第22話 図師の母親


 朋美がスナックのアルバイトに出掛けようとした時、ドアをノックする音が。

誰かしら、扉を開けると、背がすらりとした50代半ばかと思われる女性が、

 「ここは図師幹夫の住まいでしょうか」

 「そうですが、どちら様でしょうか」

 「私は、幹夫の母です」

 「え、お母さんですか」

 「貴女は」

 「幹夫さんと一緒に暮らしています、高橋朋美です」

 「貴女が、朋美さん」


 図師は、父を知らず、女手一つで育てられた。郷里は秋田で、東京の大学を出て、大同警備に入社した。もともと気の優しい性格で、母の敏子としてはそれが気がかりだったが、入社後は本社で順調に過ごしているらしい。

 それが小樽で女性と一緒に暮らしていると連絡を貰ったときは、どうして、理由を聞かねば、はるばる秋田から此処を訪ねてきた。

 そこに仕事を終えた図師が帰ってきた。突然の母親の訪問に図師も驚いたが、玄関先では何も話せない、兎に角中へ。


 部屋は2DKで、明るい色のカーテン、花瓶には薔薇が、まるで新婚夫婦の暮らし。台所や各部屋は綺麗に片付けられている、清楚な匂いがする、それを感じながら少しほっとした。


 図師は母親に何もかも話した、母には嘘はつけない。図師そっくりな母親の敏子が、

 「幹夫、男らしくけじめを付けなさい」

 「けじめって」

 「その自見さんって方に、きちんとお詫びして来なさい」

 「だけど、俺を小樽に島流しした張本人だよ」

 「何を言うの、それを身から出た錆というのよ、朋美さんでしたね、朋美さんも一緒に行ってお詫びして下さい」


 敏子は、図師が自堕落に過ごしていないか、それが一番心配だった。同棲は気にしていない、それよりその暮らしぶりだ、だが安心した、この朋美さんなら大丈夫。

 しかし、此の儘ではいけない。真地間さんの自殺に良心の呵責を感じぬままに、この朋美さんと暮らすことは、何れ夫婦になる二人にとって決して良い事ではない。また、亡きあの人にも申し訳ない、此処は心を鬼にしても。

 息子の話を纏めてみると、小樽営業所の異動だけでは済まないような気がする。首だと、言われても文句が言えない。

 誰かが口添えしてくれたのかもしれない、ひょっとしたらその自見さんかもしれない。

 「幹夫さん、お母さまの言う通りですわ、一緒に行って、真地間さんと自見さんに謝りましょう」

 図師は暫く俯いていたが、「分かりました、お詫びして来ます」。

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