九 石の社

「帝様の御様子はいかがでござりますか」

「ああ、芳しくない」


 夕暮れの都の天満宮大社。城から帰ってきた八田夕水は長男の晴臣に疲れた顔を見せた。八田家当主の夕水は此度の鬼門を守護の社寺が完成するまで他宗教の者の力をも借り結界を張る役目をしていた。


 しかしすでに一年経ち、心身ともに疲労困憊であった。


「父上。仮の社寺の工事は進んでおるようですが」

「ああ、しかしこう人足が揃わぬのでは一行に進まぬ」


 結界を張るのも限界となり現在は仮の社を建築中であった。

城下を汚した妖達のせいで、人々は疫病になり働き手が集まらず夕水を悩ませていた。これを共に役を担う晴臣は老父の体を気にしていた。


「父上。しばし休まれよ。私と弦翠で進めますので」

「……そうは参らぬ。皆必死に戦っておるのだ」


 ここで母が食事を持ってきたので二人は箸を持った。


 八田家長男、晴臣は幼少時より才を認められ、夕水の後継者として育てられた。気難しい面持ちであるが陰陽師としての力は長け、絵に心得がある。すでに妻がいるが子はなく、天満宮の神職と結界の役を務めていた。


 次兄の弦翠は帝の直近の守護をしていたが此度は結界張りに尽力している。体が兄弟で一番大きく、独り身の自由人の彼もまた力の持ち主であった。

 三男の紀章は婿に行き妻子がいる。温和な性格で妻の実家である神社を継ぎ神職をしていた。

 今夜は晴臣と夜を過ごしていた夕水は、どこか気が抜けた様子で語った。


「西国に参った妖隊が帰ってきた。仲間が死んだので一人という話だ」

「……また心配ですか」

「東の国はまだ春か」

「……今夜は早くお休みください」


 重責の役目により心労の父を床に行かせた晴臣はこの夜は実家に泊まることにした。寝支度の彼の元に母が白湯を持ってきた。


「……晴臣や。笙明はどう過ごしておるのだろう」

「母上まで?問題はございませんよ」

「しかし」


 不安そうな老母を見た彼は、挨拶をし夜の一人部屋で占いを始めた。


……東の国……川が視える……


 弟の旅の姿を透視した彼はそっと木戸を開け夜空を望んだ。


「朧月夜か……いずれも春、か」


 どこか微笑んだ彼は春の褥に静かに入ったのだった。



◇◇◇


「今度は木材とな」

「はい。火災で焼けてしまい、柱にする材料が揃いませぬ」

「何という事じゃ。それでは出来ぬではないか」

「……父上。ここは私が」


 仮の社の木材までが不測の事態に憤る父を制した晴臣は城の役人と話を続けた。


「吉野の山はいかがですか」

「恐れながら。仮の社に使いますと、本殿建築の際、不足致す」

「さもあろう……」


 この場を預かった晴臣は、弦翠を呼び父と話をした。


「『仮の社』の『仮の社』を作りまする」

「は?」

「それはどういうことじゃ」


 驚く二人に晴臣は静かに語った。


「そもそも。社は神様を祭る仮の家。その昔は建物はなく石にてそれを現していたと聞いたことがあります」

「石?」

「確かに」


 晴臣の話を聞いた夕水は幼い頃、祖父に同じ話をされたと言った。


「その石の神社は、紀章の義父殿なら知っておるやも知れぬ」

「弦翠、行って参れ。即刻これを作るのだ」


 直ちに馬を走らせた弦翠は紀章の神社に赴き、石の神社について相談をした。そしてこれを作ることになり策は手が空いている紀章の役とした。


 紀章の義父は敷地内にある古い石の神社を移設せよと申し出たので、後日手配しこれらを城内へと運んできたのだった。


「兄者。ここで良いのか」


「そうだ。さて、並べるとしようか」


 晴臣の占いや夕水の見立てで鬼門の方角、守護寺の庭に場所を用意していた。この日は夕水の三息子が揃い、石の神社を作って行った。

 人足に下させた石は成人男性ほどの大きさで、運んできた男達三人で荷台から下ろしたのだった。


「よし。紀章は順を言え。石を動かすのは弦翠だ」

「相変わらず人使いの荒い事よ」

「弦兄。それを申すなら弟使いだ」

「良いから始める!」

「皆のもの、くれぐれも頼むぞ」


 夕水も見守る中、石を組む作業が始まった。

これは大きな石を中心に立て、他の石を放射状に並べていく円形であった。


 一同が見守る中、石に手をかざした弦翠は念動力にてこれを浮かせ、紀章の言う通りに移動させていた。


「そうだ……右だ、いや左」

「……まだ、か」

「慎重にやれ」


 晴臣は図を見ながら彼らの動きを見ていた。軽い石は人足達に持たせた八田一族は、形を完成させた。


「これで良いかと思うのだが……どうだろうな」


 紀章は石の周りをうろうろしていたが、弦翠は地に腰を下ろしていた。


「はあ、はあ、はあ」

「?弦翠はこれしきの事で軟弱な」

「兄者は何もしておらぬではないか!」

「うむ。よくやった紀章よ」


 興奮している夕水は出来栄えにうなづいていたがここで神下ろしの儀を行うと言った。

 八田家の弟子も見守る中、父と息子達は古の呪文を唱えていった。






 やがておおおおと風のような声がしたかと思うと、パーンと何かが弾けた音がした。



「……良し。終了じゃ」

「終わったのか?」

「ふう。どうやらそのようで……兄者。いかがしましたか」

「いや」


 晴臣は火事跡の鬼門守護寺を振り返っていた。

この後夕水が確認し、人力による結界は不要となった。



◇◇◇


「ささ。みなで食事にしましょう」


 家族が揃った夕餉に老母は喜んでいた。


「はあ。疲れ申した」

「紀章は一番若いのに、何を申すのだ」

「弦兄。一番若いのは笙明、あ?」


 この名を聞き父と母は暗い顔になってしまった。


「愚か者!ええと母様。文が無いのは元気な証拠ですぞ」


 弦翠の言葉にも二人は沈んでいた。


「……そうですね」

「ああ。今はどこか。まだ近江か……」


 暗い顔の両親に耐えきれず晴臣は彼の近況を知らせた。


「彼奴は近江を出て今は美濃です。川を渡りました故」

「おお?無事なのですね」

「もしかして視てくれたのか?おお、晴臣よ」

「……」


 喜ぶ両親を前にどこか頬染める兄を弦翠と紀章は声を出さずに笑っていた。


「なんだ。その顔」

「いえ?なにも」

「そうですよ。フフフ」

「……しかしだな」


晴臣は本殿の建築を進めなくはならぬと言い出した。


「せっかく終わったのに。兄者はいつもそうじゃ」

「あーあ。つまらぬ」

「ふん」

「これ。諍いはならぬぞ」

「ささ、お酒もありますよ。まずは一息入れなされ」


 都の八田家の春の夜は母の笑顔と男達の声に賑やかに老けていくのだった。


第九完

第十話『悪魔の花嫁』




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