ダイヤモンドを生むゴキブリ
田村サブロウ
掌編小説
ダイヤは炭素でできている。
科学知識を持つ者ならたいていの人が知るこの常識を、マッドサイエンティストのマナブは少しばかり常識はずれな方向に利用した。
彼の特技である生物兵器開発技術を駆使して、ゴキブリを元にある特殊な虫を作り上げたのだ。
空気中の二酸化炭素から炭素だけを体内にたくわえ、ダイヤにかえて排出する虫。
ダイヤの糞を出す虫、通称『ダイヤ虫』を生み出したのだ。
「……って、ただのゴキブリにしか見えませんけど!? これ」
助手のハットリが、虫かごの中のダイヤ虫を指しながら言った。
「今はな! いずれコイツの体内でダイヤが生み出されるにつれ、コイツの体はダイヤの光で輝きだすことだろう。それでいてゴキブリの繁殖能力はそのまま据え置きだから、子供もダイヤを生み出してダイヤのねずみ算となるわけだ!」
「処分しましょう」
「なんでだハットリ!?」
「気持ち悪いからに決まってるでしょう! ゴキブリはゴキブリです!」
虫かごを研究所から持ち出そうとするハットリをマナブは必死で止めた。当然だ、せっかくの金のなる木を捨てられたら困る。
この後も最後までハットリはゴキブリ、もといダイヤ虫を飼うことに反対した。
だがマナブが心変わりを起こすことは無く、最終的にマナブの研究所でダイヤ虫を養殖することが決まった。
* * *
数週間後。
マナブの研究所は大量のゴキブリであふれかえっていた。
そのうちおよそ6割の外見は普通の黒いゴキブリで、残りおよそ4割がダイヤの輝きをふくむゴキブリだった。
「しめしめ、予定どおりダイヤ虫どもがダイヤの糞を出したぞ。これでいずれ俺様は大金持ちだ! ぶひゃひゃひゃひゃ!」
床に散らばった小石ほどのダイヤをかき集めながら、マナブは笑う。彼は自分の発明の成功を疑っていなかった。
「それにしてもハットリのやつ、なんで急に来なくなったんだ? 俺様といっしょに大金持ちになりたくないのか?」
少し気がかりなことは無いこともないが、それでも大事の前の小事としてマナブは気にしなかった。
* * *
さらに数週間後。
マナブは電話をかけていた。
電話の相手は貴金属をあつかう取引所だ。
「どういうことだ!? 俺様のダイヤが、これっぽっちの値段でしか売れないだと!?」
電話相手に怒鳴り散らすマナブ。その表情はカンカンに怒っていた。
ダイヤ虫からまとまった量のダイヤがあつまったとき、マナブは取引所にダイヤの換金を依頼していたのだ。
今日、その換金の結果が電子メールとして届いたのだが、その予想より少ない金額を見てマナブは抗議していた。
「いいですか、マナブさん。ダイヤというものは、なんでもかんでも高値で売れるわけではないです。市場に出る高級ダイヤは質も輝きも色も最高級のものなんですよ。あなたに提供していただいたダイヤは、お言葉ですがあまり良い品質とは言えませんでした」
「なんだと!?」
「それともうひとつ。あなたの出したダイヤなんですが、出所が不明なのがひっかかります。一体どこで手に入れたダイヤなのでしょうか?」
「うっ、それは」
取引所からの問いに、マナブは返事につまった。
ゴキブリの糞から取れたダイヤだ、などと言えるはずもない。
「も、もういい! 換金は別の業者に依頼する! お宅に預けたダイヤ、あとで回収しに行くから――」
電話口の相手との話をマナブが切り上げようとした、そのとき。
――ドンドンドンドン!
マナブの声が、ドアをはげしく叩く音にさえぎられた。
「ッ、なんだ一体!? 近所迷惑だ!」
大きな音に耐えかねたマナブが玄関まで歩いていくと、
――バンッ!!
何者かが、ドアを勢いよく蹴とばして開いてきた!
「マナブさん! ここまでですよ!」
ドアを開けたのは、マナブの助手のハットリだった。
「お前は、ハットリ!? 一体なにを持ってるんだ!」
ハットリの手には消火栓らしきなにかが握られていた。
中身が消火用の成分でないことを瞬時に見抜いたマナブは嫌な予感。
「殺虫剤に決まってるでしょう! マナブさんがここら一帯をゴキブリまみれにしようとしてるって地主に相談したら渡してくれたんです!」
「や、やめろ! 俺の大金持ちの野望が! 夢が!」
「冗談じゃない! ゴキブリでかなう夢なんか潰れてしまえばいいんです!」
「や、やめろおおぉぉぉぉぉ!!」
マナブの制止もむなしく、怒れるハットリによって殺虫剤の煙が焚かれる。
こうしてマナブのゴキブリダイヤモンド計画は潰えたのだった。
* * *
ちなみにもしダイヤ虫、もといゴキブリが本当に高級ダイヤを生み出すのだとしても、ハットリは迷わず殺虫剤を焚いていただろう。
そりゃそうだ。
誰だってゴキブリは嫌いだ!!
ダイヤモンドを生むゴキブリ 田村サブロウ @Shuchan_KKYM
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