六 洛中、炎と化す 前編

「弦翠様。あのように城に火が」

「なんたる事だ。早く城に戻らねば」


天領庁からの妖退治の依頼を受けてた弦翠は、京都から離れた西の村にいた。しかし。都の危機を知り馬にて駆けていた。

やがて弦翠と供の者は、橋までやってきた。彼らは馬で人が少ない橋を渡っていた。

すると。弦翠の耳元にヒューンと矢が飛んできた。


「なんだ」

「敵襲です!弦翠様」


橋の向こうからは弓を構えた僧兵が見えた。このままいけば突っ込んでしまう彼は一旦、馬を止めた。


「おのれ。何やつ」

「どう致しましょうか。背後にも僧兵がおりまする」


飛び道具はない彼ら。ここは一気に突破するしかないと弦翠が思った瞬間。それが現れた。

真上を飛ぶ鷺は、前方の僧兵の頭を突いていた。


「今だ。行くぞ」

「はい」


鳥に襲われている合間。弦翠は前方を突破し、この馬を後にした。


「怪我はないか」

「はい。あ、あの鳥が来ました」


鷺がやってきたかと思うと、地上に降り立つときには美しい娘になっていた。


「澪だったか。助けにきてくれたのか」

「はい。晴臣様のお言付けです」


澪は天代宗の策略で城が火事という事。そして晴臣と笙明も城に向かっていると伝えた。


「わかった。お前は俺の馬に乗れ。いいから早く」

「はい」


すっと乗り込んだ澪は弦翠に掴まり都を目指していた。必死の進みにより、弦翠は都に到着した。


「ここまで火の手が?して。守護寺は守られているか」

「皆で水をかけて守っているようです」


城内の建物は焼けており、守備の者が水をかけて消していた。しかし紅炎があちこちで見えていた。


「澪は私のそばを離れるな。これから守護寺に行く」

「私は何をすればいいの」


火の粉が舞う中。弦翠は怖がっている澪に優しく微笑んだ。


「そばにいれば良い。さあ、参るぞ」


こうして弦翠は澪と共と守護寺までたどり着いた。そこには晴臣が必死に火消

しを支持していた。


「弦翠。こちらだ。ここだけは燃やす訳には参らぬ。また地獄絵図になる」

「わかっている。ところで父上は」


天代宗は、妖を放ち城内を混乱させていた。夕水と紀章は妖を倒していると晴臣は叫んんだ。


「笙明がきたら妖を封印させる。それまでここを守るのだ」

「して。帝は」


晴臣の顔が曇った。


「わからぬ。西念が弟帝を連れてきた、と申す者もおるが」


これを聞いた弦翠は、帝のそばに行くと走っていった。水を掛けろという怒号の中、澪が静かに立っていた。


「お澪。怖かったか、ここにおいで」

「いいえ。晴臣様。澪も手伝いをします」


火の粉が飛び人々が混乱している刹那。晴臣は白く清き娘の手を握った。


「良い。私のそばを離れるな」

「でも」

「お前に何かあったら、弟に顔向けできぬ。さあ。この屋根の下に」


そう言って澪を安全な場に座らせた。そして晴臣は家臣に、火を消すように指示をしていた。



◇◇◇

「そなたが城に火を放ったのか」

「帝様。その席は弟帝が座りますのでご安心下さいませ」


本丸。呪いを受けてまだ苦しい帝。そこに天代宗の西念が弟帝を連れていた。謀反の罪で流されていた弟帝は嬉しそうに兄を見ていた。


「ほほほ。家臣はすでに逃げました。ここにいるのは兄上様だけ。なんとおいたわしい」

「……目を覚ませ。このような妖使いに惑わさせるでない」

「何を申されます。妖使いは、あなた様ではござりませぬか」


日陰の身であった弟帝は、苦しむ兄を見て笑った。この異常な笑いを帝は黙って聞いていた。


「このようなことをして。民が苦しむだけ。そなた達に国を収めることなどできはせぬ」

「そろそろ。静かにしていただきましょうか。さあ。立て!歩くのだ」


呪詛で苦しむ帝を追い立てた西念は、その席に弟帝を座らせた。

この時、この場に弦翠が入ってきた。


「帝様。なんてことを……西念。此度の災い、そなたのせいか」

「今頃来ても遅いわ?ははは、陰陽師め。手遅れじゃ。妖が暴れ、守護寺が焼ける。そしてまた結界が解けるのだ。これも全て帝のせい」

「そうだ。そして私が西念に結界を引かせ、都の秩序を取り戻す。陰陽師など要らぬ」


狡猾な二人。弦翠は帝を抱え黙って話を聞いていた。


「話はそれだけか。ではその玉座に座るが良い。さあ、帝様、参りましょう」


息も絶え絶えの帝。彼はまず帝を安全な場所に避難させようと抱えて本丸から出てきた。火から逃げ惑う人々。怒声、悲鳴の中、弦翠は一番火事にならない場所を思案した。そして帝を守護寺に連れてきた。


