかし、火明さんも先週と今週で別人みたいだね……」


 確かに麗との喧嘩が終わってから、実力を隠す必要が無くなった流麗の練習っぷりは別人の様だった。


 だがそんな理由は知らず、音夢先輩は先週、わざと手を抜いて練習していた流麗の事をいぶかしんでいた。


「あ、その、先週はちょっと調子が悪かったんスヨ、あはははっ!」


「フーン……それが本当なら良いけどね」


 音夢先輩は胡乱うろんな目で流麗を見ていた。

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