一 清い約束

「雨が止んだら暑いな」

「ああ。雲があんなに高いぞ」

「日陰を歩きましょう。笙明様はどうですか」

「ああ。少し休もうか」


 東山道を北へ進む妖隊は、涼しい木陰で一息ついていた。


 夏の日差しに揺れる草原。一行はのんびりと旅を続けていた。妖退治を進めている彼らは妖の塊も多く集め、都に朗報を届けていた。

 天狗の弟子の篠は成長目紛しく、幼い面影の中にたくましい少年の顔を見せるようになっていた。修験僧の龍牙は此度の妖退治にてより力を付けようと積極的に刀を奮っていた。元来、滅する力を持っていた二人は、この旅でその能力を伸ばしていた。


 鷺の娘の澪は相変わらず美しかった。しかし澪を知るほど彼女のことが分からなくなるのだった。あどけない童女のような時もあれば、彼らのためなら冷酷なこともやりかねない彼女が時には怖くもあった。半分妖怪、半分人間。そして女である彼女は、知れば知るほど彼らには未知なる娘であるが、それと同じくらい大事な愛しい娘であった。


「ふわ?」

「またあくびしてる」

「よくも抜け抜けと寝ておられるの」

「夜遅くまで占いをしているからよ?早く寝ればいいのに」

「うるさい……お前達、小言が多すぎだ」


 そう言う笙明は笑顔で草むらに横になった。


八田家の末息子。月が出てなければ本領発揮ができない男であったが、この旅で己の力を引き出していた。旅に出るまではどうなることかと気にしていた彼は、今はこの度を一番楽しんでいた。


 最強の兄が三人もいる彼はその父も含めて劣等感を抱いていた。父は偉大で、長兄は最高実力者。次兄は逞しく寛容。三兄は温情溢れる人格。完璧な彼らの中、自分は月が出ていなければ力のでない根暗な男だと彼は思っていた。


 彼らに打ち勝つことは不可能であるが、この旅で妖退治を進め自信が出てきた笙明は、八田家の一員として役に立ちたいと思うようになっていた。

 空には雲が浮かんでいた。鳥の声に仕方なく起きた笙明は、仲間と共に先の村を目指したのだった。


 一行が進んだ先には村が見えた。ここで篠が動き村の子供に、妖退治にきたと話しかけた。


「俺、長者様に聞いてくるから」

「おう!」


暫し待つと先の子供と老人が顔を見せた。老人は村には入れぬと話した。


「この村には昔、妖退治の者を招き入れ、不幸になった云われがある。あなた達には悪いが村に入れられぬ」


 するとここで年長の龍牙が動いた。


「わしらは妖退治ができれば良いのだ。別に村には入らずとも良いのです。それよりも妖はおりませぬか」

「……とにかく。これより先は立ち入りはできませぬ。あの寺を使いなされ」


 老人はそう言って村はずれの寺を指した。彼はこれで結構なので日が落ちる前に寺の庭で火を起こしていた。


 無人で荒れ果てているが屋根がある古寺。一行は喜んで澪が作る夕餉を待っていた。


「……龍牙。客人だ」

「そのようだな」

「そうなの?」

「ではその人も分も用意しなきゃ?」


 共に火を囲む可愛い澪に、笙明は目を細めた。


「良い良い。篠、こちらへ案内せよ」


 夕闇の中。先程の小僧と一緒に一人の白髪の男がやってきた。





「旅の方。恐れ入る」


 彼は村の長者と名乗った。


「すみませぬ。村の掟でこのような場所で」

「良いのです。これでも立派な宿ですぞ」

「しかし。長者殿がどうしてここに」


 笙明と龍牙の話に、腰の曲がった彼は、ポソポソと話し出した。篠が子供と遊ぶ中、彼が話すのは村の言い伝えであった。


「私は丁稚奉公で今の屋敷にお世話になっていた時の話でございます」


 彼は昔。この一帯に妖隊がきた話をした。


「都からきた陰陽師の一行は、ここら一帯の妖を退治されました。その時、今の私の屋敷にお泊まりいただいたのですが、その際、ある約束をされたのです」


 龍牙と笙明は黙って聞いていたが、澪が出した粥を受け取った。


「それは、どのよう約束ですか」

「金に関することですかな」

「……この村の長者の娘を嫁にすると」

「ぶ!?」

「ま、真か?それは」


 龍牙と笙明が吹き出したので澪はせっせと片付けていた。長者は話を続けた。


「これはその娘がそう思っているのです。しかし舅は八田殿からすでに許婚がいる、ニ度とここには来ないと聞いております」

「八田ぁ?」

「ま、待て。それは。真に八田と名乗ったのか?」

「そうです」


 彼の話す男は、若かりし日の父だと笙明は悟った。


「それは奇遇。ここにいるのは、むぐ!?」

「何も申すな!。して、その娘御はどうされたのだ」


 笙明が龍牙の口を押さえる中、長者は不思議そうにしていたが、澪がくれた白湯を飲んだ。


「ずっと待っております。今でもです」

「今でも?」

「むぐぐ?!」

「あの。笙明様?」

「澪は待て!その、娘御は今は」

「あの。笙明様。お客様で」

「待て申すに?……そ、そなたは」


 澪の背後には老婆が立っていた。



「笙明様。この方は妖隊に挨拶をしたいと言ってお越しになったの」


 澪の紹介に長者は驚きで立ち上がった。


「清子!お前、外に出ていいのか」

「はい。それよりも旅の方。都から参ったそうで」

「……はい。そうです」


 髪を乱し目が血走っている老婆は、じっと笙明を見つめた。


「あなたは天満宮の八田という男を知らぬか?」

「……いえ。知りませぬ」

「あなた様のように色が白く。あなた様のような低い声で」

「……」


 黙って聞いてる笙明であったが、龍牙は震えそうなので堪えていた。


「あなた様のように妖退治をしていたんです」

「せっかくですが、私は知りません」


 澪も何か言いたかったが、篠が口を押さえていた。ここで笙明が老婆に向かった。


「ささ、『今宵はもう遅い』話は明日にしましょう」

 

この言葉を聞いた老婆はハッとした顔をした。


「わかりました……」


こうして長者と老婆を帰した笙明達はどっと疲れていた。



「どういうことなの」

「そうよ。あれは笙明様のことなの!?許せない」

「待て!笙明殿のはずがない?あれはどなたのことじゃ?」

「……はあ。澪、白湯をくれ」


 頭を抱えた彼は、ため息まじりで父だと話した。


「若い頃、東の国を旅したと申していた。恐らくそうだろう」

「ということは。さっきのおばさんに好かれちゃったんだね」

「だが。あの二人は夫婦の様子だったがな」

「でも……まだ、待っているのね。約束を守って」


 こんな空気であったが、彼らは夕餉を食べていた。そして対策を練っていた。


「というわけで。絶対認めぬ」

「そうだな。俺もそれがいいと思う」


 そして龍牙も納得する中、澪も協力すると笙明に寄り添った。


「では。明日早く出立しよう」


 そんな一行は静かに夜に目を閉じていた。





 虫の音。心地よい夜風は彼に安らぎをもたらせていた。

そんな褥にふと、冷たい手が彼に触れてきた。


「……澪か?」

「八田様……」

「?あなたは?」


白い髪を垂らし彼に忍び寄る老婆の皺の手を払い、彼は起き上がった。




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