スマホ命

くにすらのに

第1話

「うわっ!」

「きゃっ!」


 ゲームに夢中になっていて周囲への注意が散漫になっていたせいで廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。


「すみません」

「いえ、こちらこそ。って、上田くん」


 ぶつかった相手は1年生の時に同じクラスだった内山さんだ。出会った頃はボブくらいの長さだった髪もすっかり綺麗に伸びている。


定期テストの時とか出席番号順に並ぶといつも隣になるので女子の中では一番よく話していた。


 残念ながら今年は別のクラスになったので今はほとんど接点がない。

 同じ学校に通っているのに別のクラスになるとこうも交流が減るのはちょっと寂しいと思う。


「はい。スマホ落としたよ。相変わらずゲーム好きなんだね」


「まあな。もうスマホなしの生活は考えられない」


「むぅ……だからって前を見ないで歩くのは危ないよ?」


「それは痛感した。歩きスマホは控えるよ」


「控えるんじゃなくて止めるように」


「は、はい」


「それじゃあ私急ぐから。またね」


「おう」


 内山さんは小さく手を振って小走りで去っていった。

 母親とまでは言わないまでもちょっと姉御肌で何かと俺を気に掛けてくれる。

 もしかして俺のことが好きなのか? なんて考えたこともあったけど、どうやら好きな男子がいると知って諦めた。


 俺みたいにいつもスマホでゲームをしてるやつなんて好きになるはずがない。その自覚はちゃんと持っているので勘違いから失恋を経験せずに済んでいる。


「……とりあえず編成だけでも終わらせるか。ここで」


 歩きながらスマホを操作するのではなく廊下でちょちょいと最後の仕上げをするだけ。校則的にはよろしくないけど誰かに迷惑を掛けるわけではないので大目に見てほしい。


「って、あれ。俺のじゃない」


 スマホケースだけで判断していたけど中を開けてみたら本体の色がピンクゴールドだった。俺が使っているのはブルーで、毎日見ているので間違うはずがない。


「たしか内山さんも同じケースだったっけ」


 ぶつかった拍子に入れ替わってしまったらしい。内山さん、俺に歩きスマホを注意してたけど彼女だってスマホを持って歩いていたんじゃないか。


「おーい……って、もういない」


 何やら急いでいる様子だったし、内山さんの姿はもう見えなくなっていた。

 この先は体育館や第2校舎など様々な場所へ繋がる中心部。

 内山さんが向かった先は見当が付かない。


「このスマホから自分のスマホに電話してみるか」


 良い考えが浮かんだと思った次の瞬間、俺は大事な見落としに気が付く。


「ロックが掛かってるに決まってるじゃん」


 自分の全てが詰まっていると言っても過言ではないスマホに何のロックも掛けないのは全裸で外を歩くようなものだ。

 

「え……」


 これは間違いなく俺のスマホではない。それなのになぜか顔認証が通ってホーム画面が開いた。

それだけなら認証システムのミスということで納得できなくはない。

 問題なのはホーム画面に設定されている写真だ。


「なんで俺の寝顔が……」


 しかも学校の机で居眠りしている時の写真ではない。どう見ても自分のベッドで寝ている写真だ。

 

「あれ……俺のスマホがバグった? 違う。色が」


 これまでの人生で感じたことのない恐怖が体の奥からこみ上げてきて血液が冷たくなるのを感じる。

 自分のスマホが手元にないことよりも、今自分が手にしているスマホの異常性に対する恐怖が上回っていた。


「あーあ、見られちゃった」


「内山さん!?」


 彼女もスマホが入れ替わっていることに気付いたのか俺の元まで戻ってきた。

 いろいろ聞きたいことはあるがまずは自分のスマホを取り戻したい。


「もしかして俺のスマホ持ってたりする?」


「うん。お揃いのケースだから間違えちゃった」


 何もやましいことはしていないと言わんばかりの可愛らしい笑顔で内山さんはスマホを差し出した。

 中身こそ見えないが、ケースが同じなのでたぶん俺のスマホだ。


 差し出されたスマホを受け取り、反対に自分が持っていたスマホを内山さんに手渡した。


「……ところでさ」


「ごめんね。上田くんの寝顔を撮影したくて部屋に忍び込んじゃった」


「は?」


「その時にね、顔認証に上田くんの顔を登録したの。将来夫婦になった時に共有のスマホになるでしょ? その時に向けての下準備みたいな?」


「何を言ってるの」


「私のスマホにはたくさんの上田くんが詰まってる。だから上田くんのスマホも私で満たしてほしい。ずっと手放さないそのスマホを私でいっぱいにして」


「うわあああああああ!!!」


 彼女の笑顔が恐くて、俺は何も反論できずにその場から走り出した。

 廊下は走るななんて関係ない。

 どこに向かうでもなくただただ内山さんの目の前から消え去りたかった。


 テッテレテッテレッテレテテテテテ


 画面には内山さんの名前とアイコンが表示されている。

 1年の時に喜んで交換した連絡先が恐怖に対象に変わった。

 

 パリイイイイイイン!!!!


 あれだけ手放さないと豪語していた命とも言えるスマホを、俺は窓から投げ捨てた。

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