スマホシスター再起不能

豊科奈義

スマホシスター再起不能

 大都市にある道路。そこでは多くの老若男女が行き交うこの道路の歩行者は、皆スマホから目を離さない。人とぶつかりそうになると、自動でスマホが勝手に予測して歩くべき方向、速さをディスプレイに映し出す。そのため、歩きスマホというかつて危険視されたいた言葉はすっかり死語と化していた。

 そんな道路を歩く少年もスマホに視線を固定していた。その少年が向かった場所。それは大都市にあるスマホ博物館だ。

 博物館といっても大層なものではない。ビルの一階層を貸し切っただけの広さである。

 少年はビルに入り、博物館のある階層へと移動する。入館料無料ということだが、中にはほとんど人はいない。入館料無料のため受付すらもなく、ただディスプレイにスマホが展示されているのみ。

 少年はふと第1世代のスマホを展示してあるディスプレイを見る。小さなディスプレイを搭載した機種が並べられていた。

 そして、第2世代、第3世代と進んでいく。徐々にディスプレイは大型化し、性能も上がっていく。そして博物館最後のディスプレイが初のスマホ誕生から百年近くがたった今日、街でよく見かける機種だ。


「はぁ……。何やってんだ俺……」


 場違いなことを口にすると、そのまま少年は博物館を去った。

 そして、すぐさまスマホを開き少女の写真表示する。


「探してやるからな……」


 少女は、少年の妹だった。だが、三年前に失踪。それ以来、全く足取りが追えてないのだ。

 少年はそのまま同じビルに入居しているファミレスに向かった。スマホからアプリを起動し、来店ポイントを入手する。そして食べ終わった後はクーポンを使い、スマホで決済をした。

