第28話 あと一人足りない部員は如何しよう?

 あれれ?


 ここは憧れの先輩でしたって流れじゃないの?


「うんうん。気に入ったし実力も確かだろう。今日から宜しく頼むね」


「いや、俺はまだ入部する何て言っていませんが……」


「ゴメン、嬉し過ぎて自己紹介が遅れたけれど、私はボクシング部所属。三年D組の伊奈美音夢いなびねむって言うんだ。気軽に音夢先輩と呼んでくれたまえ」


「ハイ、音夢先輩……って勝子何してんだ!」


「何しているって、アンタの入部届書いているに決まっているでしょ?」


 勝子は白紙の入部届に俺の名前を勝手に書いていやがった。


「決まっているでしょ? じゃねーだろおおおおっ!」


 そんな俺の叫びを一切無視して勝子は音夢先輩に訊ねた。


「先輩、部員が居なくて廃部になるって噂、本当ですか?」


「ああ。残念ながら本当さ……先輩方が卒業してしまってね……去年後輩も入らなかったし、今は僕一人しか居ないのさ」


「如何して人が集まらないんですか? 校内の不良ワルとかがやりたそうなものですけれど」


「今は格闘技したいならボクシングに限らず、キックとか総合とか色々選択肢があるからね……異種格闘技で弱いとイメージを持たれているボクシングを選ぶ子って少ないみたいだ」


 親父から聞いた話では親父が学生の頃は年末の格闘技イベントの類はまだそれ程盛り上がってなくて、今よりもジムも少なかったので不良達がやりたがる格闘技はボクシングか空手、柔道ぐらいしか選択肢が無かったと話を聞いた事がある。


「とにかく部員が五人集まらないと廃部さ……何とか君達には助けて欲しい」


 音夢先輩が頭を下げられ、断りづらい雰囲気になってしまった。


「分かりました。じゃあ、もう一枚入部届頂けますでしょうか?」


 勝子は音夢先輩に訊ねた。


「どうぞ」


 音夢先輩は頷くと入部届を一枚取り出し、勝子に渡した。


 勝子は渡された入部届に「十戸武恵」という名前を書いていた。


「ちょっ! やめえええいっ!」


 流石に勝子の暴挙を見かねて俺は入部届を取り上げると罪悪感が全く無いのか?


 勝子は心の奥底から不思議そうな様子で首を傾げた。


「あら? 如何してかしら? あと一人足りないんだし、仕方ないからアイツの名前を書いているんだけど?」


「流石に居ない子の名前を勝手に書くのは不味いだろ……ところでさ、吾妻君」


 勝子に任せておけないので仕方なく俺は吾妻君に聞いてみた。


「何ですか?」


「澪がボクシング部に入る気が無いか知らない? アイツもボクシング経験者だから入っても良いと思うけど」


「あーっ……澪ちゃんは空手のスポーツ推薦で入ったから駄目ですね」


「そうか……すっかり忘れていた」


 空手部は伝統派空手の他に、今年からフルコンタクト空手部問と硬式空手部問も出来たのだ。


 麗の1年生メンバーである女子3人は全員空手部に入部し、香織は伝統派空手、静江はフルコンタクト空手、澪は硬式空手をそれぞれやる事を決めていたのだが、その話がすっかり頭から抜けていた。


「うーん……じゃあ、麗衣ちゃんに入ってくれるように頼もうかしら?」


 流石に麗衣の名前を勝手に書くような暴挙はしない様だ。


「如何かな……アイツはムエタイスタイルにこだわりがあるしな。下手にボクシングを始めたらスタイルが崩れるって嫌がるだろ?」


「やっぱり十戸武を入れましょう」


 そう言って十戸武の名前を書いた入部届を俺からひったくり、音夢先輩に渡そうとする勝子を慌てて遮ると、背後から聞き覚えのある元気一杯の声が響いた。


「チャーっす! 1年B組、火明流麗! 今日からボクシング部のお世話になります!」

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