第156話

 黎明の覇者は街道を進む。

 そして数度の野営を行ってグルタス伯爵との領地が近付く頃に、一つの村を見つける。

 グルタス伯爵が先遣隊としてダーロットの領地に既に人を派遣している場合、その相手を捜すのに必要な道案内。

 具体的には傭兵がどこかの山や森、林といった場所に隠れ家を用意している場合、まずはそれを見つける必要があった。

 そのための案内人を、ここで雇おうとソフィアは判断した。

 ここに来るまでにもいくつかの村や街はあったのだが、そんな中でソフィアが決めたのがこの村だった。


「ローザ、ギュンター、あの村で案内人を雇いましょう。グルタス伯爵の領地が近いから、色々と情報を知っている可能性が高いわ」


 ソフィアの言葉に名前を呼ばれたローザとギュンター、そして名前は呼ばれなかったが同じ馬車に乗っている傭兵たちがそれぞれ頷く。

 そうして黎明の覇者は村に進んだのだが……当然ながら、村の方ではいきなりやって来た傭兵団を見て緊張する。

 傭兵団の中には質の悪い者もおり、横暴な態度の者も少なくない。

 それ以外にも、グルタス伯爵の領地が近くにあるので、戦いになると巻き込まれることが多かったというのもあるのだろう。

 ……実はそれ以外にも、ソフィアの乗っている馬車を牽いてたのが普通の馬ではなく虎のモンスターだったというのも大きい。

 戦闘に慣れている傭兵ならともかく、普通の村人にしてみればこの辺りで遭遇するモンスターというのはそこまで強力なモンスターではない。

 そんな中で虎のモンスターと遭遇したのだから、それに怯えるなという方が無理だった。


「あ、あの……何か私たちに用でしょうか?」


 村の代表……村長と思しき初老の男が馬車から降りてきたギュンターに尋ねる。

 村長の様子に、ギュンターは少し困ったといった表情を浮かべた。

 ここは自分ではなく、補給を担当しているローザが話をするべきなのでは?

 そう思って馬車に視線を向けると、ちょうどそこではローザが馬車から降りてくるところだった。

 最初にギュンターが降りたのは、もしかしたら村の中にグルタス伯爵と内通している者がいるかもしれなかったからだ。

 もしここでそのような相手がいたら、馬車から降りてきたばかりのギュンターたちはこれ以上ないほどに狙いやすい相手となる。

 だからこそ、最初に相手が妙な行動をしても対処出来るようにギュンターが最初に馬車を降りたのだが、幸いにも特に攻撃されるようなことはなかったが。


「話は私がするわ」


 ギュンターに代わって馬車から降りたローザがそう告げる。

 すると馬車から降りてきたローザを見た村長は驚く。

 ローザのような美人がここにいることに驚いたというのが大きいのだろう。

 ソフィアほどではないにしろ、ローザも十分に美女と呼ぶに相応しい美貌を持つ。

 そんなローザが現れたことで、間近にその美貌を見た長が驚くのは当然だった。

 また、長以外の村人……特に若い男は、驚く。

 そんな中の何人かは意味ありげな視線を交わしている。

 ピクリ、と。ローザはそんな何人かの様子に気が付くが、それに対して何かを口に出したりはしない。

 ただし、表情には出さなかったものの、内心では獰猛な笑みを浮かべていたが。

 ローザの内心に気が付いた様子もないまま、村長は口を開く。


「それで、その……お話というのは具体的にどのようなことなのでしょう?」

「私達はグルタス伯爵軍と戦う為にダーロット様に雇われた傭兵よ」


 そう告げるも、そのことには最初から予想していたのか、村長が驚く様子はない。

 ただし、村人の中には黎明の覇者の正体について理解していなかった者もいるのだろう。

 驚いている者もいた。


「グルタス伯爵領側からやってきた訳ではないので、そうだと思いましたが……それについては分かりました。しかし、それが一体どうしたのでしょう? この村には、見ての通り敵兵はいませんが」

「そうだといいけどね」


 そう言うローザ。

 実際に敵が村にいても、それを村ぐるみで匿っている可能性もある。

 そうなると、ちょっと見ただけでそれを見破るのは難しい。

 もっとも、そうなったらそうなったで幾らでも対処のしようはあるのだが。

 ただ、こうして村にやって来たのはもっと違う理由からだ。


「その件に多少かかわってくるのだけど、実はグルタス伯爵領側からすでに先発隊としてある程度の戦力がこちらに入ってきたという情報があるの」


 実際にはそうかもしれないから、念のために黎明の覇者に先発してそれを見つけ出して欲しいという要望だったのだが、この場合はそういう情報があった方が事態を進めやすいとローザが判断したのだろう。


