第5話

 ——20分経過。


 俺は本屋で立ち読みしていた。しかし、全く集中できない。

 なら、何故ここで本を立ち読みしているのかって? 小波が来るのを待っているのだ。


 彼女には、俺の行き先を伝えてある。逆に俺は行き先を知らない。ならば、ここにいれば何時かは来る筈なのだ。

 何時かって何時だよ! と思うが、スマホの入れ替わりに気づいた時だ。


 彼女だって今時、女子高生になるそんなお年頃。ならば、ついつい触ってしまうだろう。だから、来てくれる筈だったのだ。


 しかし未だ来ないというのは、彼女が今時の女子高生ではないか、スマホの入れ替わりに気付かない凡骨か、はたまた気付いたのに居場所がわからず探し回っている非合理主義者の3択だ。

 そんな時、モールのアナウンスが鳴り響いた。


『ご来館の皆様に迷子のお知らせです』


 迷子かー、まさに今の小波だ。しかし、小波にとっては俺かな。だとすれば、呼ばれるのは俺か。そうなりゃ前言撤回しようじゃないか。なんと合理的なんだろう。

 でも、この年で迷子の称号を得た事を一生恨むだろうが。


『10歳の、北大路小夏きたおおじこなつちゃんが1階、迷子センターでお待ちです』


 全然違った。最終手段はこれで使って呼び出すのも手ではあるな。一生恨まれそうだから最後の手段だ。


——更に10分後、小波砂那が本屋にやってきた。


「待たせてごめんなさい。野暮用があって」

「そうか、俺を30分待たせるほどの野暮用があるなら聞きたい」


 俺も鬼じゃないし怒っていない。小波も申し訳なさそうにしている。

 でもさ、野暮用って誤魔化しているのはよくないだろう。俺にはそれを訊く権利がある筈だ。だから、サディストでもない俺が心を鬼にして尋ねている。


 それはそうと、小波と共に姉妹っぽい二人組が一緒に来ていた。小さい方は、10歳くらいかな。大きい方は俺と同い年くらいの女子だ。


「えっと……そっちの子が迷子になっていまして、私は姉を探していました。最初は、朝倉くんを探していたわ。でも、その途中で泣き弱っている子がいたら放って置けないでしょう?」

「ああ、俺が間違っていた。そんな事情があったなんてついぞ知らず生意気言って済まなかった」


 俺は頭を下げて謝罪した。さっきの俺は心を鬼になんて思っていたけれど、小波の行動は間違っていないし、俺が小波の立場だったら同じ行動をとると思う。


「それで、こっちが——」

「どうも、北大路夏美きたおおじなつみです。朝倉くんも、同じ新入生って本当? よろしく」


 俺たちは本屋を離れ、カフェテリアの席でテーブルを輪に囲みお茶をした。

 小波と来ていた姉妹っぽいというか、姉妹の姉の方は丁寧に自己紹介をしてくれた。


 彼女はお詫びに何か奢ろうかと言ってくれたが、俺はお金に困ってないし小波が遠慮したのなら、俺が施しを受ける訳にはいかないと断った。

 苗字で察したけど、さっきのアナウンスで呼ばれていた迷子が妹の方か。


「おお、よろしく? 新入生……理方?」

「そう、理方の新入生。同じクラスになれるかは知らないけど、入学式前なのに3人が偶然出会えるなんて運命だよね。まあ2人には迷惑かけちゃった訳だけど」

「いえいえ、再会できて本当に良かったわ」

「迷子センターまで連れていっても泣き止まない小夏と一緒にいてくれたんでしょ? 感謝しかない。朝倉くんの方も結果的に長い時間待たせちゃったみたいでごめん」

「いやいや、俺なんて読書していただけだから。本当、うちの小波が迷子放ったらかしにしなくてよかったよ」

「いつから私はあなたの家の子になったのよ!」

「相性良さそうだけど、本当に初対面なの?」


 疑るように北大路はそう言うが、小波の器が大きかっただけなのだ。

 最初は、引っ叩いて『何処触っているのよ! 変態!』までありうる事故だった。いや、何処も触ってないのが幸いだったのかもしれない。


「気が合った……それだけだよな?」

「ええ、ただの友達だわ」

「ふーん。何か隠し事があっても、恩人に対して失礼だよね。気を付ける」


 北大路は、変に問い詰めようとはしてこなかった。距離感を考えられる子だな。英歌に見習ってほしい。


「じゃー、ふーふー……ですか?」

「ちょっ……小夏。それはあり得ないから。許嫁とかじゃあるまいし……」


 俺は震えた。

 北大路の妹の方が、悪ノリした事を言ったが、俺が身の毛もよだつ恐怖は、その後の『許嫁』というワードだった。


「朝倉くん、どうしたの? まっさかぁ、許嫁でもいたりして?」

「浜辺きさまー!!」

「誰が浜辺なのよ! それはイメージの話だったじゃないのかしら? えっ、ここまでの取り乱し様って許嫁がいたりして?」

「…………」

「えっ、何で黙るのかしら」

「白状するよ……」


 俺は、昼間からの出来事を掻い摘んで話した。同い年の女子2人は途中頷きながらも黙って訊いてくれた。


「うん……お疲れ様」

「大変だったね」


 あれ、共感してくれている? 目の前の2人は女子な訳だし、英歌側に付くと思っていた。

 仲良くなれそうな気がした。

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