 そして、ビルを出た途端突如スマホが動かなくなった。また、ほぼ同時にあたり一帯が停電した。


「あれ? ……」


 最先端のスマホには、あらゆる技術が詰め込まれている。並大抵のことでは到底動かせなくならないのだ。いくらタップしようが画面は真っ暗である。

 そして、そのことは少年以外も同様だった。スマホに視線を固定したまま歩いていた人は、突如消えたスマホの画面に驚き、喚き、絶望していた。


「何だ? 何が起こった!?」


 スマホが常日頃からあった世代にとって、スマホというのは聞き手なのだ。それを使えない今、どうすることもできずただパニックになるほかない。

 そして、少年も同様だ。。咄嗟に何をすればよいのかわからないのだ。


「そ、そうだ。わからないなら調べれば……」


 少年は無意識下の内にスマホを触っていた。


「あっ……」


 少年はようやく気がついた。自分も、このスマホに絶叫まではしないものの依存しすぎていた。



 ようやく家の前まで戻ってきた少年は、鍵を取り出し開けようとする。


「あれ? ……あっそうか」


 昔はアナログ式の鍵がほとんどを占めていたが、今日においてほとんどが電子錠だ。当然だが停電中の今、使えるわけもない。


「くそっ」


 少年は苛立ちをぶつけるように拳で玄関を叩いた。マンションを出て、暗くなった道路に出る。そこには、マンションに入れず困窮している者が多くいた。

 人が多く集まる場所を抜け、どこか落ち着ける場所を探している途中声がかかった。


「なぁ、あんた。何か食べ物持ってないか?物々交換しないか?」


 声を掛けてきた男は、中年男性だ。地面に何もひかず座っており、ひどいくまが見える。


「店で買えばいいんじゃないんですか?」


 交換できる物があるなら、売って金にすれば良い。わざわざ物々交換する意味がわからなかった。


「何いってんだあんた。店においてあるなら苦労しねーよ。電子機器が一斉に落ちた後、買い占め騒ぎが起こって店の中はすっからかんだ。おまけに、電子決済も使えない」


「あ……」


 またしてもだった。少年にとっては、当たり前のこと過ぎて最早それが常識なのだとすら思っていた。


「すみません。僕には、何もありません」


 少年はそのまま男の元を去ると急いで一晩過ごせる場所を探した。



「何だここ」


 家の近くの裏路地の奥、このような状況と言えども人はいない。それもその筈、ネズミの死体やらが転がっているのだ。衛生的な観点からも避けるべきだろう。

 それにもかかわらず、少年が赴いた理由。それは小さな穴だった。壁に開いた小さな穴。人間がギリギリ通れそうな位の穴である。

 もし誰もいなかったら使わせてもらおうと、少年は中へと入った。

 まるで超古代文明の史跡のような内装で、その奥に一室。とはいえないが、古臭さも感じない異質な扉があった。

 何やら不穏さを覚え少年は固唾を呑むと、そのまま扉を開いた。

 そして、扉を開いて遠くに映ったもの。が何なのか少年にははっきりとわかった。声を出す暇もなくそのままそれに一目散に駆け寄った。


「なんで……こんなところに」


 何らかの装置に入れられた少年の妹だった。装置の中は青色の澄んだ液体に満たされており、少年の妹は全裸のまま中に入っている。


「なあ、なんでこんなところにいるんだよ! 起きてくれよ!」


 少年は装置を叩き、必死に思いを装置に入っている妹に伝えようとした。


「彼女はもう起きないよ」


 少年の声に答えるように、扉から白衣を着た三十代位の男が現れた。


「なんで……? おまえが殺したのか?」


 少年は怒り狂い男の胸ぐらを襲うように掴んだ。


「人聞きの悪いことを言わないでくれ。これは不幸な事故さ」


「事故?」


「ああ、先日発生した過去最高クラスの超巨大太陽フレアの太陽粒子が先程到来した。君も知っているだろう。それより全てが破壊された。この装置は電力が繋がっていれば安全だったんだがな、まさか今の時代に停電が起こるとは予想外だった」


「……だったら、なんでそもそも妹はここに居たんですか!」


「妹? そうか、それは済まないことをしたね。でもね、君の妹がここに居たのは君のためのなんだ」


「はぁ?」


 少年は、掴んでいた男の胸ぐらを衝撃のあまり離した。


「イタタタ……。君の妹は、ここに来たときに語ってくれたよ。君の妹は、幼い頃君と遊んでくれてとても嬉しかったそうだ。でもね、スマホを手に入れてからというものスマホしか見なくなったそうじゃないか」


 男は立ち上がりながら、少年の妹から聞いた話を少年に伝える。


「……」


 少年は何も反論できなかった。


「だから君の妹は決意したんだ。スマホになれば君に興味を持ってもらえると!」


「は?」


 少年は耳を疑った。そのくらいに、男の言ったことは衝撃的だった。


「おっと、自己紹介がまだだった。我々は、スマホの最終進化系であるスマホちゃん(仮称)を創製を目的とする秘密結社。君の妹と理念が一致してね、君の妹には実験台になってもらった。最初に言っておくが、これは自由意志の結果だ。我々は一切強制していない」


「……」


 少年は、自己嫌悪に陥っていた。自分のせいで妹が去って。必死に探したというのに、もう妹はいない。何が悪いのかと言うことを考えた時、自分自身もそうだがもう一つ浮かぶものがあった。


「スマホだ……。スマホが全て悪いんだ」


 少年はなにかに取り憑かれたかのように、スマホを敵視する言葉を小声で何回も呟く。

 そして、悲しみすらも強迫観念に上書きされた少年は組織を去った。


 そして数年後、大規模な太陽フレアによる被害は全て復興はしていない。ただ、おおよその部分までは回復し人類は再び希望を持ち始めていた。


「次のニュースです。スマートフォンを製造している工場で爆発事件が起こり、ほとんどの新型スマートフォンが破壊されました。犯人は──」


 大都市にある道路。大型ディスプレイに映ったニュースが放映されると、歩いていた男は不気味に顔を引き攣らせながら笑った。

 周囲の老若男女は、スマホから彼に視線を映し不気味がるように避けている。

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