十 悪魔の花嫁
「はあ、疲れたわい」
「でも見て。あそこに村が見えるよ」
足の重い龍牙であったが篠の声で目を見開いた。これに馬上の笙明は目を細めていた、
「さてさて。どのような魔物がおるかの」
「澪にはまだ視えませぬ」
妖隊の彼らは寂れた村にやってきた。しかし、春の小鳥が囀る中、人家に人は無く寂れた様子であった。
そろそろ日暮れで宿探しの彼らはここで村はずれに煙が立つのを見た。彼らは妖話集めも兼ねてここにやって来た。
「ここは……ずいぶん立派な畑だね」
「ああ。手入れがされて見事な作物じゃ」
「わしが声を掛けます。すまんが、これ」
龍牙が声を掛けると平家から男が出て来た。
「なんだ。あんた達は」
大柄な男は髭を生やし、大きな目で彼らを睨んだ。着ている服は毛皮であったので思わず龍牙も怯んでしまった。
「わし達は都から参った。今夜の宿を探しておる」
「……」
無愛想な男は澪を一瞥し一旦部屋に戻ったが、再び出て来た。そして小屋で良ければ使えと言ってくれた。
この親切に感謝した一行は言われるまま小屋に入って行った。干し草の上に腰を据えた彼らは歩き疲れた足を伸ばしていた。
「それでは私。夕餉の支度を」
「まだ良いよ。少し休めば?」
澪は微笑むと馬に括っていた鍋を下ろし出した。そして道すがら集めた食材で料理を始めた。
「良い匂いだね」
「フフフ。今日はね。竹の子もあるのよ」
「ご馳走じゃ。都でもこのような美味い物はありつけぬぞ」
「まあ?龍牙様はお腹が空いているのね」
庭先で機嫌よく食事を作る澪であったが、笙明は干し草の上でゆったりと横になっていた。こんな夕餉を作った澪は、平家の男に汁を分けようと言い、篠に碗を取りに向かわせた。すると大男はこの場にやって来た。
「うまそうだな」
「どうぞ。みんなで食事にしましょう」
火を囲み一同は夕餉となった。男は名をマサと言った。体格の良い彼はここで一人暮らしだと語った。
「そうか。旅を、その娘さんもか」
「そうだよ。澪は仲間だよ。マサさんにはやらないよ」
「な、何を言う?」
頬を染めた彼は必死に話し出した。
「わしだって、嫁が来るんだ」
「お嫁さんが?」
「それはめでたいの」
篠と龍牙の祝福に男は気を良く話し出した。それは今通ってきた村から娘が嫁にくると言うものであった。
「しかし。誰もいなかったぞ?」
「隠れておったんだ。それにわしは村の外れ者だし」
祖父が村で悪い事をしたせいで仲間外れをされていたマサは親を亡くし一人暮らしであったが、肥沃な田畑と丈夫な馬がいるおかげで食べ物には困っていないと話した。
「だから村一番の娘がここに嫁に来たいと言って来たんだ」
「そうか。だってここは食べ物があるもんな」
呑気に話す彼らであった笙明は静かに問いた。
「マサとやら。あの村の男供はどうした?おらぬようだが」
「最近姿が見せないが、わしは村に行かないので知らん」
「そうか」
こうして澪の食事で満腹になった彼らであったが、マサは澪に家に来て欲しいと言った。
「嫁が来ると言うに、わしは何をしたら良いかわからんのじゃ」
「世話になっておるのだ……澪よ。龍牙と共に行って参れ」
「はい」
そして彼らが去った小屋で、笙明はポツリと篠に尋ねた。
「どう思う」
「何が」
「嫁じゃ」
「別に。来てもおかしく無いでしょう」
粗末な作りであったが、豊富な食べ物を話す篠に笙明は腰に手を当てていた。
「もしかして。笙明様。澪を取られると思ったの?」
「寝ろ」
そう話すと笙明は夜の庭に出た。この夜は月は出ていなかった。
翌朝。雨であったのでマサは休んで行けと言ってくれた。そんな彼を交えて朝餉を食べた彼らは少しでも恩返しに彼の農業の手伝いを買って出た。しかし笙明だけは小屋の中で寝転んでいたのだった。
こうした一日を過ごした彼らであったが、翌日にこの家を出た。
出る時のマサは澪に手伝ってもらい嫁の用意ができたと嬉しそうに彼らを送ってくれたのだった。
「あーあ。この村には魔物はいなかったね」
「ああ。マサ殿に世話になっただけだ」
「まあ?龍牙様。私と一緒に手伝いをしたでしょう?喜んでもらえたわよ」
そんな澪は、彼の嫁が輿入りするのは今日だと話した。
「村の人がおかしな事を言うんですって。待っている花婿は農具は危ないから閉まっておけって。そして神様に身を捧げるから足を縛っておくとか」
「……戻るぞ」
「え」
「戻ると申したのだ。急げ!」
驚く仲間達であったが、彼らは引き返したのだった。
第十一話『欲しいもの』へ
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