二 鬼の相撲

「見て。村があるよ」

「人がたくさんおるな」

「……篠。様子を見て参れ。ん?澪は」


春の終わりの東の道。娘は話も聞かず山草を嬉しそうに摘んでいた。これに微笑んだ笙明は旅路の青空に機嫌を良くしていた。

妖隊の一行は妖を求めて東山道を進んでいた。すると篠が小走りに戻ってきた。


「みんな楽しそうにお祭りの用意をしているみたい」

「この時期にか」

「田植えが終わったのであろう。その祝いではないか」


馬上の笙明は美しく光る皐月の水田に目を細めていた。そして一行は村に入っていた。篠は近くにいた老婆に尋ねた。


「すいません。俺達は旅の者ですけど。これは何の祝いなの」

「旅の人とな。ちょっとここで待ってくだされ」


老婆は若い男に伝え、男は人を掻き分け村の奥に行ってしまった。どこの村も同じ待遇なので彼らは吉と出るか凶と出るか、しばし待っていた。


「今日はどっちかな」

「祭りだ。追い出されるとは思えぬが」

「あ。戻ってきたわ」

「お待たせしました。どうぞ、こちらへ」


彼らは村の長老の家に招かれた。村人は男も女も気忙しく祭りの用意で動いていた。彼らは出されたお茶を飲んでいると長老が挨拶にきた。


「都からお出でになったとは。それはそれは遠いところから」

「はい。して。これは何の祝いじゃ」


龍牙の問いに白髪の長老は田植えを終え、豊作を願う祭りだと話した。


「あれをご覧くだされ。相撲をするのです」

「おお。見事な土俵じゃ」

「すごいね。都でもあんな立派な土俵はないよ」

「笙明様。相撲ってなあに」

「お前には後で話す。長老、神に奉納ですか」

「はい。我らの山の神に奉納するのです」


そんな長老はぜひ見て行ってほしいと言い出した。取り組みは明日という事で、彼らはこの村に泊まる事にした。


篠と龍牙は力仕事を手伝い、澪は村女達と一緒に食べ物の用意を手伝った。

篠は同世代の少年達と一緒に手伝っていた。


「おい、お前。明日の相撲はお前も出るのか」

「きっとでないよ。俺はよそ者だから」

「そうかい。勝てばご馳走が食べられるんだよ」


少年達は瞳をキラキラさせていた。この様子によほど楽しい祭りなのかと篠は思っていた。


「それにね。山神様が降りてきたら」

「し!それは」

「??山神?それ何だよ」


彼らはここで話を濁した。そしてこの話は二度としなかった。




そんな中、笙明は部屋に残り、村のための占いをしていた。


「旅の方。村の吉相はいかがですかな」

「そうですな。あの建物ですが」


笙明は食べ物を保管している村の貯蔵庫を指した。


「辺りの木々を切った方が良い。食べ物が腐ります」

「そうですか?今までは植えた方が良いとされましたが」

「それは大嵐から防ぐためかも知れませぬ。しかし木も病になるのです」


造りを頑丈にせよと笙明は語った。こんな彼に村人は話を続けた。


「他にはですな。他の村は疫病とのこと。この村はまだ起きておりませぬがどうすれば防げるでしょうか」

「これは我らの使命に関することですが」


笙明は魔物の仕業であると話した。


「奴らは化け物の形とは限りませぬ」

「ではどうすれば」

「肉を絶つ。それが唯一の対処法です」


都では魔物に襲われた者が疫病になっているが、それ以外では魔物になった獣を食べてしまうのが原因だと笙明は思っていた。


「我らの村は兔や鳥。猪や鹿は食します」

「……通常の物ならば良いのですが、狂っているもの。あるいは死んでいるものは決して獲らぬようにされよ」

「心得ました」


話をした長老の息子は他にも都の話を聞きたがっていた。しかし笙明は疲れたと言い、部屋で休ませてもらっていた。


「あ、ここにいた。もう」

「そんなに怒るな」

「だって」


不貞腐れている澪を彼は優しく腕に抱いた。


「どうした?村娘とおしゃべりは」

「みんな笙明様の事ばかり聞くの。面白くないわ」

「都の男が珍しいだけだ。さて、篠と龍牙はどうした」

「あ?そうだった!」

 

用事を思い出した澪は彼の手を引き庭に出てきた。そこでは篠と龍牙が汁を食べていた。


「遅いよ。先に食べています」

「ハハハ。仕事後は格別じゃ」

「はい、笙明様。澪の作った物です」

「それなら良い。ではいただこう」


夕刻の庭先で鍋の汁を食べていた一向に長老の息子が顔を出した。明日の相撲の話であった。


それは明日の相撲に篠と龍牙も参加の誘いであった。


これに気を良くした二人は食後、相撲を取り興じていた。笙明と澪は笑って見ていたが、彼は山からの嫌な気配を感じていた。


……祭りの用意であるが、どこか奇妙だ。


村人達の楽しそうな夜の中、彼だけ一人、心を鎮めた夜を過ごしていたのだった。



◇◇◇

翌朝。村の祭りが始まった。古老による鬼の面をつけた舞には驚いた笙明だったが、見事な動きに思わず都を忍ぶほどであった。そして相撲が始まった。村の広場に作られた土俵には次々と男達が戦い、それを見た女達は歓声をあげて行ったのだった。


この熱気を妖隊の一行も用意された席で見物していた。


「よし!俺も行く」

「ハハハ。天狗の名に恥じぬよう。やって来い」

「……龍牙。それにしても妙では無いか」

「はい?」

「隣の席は誰が来るのだ」


彼らが勧められた席は土俵が見える高台に作られた特等席だった。そして隣は空席になっていた。龍牙は山神の席だと話した。


「だからお供物があるのですな」

「そうか。それもそうか」


胸騒ぎがする笙明は、傍の澪をそっと見た。彼女は疲れているのかうとうとしていた。彼は澪を横にさせ長い髪を撫でていた。そして龍牙も参戦するというのでこの場で見送ったのだった。


……なんだ。これは妖気か?


不穏な空気の先を笙明は目で追った。それは相撲で興じる村人を分けるようにこちらに向かって歩いてきた。








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