第8話
「最近、疲れとっちゃないと?練習でも全然集中できとらんやんね……」
駅前のファミレスに入った僕と悠希。悠希がドリンクバーから戻ってきて席に座ると、心配そうに僕の顔をのぞき込みながら言った。
「一年生で唯一のレギュラーやけんで、頑張るのは分かるけど、そげんで恒太が調子崩したら……」
悠希はそっと僕の手の上に自分の手のひらを置く。悠希の手のひらから彼女の温もりを感じる事ができた。僕はその手の温もりがとても心地良かった。
「ありがとう」
僕は最近の不調が体の疲れからじゃない事はよく分かっている。
夏鈴のせいだ。
僕が好きなのは悠希である事には間違いない。一緒にいて安心できるし、部活も頑張る事ができる。
だけど、心の片隅にいる小さな小さな夏鈴の存在が僕の心を揺らしていた。
決して、夏鈴のところに行こうなどと言う気持ちは少しもない。
それなのに……
「大丈夫ばい。心配してくれてありがとな」
手を握る悠希の手のひらを握り返すと、照れたようにはにかんで笑う悠希がとても可愛かった。
大切にしなきゃ……
目の前に座る悠希。
明るい茶色のショートカット。
どちらかと言うと、女子の中では背も高くぽっちゃり一歩手前位の体型。
まるで、小さくて華奢だった夏鈴と正反対である。でも、よく笑いよく喋るところ似ている。
「ありがとう」
僕がもう一度お礼を言うと、悠希はけらけらと笑いながらきゅっと手のひらに力を込めた。
「なんば言いよるとね。私は恒太の彼女やけん、お礼なんていらんよ」
それから僕らは取り留めのない話しをして店を出て、駅へと向かった。
外はすっかり暗くなっている。
駅前だということもあり、駅に続く道は夜の闇を打ち消そうかとするほどの灯りに照らされていた。
ゆっくりと歩いた。
周りには駅へと向かう人達がたくさんいる。
それでも僕らは二人だけしかいないかのように感じるこの時間を大切にする為に。
改札を抜け、悠希は僕へと手を振りながら電車に乗るホームへと向かった。僕は悠希の姿が見えなくなるまで見送ると、駅構内にホームへ電車が到着する旨の放送が聞こえてきた。
あぁ……この電車に悠希は乗るんだな。
僕はもう一度、悠希の向かったホームの方へと視線をやると、また明日と小さな声で呟き、自分の乗る電車が来るホームへと向かった。
僕の待つホームにも電車が到着し、見慣れた景色が車窓に流れては消えていく。僕は、ぼんやりと手すりに寄りかかり外を眺めていた。
気が付くと、降りる駅へと着いていた。そして、のそのそとした足取りで電車を降り、改札を抜ける。
今日も夏鈴はいなかった。
「恒太」
そう呼んでくれるのを無意識に期待していた僕がいた。
そんな邪な期待を打ち消すかのように、僕は頭を二三度振ると、またのそのそと歩き始めた。
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