第14話

「どうぞ」


 私は病室のドアをノックし名前を伝えると、病室の中から入室を促す早川さんの声が聞こえてきた。


 そっと病室の扉に手を掛けゆっくりとドアを開くと、そこにはベッドの上に上体を起こした早川さんの姿があった。


 あの時に私とあった時よりも痩せている。


 それでも、やっぱりふわりとしたあの笑顔だ。


「お久しぶり、樋口さん」


「お久しぶりです、早川さん」


 私はぺこりと頭を下げると、早川さんはこんな格好でごめんねと、私と同じ様に頭を下げた。


「いえ、気にせんでください……私が一方的に日時を決めたとやけんで」


 ぶんぶんと手を振る私に、くすりと笑う早川さんの姿は、本当に触れれば壊れてしまいそうな硝子細工の人形そのものであった。


 早川さんは私に椅子を進めると、私はその椅子に座った。すると、早川さんは私に来てきれた事に対しての礼を何度も言い、そして、痩せた白い手で私の手を握った。


 ひんやりと冷たい手だった。


「同じ学校意外の人が来てくれるの、本当に久しぶりだから……嬉しくて」


「えっ……恒太は来たことがないとですか?」


「私が病気なのも、そして……ここにいる事すら教えてないわ……」


 早川さんは伏し目がちにそう言った。私はその言葉を聞いて驚いた。それなら、私の事は誰から聞いたのだろう?


 私のそんな胸中を悟ったかの様に早川さんが静かに話し始めた。


 早川さんと恒太が出会ったのは小学生の頃で、恒太が中二の頃まではよく遊んでいた事。


 そして、恒太の事が好きな事。


 恒太と離れてからすぐに病気が悪化し始め、高校に入学してから少し経った時から入退院を繰り返し、今はもう退院は出来ないだろうと淡々と話していた。


 退院は出来ない?


 それって……


「うちね……恒太と離れてからも、友達から色々と恒太の事ば聞いとったと。そしたら、恒太、高校に入ってから彼女が出来たって……その彼女の事も色々と友達から聞いて……って、うち、ストーカーやね」


 そう言うと自嘲気味に笑う早川さん。


「うちね、樋口さんとあった事を恒太言わんといてって言ってたくせに、本当は、その前に恒太にあってたんよ」


「……え?」


「会って、恒太と樋口さんの事を応援するつもりやった。でも……うちね、それが出来んやった。要らんこと言って……恒太に嫌な思いをさせたとよ」


 あの恒太の調子が悪かったのは、早川さんと会ったから……


「ごめんね……本当にごめんね……うちは……本当にそげんつもりはなかったんよ……なのに、恒太を見たら……」


 シーツを握る早川さんの手にぽたりと一雫の涙が落ちる。嘘ではない涙だろう。私はなんの根拠もなかったが早川さんの姿を見ていると不思議にそう思った。


「謝りたかった……恒太に……樋口さんに……」


 ぽろぽろと零れ落ちていく涙。


 私は何も言わずに、ただ黙って見ている事しか出来なかった。しばらくすると落ち着いたのかぐすりと鼻を啜り、早川さんが顔を上げた。


「ごめんね……うちはもし外出許可が出ても、もう恒太と会う事はないけんで……」


「恒太に入院してる事言わんで良かと?」


「……良かよ。もう、うちの事はきれいさっぱり忘れて欲しいけん。それに、うちなんかの事に少しでも時間使うより、樋口さんの為に使って欲しいやん」


 その後も色んな話しをして、私は病室を後にした。


 正直、ショックな話しもたくさんあった。


 早川さんは……


 この事は恒太に話すべきだろうと思った。もう少し私の心が落ち着いて。


 でも、これが私が見た最後の早川さんになるなんて夢にも思っていなかった。

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