第7話

「また、会いましょう」


 夏鈴は僕との別れ際にそう言った。


 でも、あれかれ夏鈴をホームや電車の中で見掛ける事は一度もなく、一ヶ月程の月日が流れた。


 何を企んでいるのか?


 それとも、あの日の事は偶然に僕を見かけ、気紛れに声を掛けただけなんだろうか?


 僕には悠希という彼女がいるのにも関わらず、心の片隅には夏鈴がいる。せっかく、踏ん切りがついたと思っていた頃また、夏鈴が僕の心の中へと入ってきた。


「ねぇ、恒太?」


 部活も終わり、のんびりとした帰り道。隣を歩く悠希が僕の名前を呼んだ。


「なん?」


「なんか最近、調子悪くなかね?」


 悠希のその言葉に僕は内心ドキリとした。悠希の言う通りなのである。部活の練習中にもふとした時に夏鈴の事を思い出す。


 まだ、二人で良く遊んでいた頃の事を。


 夏鈴が私立の女子中学校に行ってからも、僕が小学生から中学生になってからも、夏鈴とはよく会っていた。


 僕が小学生の頃のからしていたサッカーを引き続き、中学生になっても続け、部活で遅くなる事が増えたけど、それでも夏鈴は僕の下校に合わせて帰り道で待っていてくれた。


 僕が中学二年生の大雨が降った日だった……


 雨宿りのつもりだった古い倉庫。


 お互いに服が大雨でずぶ濡れになっていた。


 春先でまだまだ冷える日もある。ずぶ濡れだった僕ら二人は、かたかたと震えながら雨が止むのを待っていた。


 夏鈴の体にぴたりとまとわりつく制服。


 濡れた真っ黒の長い髪。


 僕は……夏鈴を改めて女の子として意識した。


 僕よりも頭一つ小さな女の子。


 華奢で痩せた体を寒さでかたかたと震わせている。


 僕らはどっちからという訳でもなく、お互いにぴたりとくっついていた。


 そして……


 僕は夏鈴を……


 それから、僕らは会う度にお互いを求める様に抱き合った。何度も何度も……


 まだ幼さの残る中学生同士だった。


 華奢で痩せていると思っていた夏鈴は、思っていたよりも胸も膨らんでおり、僕は夢中になっていた。


 僕は堪らなく夏鈴の事が大好きだった。


 だから、告白したんだ。


「ごめんね……恒太。うちじゃ恒太の彼女になれんとよ……」


 俯いた夏鈴が小さな声でそう言った。


 僕は良い返事がもらえると思っていた。それなのに……自分の頭の中が真っ白になり、思わずその場から走り去ってしまった。


 その日の夜、夏鈴からメッセージが来た。


『本当にごめんね』


 たった一言だけの。


 それから僕は夏鈴と会わなくなった。夏鈴もいつもの場所で待っている事もなかった。

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