第31話 周佐勝子VS伊奈美音夢 ハイレベルなスパーリング
ウォーミングアップを済ませると音夢先輩と勝子がスパーリングを行う事になった。
二人はアブドメンガードという急所を守る防具と顎元まですっぽり隠れるフルフェイスのヘッドギアを装着した。
「階級差もあるし、先ずはマススパーリングで良いよね?」
「ハイ。分かりました」
勝子はジムでサブトレーナーをしていた時は男子アマチュアキックボクシングのバンタム級やフェザー級の選手相手にパンチのみのスパーリングも行っていたが、彼らよりも音夢先輩の方が身長が高いし、階級も上だ。
とは言えパワーでは男子の方が勝るだろうから音夢先輩が彼らよりも強いとは限らない。
俺が知っている限りでは勝子はAクラスやBクラスのアマチュアキック上位選手相手にも殆どパンチを当てさせず、軽く流しており、俺とよく練習の時にパートナーになってくれるフェザー級で最近プロ予備軍であるAクラスに上がった
「(゚∀゚)アヒャ。周佐ちゃんとスパーは二度としないよ(^_-)-☆。自信もやる気も根こそぎ奪われるだけだからね( ;∀;)」
……と言葉の節々から絵文字が見えてくるほど深刻な心傷を与えるレベルだ。
競技は違うとはいえキックではプロ予備軍である竹内さんレベルですら通用しなかった勝子相手に階級差など関係無いと言っても良いだろうが、インターハイ出場という音夢先輩がどの位やるのか見ものだった。
「よーい……開始!」
ストップウォッチのボタンを押して流麗が開始の合図を行った。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく!」
リングの中央で両者はグローブを合わせると、いきなり音夢先輩は上半身を左に捻り、右半身に軸を作り、回転力を活かし、膝のバネを使って、肘を伸ばし気味にしてロングアッパーを放ってきた。
勝子はスウェーバックしてパンチを避けると、素早くバックステップして距離を取り音夢先輩の攻撃圏内から逃れた。
「汚ぇ~」
「逆に言えばそれだけ本気なんでしょうね」
吾妻君はそう言うけど、初めてのスパーリング相手に不意打ちは如何かと思うが。
プレッシャーをかける目的もあったのかも知れないけれど、こんな事で委縮する勝子では無いはずだ。
距離を詰めた音夢先輩は体格差を活かし、上からジャブを放つ。
上からの軌道のジャブは分かりにくいのか? 勝子もじりじりと下がってしまう。
勝子が中に入ろうとすると独特の軌道のアッパーが飛んできて踏み込めない様だ。
音夢先輩はリーチ差を活かして圧力をかけ、リングのコーナーに勝子を追い込む。
「リングの使い方、追い方が上手いですね」
吾妻君は感心した様に呟いた。
素人だとリングのロープ沿いを追ってしまうが、そうすると追う側もロープを背負ってしまうが、音夢先輩はロープ沿いを動くのではなくリングの中をひし形に動き、直線的に距離を詰める事で勝子の逃げ道を塞ぎ、コーナーに追い込んだ。
コーナーに追い込まれた勝子に音夢先輩は右ストレートを振るわんとする。
だが、勝子はグローブを前に出し拳をキャッチする様にして音夢先輩の右拳をストッピングした。
音夢先輩のパンチが当たる距離に入り、パンチを打たせてからパリングするのではなく、音夢先輩がパンチを打つ前にストッピングする事でパンチを止め、攻撃を封じたのだ。
「やるね!」
ならばと音夢先輩は左フックを放つが、勝子が綺麗に半円を描く軌道のウィービングで赤いグローブを潜ると、そのまま音夢先輩の死角である左側に回り込み、コーナーから脱出した。
そして、勝子がジャブを連打で放つと、身体が入れ替わり、今度は逆に勝子が音夢先輩をコーナーに追い詰めた。
「良いぞ!」
俺は思わず勝子の応援をしてしまった。
攻守が入れ替わった形になったが、音夢先輩に焦りは見せず、右腕に立てた肘に左腕を直角に添える、所謂L字ガードの構えを取った。
「ハッ!」
勝子は今までのお返しと言わんばかりに右フックを放つ。
何人もの暴走族に地面を舐めさせた勝子の右だが、相手はインターハイ出場のボクサー。
パンチが入ると思われるその瞬間に音夢先輩が左肩を上げ、ショルダーブロックで防いだ。
勝子はそれで攻撃を止めずに右フックで捩じった身体を元に戻す反動を利用し、巻き込む様に左フックを放つ。
音夢先輩が立てた右腕で左フックをガードすると、勝子は続けざまに突き刺すような右のボディアッパーを放つ。
ノーファウルカップよりも上部の鳩尾に向かって正確に放たれた右アッパーを音夢先輩は左のパリーで叩く様にして弾くが勝子の連打はまだ終わらない。
ボディを貫かんばかりに左アッパーが放たれると音夢先輩は肘の先端でキャッチする様にエルボーブロックで左アッパーを受け止めた。
エルダーブロックの利点として最も固い肘の先端でパンチを受けられると相手は嫌がってボディを打ちづらくなるのだ。
だが、勝子は怯む事無く右ストレートを放った。
音夢先輩の体勢も崩れかけており、流石に決まったかと思ったが、パンチに対して掌を向けるとストッピングで受け止めた。
ストッピングはブロッキングやパリングなどと違い動作の連続性に欠けるが体勢が崩れた時に有効な防御だ。
体勢を持ち直すとウィービングしながらコーナーから抜け出し、危地を脱した。
「スゲー……あの連打を凌いだのかよ!」
右フック、左フック、右ボディアッパー、左ボディアッパー、右ストレートという鬼の様な5連打をLGガードからのショルダーブロック、ガード、パリー、エルボーブロック、ストッピングを使いこなして全て防いだのだから誰しも驚嘆せざるを得なかった。
こうしてお互いに一進一退を繰り返し、クリーンヒットが一発も無いままほぼ互角の内容でスパーリングは終了した。
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