ミラクル・ミラクル!

いすみ 静江

貴方と私の手を合わせて

琥珀こはくくん、桜が城址公園に散り始めたわね。東京から遠路はるばる来てよかったわ」


 三つ年上の彼、毎日大好き。


「北のふるさとでは、桜の影に雪も残っている。それもいいな。愛雪まゆきちゃん」


 花見目的でざわつく。

 これ位が、琥珀くんと私には丁度いい。

 いつも遠距離恋愛の私達には。


「琥珀くん、見て! 私の桜色した帽子に――」


「ああ。桜の花びらがあるな。可愛いからじっとしていて」


 私がはにかんでいると、琥珀くんがスマホでアングルを決めた。


「はい、目線は僕にね」


「やーだー」


 とても恥ずかしくなって、帽子を目深に被った。

 けれども、彼が帽子をさらってしまう。

 花びらが何枚か降って来て、私は上を見上げる形になった。


「私の鼻が、真上に向いていなかったかな」


 顔を覆って、スマホの画面を覗き込む。

 近寄り過ぎて、二人で頭をぶつけてしまった。


「よく映っているよ」


 私は、写真を撮られるときにいつも目を瞑ってしまうのに、その日はミラクルが起きたようだ。


「わ、目にきらきらが」


「これって、スマホで効果付けたんだけれども、愛雪ちゃんが輝いているって思うんだね」


 彼の背中をポコポコ叩いた。


「やーだー」


「よく叩くな。白野しろの愛雪まゆきちゃんは」


 私は、フルネームに弱い。

 だって、琥珀くんは、大木おおき琥珀こはくくん。

 結婚したら、私はあなたの苗字になる。


「今度、僕の母さんが美容院を開いているから、おいでね」


「どうして」


 彼にフォーカスが当たっていたけれども、桜にぼかした。

 だって、恥ずかしいじゃない。


「さっき、髪がむしゃくしゃになっちゃったから。どうかな、ゆるくパーマでもかけてみたら」


「て、てー、てー。私、ご実家デビューなのかな。大学生だけど、大丈夫でしょうか」


 驚いて、桜で息ができなくなりそうだった。


「学割じゃなくて、家族割でね」


「てー。違うわよ」


 その日、私はホテルを予約してあり、琥珀くんがタクシーで送ってくれた。


「じゃあ、また明日ね」


「うん、僕はこのまま帰るよ」


 電話しよう、そう指切りをして、別れた。

 また、会えるんだよね。

 いつもより近いんだよね。


 受付を済ませて、やっとベッドに腰掛けた。

 すると、ホテルに備え付けの電話が鳴った。


「私、スマホあるのにな」


「お客様、白野様ですか」


 受付の声が高かったので、嫌な予感がした。


「は、はい」


「大木琥珀様が、市立病院から電話で、タクシー事故でお怪我をなさったようです」


 私は頭が真っ白になりながら、市立病院へと駆け付けた。


「琥珀くん!」


「手術が続いていますので、こちらでお待ちください」


 時間がどれ程経ったのか分からない。

 医師が一人通りかかった。


「どうなんですか? 琥珀くんは。私達、将来を約束している間柄なんです。白野愛雪です」


「初めまして、琥珀の母、生子しょうこです」


「こちらでご説明いたします」


 医師は、丁寧に説明してくれた。


「では、今後、琥珀くんは、手のリハビリが必要になるのですか?」


「琥珀の手がですか」


 私は、琥珀くんのお母さんと一緒に心を冷やしてしまった。


 それから、暫くして、琥珀くんの目が覚め、手術室から出て来た。


「あ、母さん……」


「よかった、意識はあるのね」


 ゆっくりと近づくお母さんの後ろから、私も琥珀くんを目で励ましていた。


「愛雪ちゃん……」


「大丈夫! 私、こっちに引っ越すね」


 私は、涙を拭ってうわずる声も抑えた。


「え? 何でまた」


「私ね、私――」


 琥珀くんの力になりたいと強く思った。


「琥珀くんが、元気になるまで、一緒にいたいの。こんなときに傍にいないで、一生添い遂げたいだなんておかしいよね」


 怪我をした右手を慈しむように触れる。


「私の写真を撮ってくれたり、私のスマホにコールをくれたり、皆、琥珀くんのお陰だよ」


 泣かないで言うんだ。


「――貴方の手になりたい」


「愛雪ちゃん……」


 貴方の手になりたい――!


 ◇◇◇


 琥珀くんの手は、十月にはすっかりよくなっていた。

 私の魔法が効いたのかな。


「もしもし、愛雪ですよ」


「僕だよ。今、母さんの美容院を掃除していたんだ」


 タイミングが悪かったかな。


「ミラクルだよね。もう私が番号を押さなくても電話ができるだなんて」


 本当にミラクルってあると信じていたよ。


「お気に入りに入っているから、愛雪の顔を押すだけでいいんだって」


「てー。おでこ押したわね」


 私は、痛がる振りをした。


「また、ミラクル論を展開していただろう」


「ばれちゃった!」


 そして、私が卒業したら、結婚してくれる約束を囁いてくれた。


 ありがとう、琥珀くん。











Fin.

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