スマホと芸者
霜月かつろう
第1話
東京にも芸者がいる。そんな話を聞いた時には眉唾物だと少し笑ったのだがスマホで検索したら、先ほどまでの自分を捨て去ってしまいたくなるくらいには花街が東京にもあるのだと分かって、誰かに言いたくてしょうがなくなる。
そんな高級な遊びハードルが高いと言い放ったのは同期の
「なにか御用ですか?」
後ろから声をかけられてびっくりして飛び上がってしまいそうになるのを堪える。
「いや、決して怪しい者じゃなくて……」
そこから先は言葉にならなかった。振り返った先には着物姿の女性が経っていて、穏やかな笑みを浮かべている。年齢を探ってはいけないのだろうけれど、年齢不詳過ぎて気になる。20代にも見えるしもっと上の艶っぽいものも感じる。これまで会ったことのない雰囲気の人だ。
「珍しいですか?この場所」
余裕があるのか問いかけてくる。そんな様子に焦りは大きくなっていき、まともに返答できない。
「たまにいるんですよ。東京に今場所があるなんて信じられなくて来る方が。道案内しまようか?」
そう言って着物の裾からスマホを取り出す。その光景が想像もしたことのない組み合わせだったので思わず。
「スマホ使うんですね」
そう呟いてしまった。その人はきょとんとした顔でこちらを不思議そうに見た後、声を出して笑いだした。その姿に失礼なことを言った自覚が途端に生まれてくる。
「ご、ごめんなさい。当然ですよね」
「そうですね。当然使いますよ。ほら。これ見てください」
笑いながらそう言ってスマホの画面を差し出してくる。画面を見ろと言う事なのだろうが、いいのだろうか。おそるおそる近づく。ふわりと、いい匂いが漂ってきて悪いことをしている気分になる。まったくもってそんなことはないのにだ。
画面にはこの辺りの地図が表示されている。なんで一目でわかったかと言うと同じ画面を見ながらここに辿り着いたからだ。今いる小料理屋にマーカーが付いているのも一緒だ。この人は本当に迷子だと思っているのか。それとも、ここから去れ。と遠回しに言っているのかもしれない。
「ここからまっすぐ行くとコーヒーショップがあるのでそこを左に曲がると大通りに出るのですぐにわかりますよ」
そう言って指さすその指に視線を奪われる。こんなにキレイな指を見たことがないと言ったら言い過ぎなのか。手入れされた爪には透明なポリッシュが丁寧に塗られていて、玄関の明かりに反射して輝いている。
「あの。わかりますよね」
黙ってしまったからだろう。そう急かされる。やはりここから去ってほしいらしい。それはそうだ。客でもない人が店の前で立ち尽くしていたら誰だってそう思うに違いない。
「はい。大丈夫そうです。し、失礼しました」
そうと分かったからには早々にここから立ち去らなくてはと勢いよく踵を返した途端。手首を掴まれた。
「スマホお持ちですよね。よかったらここから予約してくださいね」
そう言って紙を手に入れられてた。突然の事に驚いている間に玄関が開いて閉まった。振り返る隙もなかった。当然疑問をぶつける暇もない。
だれも居なくなったところに居ずらいのもあってコーヒーショップまで歩く。そこでようやく手にしたものを確認する。それは名刺だった。小料理屋の名前が上部にあって中央には『清』とだけある。なんと読むのだろう。フリガナはない。これが彼女の名前なのだろうか。それすら疑ってしまう。そしてその右下にQRコードが印刷されている。先ほどの言葉が思い出される。スマホを取り出すと、そのQRコードに向かってカメラを起動させる。
その間、様々な空想が脳内で繰り広げられた。たぶん、全部違うのだろうけれど。とりあえず佐久間だけは巻き込むのだと。それだけは決意したのだ。
スマホと芸者 霜月かつろう @shimotuki_katuro
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