「帝様。いかがされたのだ」

「弟帝が来たのだ。今はまずは安全な場所にお連れした」


息が苦しそうな帝。守護寺の奥の間に彼を寝かせた弦翠は、澪に手当てを頼んだ。


「それよりも兄者。この寺はどうなんだ」

「ここだけは燃やさせない。が、なんだ」


建物がぐらりと揺らいだ。彼らが表に出ると家臣が叫んだ。


「晴臣様。鬼です。大きな鬼が」

「なんと。壊しに来たのか」

「兄者。ここは私に任せてくれ」


腕まくりをし、巨大な敵に向かった弦翠は、自身の守り刀を取り出した。そして鬼に目掛けて斬りつけに走ったのだった。走りながら鬼の足首を切ると、鬼が大きな声で叫んだ。


しかし、致命傷ではない。そこで弦翠は体に上ろうと鬼の背面を狙っていた。

すると声がした。


「殺、滅、死、苦、命、失」

「兄者!離れてください」

「父上。紀章……」


妖退治をしていた夕水と紀章はようやく姿を現した。二人の呪いで鬼は苦しみだし、蹲っていた。


「弦翠。今だ」

「はああああああ!」


ここで弦翠が止めを指し、鬼を絶命させた。安堵する中。晴臣は狂ったように叫び出した。


「こっちへ来てくれ!早く」

「どうした」


大火の中。唯一燃えていない守護寺。この寺前で叫ぶ晴臣は、結界がずれてしまったと早口で語り出した。


「あの鬼のせいだ。みろ。屋根の上の瓦の位置だ」

「わからないぞ」

「私もだ」


一番若い紀章は確かに瓦がずれていると見つけた。晴臣はこれを直さねば、結界は崩れると落ち着きなく話した。


「どうする。誰か屋根に乗れば良いのか」

「時間がない。急がねば」

「あの。あの方がお水を飲みたいとおしゃってますけれど」


話し合いの中。澪は晴臣の袖を引いた。


「……晴臣。この方は」

「父上。これは笙明の連れです。そうだ、お澪。お前がいた」

「??」


晴臣は澪に屋根に上がり、瓦の位置を直すように肩を抱いた。


「澪にできますでしょうか」

「ここから指示をする。良いか。直さねば、都は妖の世になる」


弦翠。夕水。紀章が見守る中。澪はやるとうなづいた。


「奥の間の。あの方のお世話をお願いしますね。では」

「お澪。火に気を付けろよ」


晴臣の返事を待たず、彼女は走りながら鷺になった。そしてゆっくりと火が飛び交う中、旋回し、守護寺の屋根にふわと舞い降りた。


◇◇◇

「良いか。まず娘の力ではあの瓦は動かせぬ」

「ここから見れば小さいが、そばで見ると人より大きな物だ」

「そうです父上。弦翠!風を起こせ。お澪を手伝うのだ」


特殊な能力を持つ八田陰陽師。風を司る弦翠は風を起こし、澪の助けをした。

これを屋根の下から見ていた晴臣は、方角が違うと叫んだ。


「お澪にはわからぬのか。どうしたものか」

「兄上。私が教えていきます……それ」


火を司る紀章は、屋根の下の広間に並ぶ篝火に火をつけた。この火の方角が正しいものであったので、高いところに立つ澪は、この火を頼りに瓦を整えた。


「どうだ……これで揃ったでしょうか。父上」


目を瞑り念じた夕水はこれで良い、と目を開けた。


「さあ、後の妖は他の僧侶に任せて良い。我らは我らの役を果たす」


そういうと夕水は腕を広げた。


「我らの力で火を消す!私と晴臣は雨を。紀章は火を弱めろ!雨が降った後、弦翠は風を起こすのだ」


返事とともに八田陰陽師は四角形を描くように陣を張った。やがて念仏に誘われるかのように雨雲が立ち込め、そして雨となった。

冬の雨の足が早くなるに連れ、火が弱くなってきた。ここで風が強まり、都の炎は消されていった。


「はあ、はあ」

「大丈夫でございますか」

「お澪……お前は、怪我をしたのか」


自分よりも大きな瓦。これを動かした澪の手は血が滲んでいた。これを見た晴臣は、まるで自分が傷んでいるかのような悲しい顔をし彼女の手をとった。


「すまぬ。このようなことをさせて」

「良いのです。それよりも笙明様は」

「晴臣。我らは先に帝の元に参るぞ」

「は、はい」


父と紀章。そして弦翠は走って本丸へ向かった。晴臣は澪の手をつかんだままであった。


「晴臣様。澪は笙明様のところに行きたい」

「……ならぬ。まだ危険だ。奥の部屋にいてくれ」

「でも。澪は」


涙で笙明のそばにいたいと申す娘。しかし、晴臣は胸が裂けそうな思いで彼女を奥の部屋に押し込めた。


「帝様のそばにいろ」

「晴臣様。では、せめて」


城内にいるはずの笙明のために、雨雲を晴らしてほしいと澪は懇願した。


「お願いです。月を出してください」

「そこにいろ。わかったな」


愛しい娘の頼み。それが己のためであればどんな希も叶えてやる晴臣であったが、それは弟のためであった。


彼と夕水が降らせた夕刻の雨。火事は消えた洛中。晴臣はじっと念じた。雨雲がさあと流れたかと思うと、そこには黄色い月が大きく輝いていた。これを機に、一瞬、辺りが光に包まれたがそれはすぐに止んだ。そして静かになった。妖は全滅した。




本丸に入った夕水は、玉座で死んでいた弟帝を発見した。そばには西念が青ざめて倒れていた。


「西念。これはいったいどういうことだ」

「知らぬ……玉座に座った途端、死んでしまった」

「愚かな。それはただの座ではないのだ」


帝が座っていた玉座。これは都の呪詛を抑える蓋のようなもの。帝はその上に座り、必死に蓋が開かぬよう、守っていたと夕水は説明した。


「力無き者が少しでも触れれば、御身に呪詛を受けてしまう。そなたも弟帝も。耐えきれなかったのだろう」

「さすが八田じゃ……無念」



夕水が声をかけても西念は返事がなかった。玉座にふれた西念も死んでしまった。これを見た父に紀章は声をかけた。


「父上。ご覧ください。笙明です」

「おお。この光。残りの妖を一網打尽か」


全てが終わった本丸からの景色は、月の綺麗な夜になっていた。

こうして城の火と謀反は消されたのだった。



続く

次回『洛中、火と化す 後編』

最終話『遠き都に日は落ちて』









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