スマホトラベラー〜小さな画面を渡る者

嬌乃湾子

ある日のことだった。

電車から駅のバスターミナルへとやってきた恭子はスーツ姿でまだ地に足がついていない感じで一つのバス停に立ち、他のバスを待っている乗客と同じようにスマホの画面を見ていた。



ちょっと目にしたネットニュースでは正義と悪のコメントが入り混じっている。女優が不倫をした記事ではまさにそれで荒れていた.。共感できるものもあればそれに便乗できるがそれがなかったら見ていても疲れる。恭子はそう思いスマホから目を離しネットを見るのを止めた。待ち受けにはイルカが泳いでいて、突然実家の母からメールが来た。



母 件名Re 恭子へ



電話していい?



母のメールはこれが精一杯だった。恭子は人気ひとけの無い場所に移ると面倒臭そうに電話をかけた。



「もしもしお母さん、何」



「おはよう恭子。今日面接行くんでしょ」



大抵、母の電話は大して用も無くいつもお決まりの言葉を話してくる。



「そうよ。もうバスが来るわ」



「コロナとかで暫く会っていないけど、お父さんもあんたの事心配してるのよ。いい仕事見つかって落ち着いたらまた美味しいもの食べに行こうね」



「わかった、じゃあね」



そう言って電話を切った。母はうっかり物でミスが多く、父は口下手で容量が悪い。自分はこんな二人の微妙なところばっかり似ていて、そんな自分を恨む時があった。



気を取り直してバス停に戻ろうとした時、再びメールが鳴った。

恭子は誰から?とスマホの画面を見た。



未登録 件名Re おーい



突然知らない奴からメールが来た。誰?



未登録 件名Re さっきの


素っ気なかったんじゃね?



こいつ、いつの間にか人の個人情報覗き見してたのか?嫌疑の表情で辺りを見渡しながら恭子はメールを打った。



恭子 件名Re どちら様でしょうか



未登録 件名Re


 火是カゼって言うんだ。いろいろスマホを乗り渡って暮らしててお前んとこのスマホのイルカに見惚れてつい来たんだ。しばらくの間ここにいたいから、居ていい?



「なっ‥‥!!」



新手の悪戯か?恭子は頭が混乱したが、騒ぎ立ててこんな事を周囲に説明しても誰も信じてもらえないだろうと黙った。バスが来て乗り込むと、右端のシートに座りながら暫く考えた。


恭子はこいつの悪戯に便乗しようと決めた。下ネタと金品を請求してきたら即刻通報しよう。



恭子 件名Re いいわよ。


とりあえず今から大事な用事があるから邪魔はしないでね



未登録 件名Re ありがと!!




火是としばらくメールで会話していた恭子は、彼はこういうアプリのキャラクターなのかもしれないと思った。彼のメールから設定を読み取ると、彼は十二歳位でファンタジーに出てくるような茶色の短髪の元気な少年らしい。彼のメールを見てると元気が出てくる。



面接会場の前に来ると、大きく息を吸った。

ぎこちない笑顔で中に入ろうとしたその時メールが鳴った。



火是 件名Re



 頑張れよ!



恭子はそれを見て笑顔で中に入って行った。






恭子 件名Re


 面接、落ちちゃった



恭子の心は折れていた。自宅の部屋で一人、すっぴんのまま小さなテーブルの前で座りメールを打っていた。



火是 件名Re 


大丈夫だって、心配すんな



恭子 件名Re 大丈夫じゃない


あたしって本当必要無いんだね。



火是 件名Re あのさ


そもそもそれって本当に恭子が行きたかったところなの?



恭子 件名Re


別に行きたくはなかったけど、どこか行かなきゃならないでしょ



火是 件名Re


だったらもっと行きたいところ探せばいいじゃん。恭子にはもっといいところあるんだよ



恭子 件名Re そうかもしれない


無理かなって自覚してるけどやっぱり折れるのよ。

こんな事親に言えないし、



火是 件名Re


何で?お母さん心配してただろ



恭子  件名Re


そう。心配して迷惑かけてる。ちゃんと生活してるとこ見せたいのに、これじゃ生きてる意味がない



火是 件名Re


だったら俺がいるし、心配すんな



恭子はスマホを見て微笑むとそのまま眠った。






それから


数ヶ月後、恭子は就職し、毎日仕事をかんばっていた。恭子のスマホには火是はもういない。彼は他のところに移っていたのだった。






火是 件名Re おーい、


よしこ!



キッチンで家事をしていた彼女は机のスマホを手にとり画面を見ると、ゆっくりとメールを打った。



よしこ 件名Re 


どうしたの



火是 件名Re 


冷蔵庫、ドア開いてるよ



「あら、うっかりしてた」



よしこは冷蔵庫に手をかけた。

火是は今、恭子の母のスマホに渡り移っていたのだった。




終わり



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スマホトラベラー〜小さな画面を渡る者 嬌乃湾子 @mira_3300

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