「そのようなことが……」


 言葉では驚く村長だったが、実際には本気で驚いていないというのは明らかだ。

 領土境の近くにある村なのだから、今まで戦いがあるごとに同じようなことがあってもおかしくはなかったのだろう。

 黎明の覇者として、同じような場所で何度も戦いを見てきたローザにしてみれば、そんな光景は日常茶飯事……とまではいかずとも、珍しい話ではなかった。


「ええ。そんな訳でこの辺を……具体的には敵が潜んでいそうな場所に案内をしてくれる案内人が欲しいのよ。無料でとは言わないわ。相応の報酬は出すわ」


 ざわり、と。

 ローザの言葉を聞いた村人たちがざわめく。

 傭兵団のことだから、無理矢理にでも人を奪っていくと思っていた者も多いのだろう。

 実際、傭兵団の中にはそのような真似をする者もいる。

 本来なら問題行動なのだが、傭兵として活動する上で必要だったと言われれば、それが問題になることはない。

 もちろん、それを悪用して若い女を無理矢理連れていくといったような真似をしていれば、罰則を受けることもあるが。

 なのに、ローザは報酬を支払うとまで口にしたのだ。

 そんな傭兵団の態度とは大きく違う。

 今のこの状況でそのような真似をされれば、村長としては悪い気はしない。

 ……ローザを見て目配せをしていた者たちも、報酬を支払うというローザの言葉は意外だったのか、驚きの表情を浮かべていた。


「どうするのかしら? 報酬を支払うと言っている今のうちに、素直に雇われてくれると私たちとしても助かるのだけど」

「お……俺がやる!」


 ローザの言葉に反応したように、一人の男が叫ぶ。

 まだ若い……十代後半から二十代前半といったくらいの年齢のその男の言葉に釣られるように、他の者たちもそれぞれ自分がやると口にする。


「俺がやります! この辺りは色々と複雑な地形の場所もあるので、是非任せて下さい!」

「ちょ……私がやろうと思ったのに。私は女ですから、男の人でも分からないような場所を知っています!」


 そんな風に多くの者が立候補する。

 このような村で、現金収入を得られるチャンスというのはそう多くはない。

 ましてや、募集をしたのがいかにも傭兵といった大男ではなく、ローザのような美人だ。

 男たちはもしかしたら……という淡い期待があるし、女の目から見ても美人なローザとお近づきになりたいと思う者は多いのだろう。


「どうする?」


 ギュンターがローザに尋ねる。

 ギュンターにしてみれば、ここまでやる気に満ちているのはローザが案内役を募集したからだ。

 そうである以上、ここで誰を雇うのかはローザが決めた方がいいのは間違いない。


「そうね。じゃあ……そこの人にお願いするわ」


 ギュンターの言葉に少し考え、ローザが示したのは最初に立候補した男だ。

 決断力があるという点を判断したのだろう。

 あとは若い男で自分たちを案内する際に体力的な問題を考えてか。

 自分を見て意味ありげな表情を浮かべていた者を雇ってみてもいいかもとは思ったのだが、今の状況を考えるとそんな真似をするよりも他のきちんとした相手に頼んだ方がいいと判断したのだ。

 もちろん、後から追ってきて妙なことを企むという可能性もあったが、ローザだけがここにいて一緒に行くように頼んでいるのならまだしも、黎明の覇者全てを敵に回して、ただの村人がどうこう出来るはずもない。

 もしそのような真似が出来るような相手がいるのなら、それこそ自分たちが捜しているような、グルタス伯爵の手の者という可能性が高い。

 そうなったらそうなったで、それなりに戦いやすいという意味で悪くないのは間違いなかった。


「え? 俺ですか!? 本当に俺でいいんですか!?」


 ローザに指示された男は、まさか本当に自分が選ばれるとは思っていなかったのだろう。

 嬉しそうに声を上げる。

 周囲にいる遅れて立候補した者たちからは羨ましそうな、あるいは嫉妬の視線を向けられていたが。


「ええ。貴方にお願いするわ。それで、準備はいい? 出発するまでにはどのくらいの時間が必要になるの?」


 ローザのその言葉に、男は慌てたようにしながら考える。

 準備そのものはそこまで必要な訳ではない。

 とにかくこの状況で必要となるのは野営をするための準備といざというときのための自衛の武器といったところだろう。


「すぐに準備してきます! それで、どのくらい村を離れることになるんでしょうか?」

「そうね。確実に何日とは言えないわ。ただ、あまり長くなるようなら一度村に戻るから、安心しなさい。体力的にそれ以上無理だと言うのなら、そのときに他の希望者と交代してもらうことになるわ」

「いえ、大丈夫です! すぐに準備してきますので!」


 そう叫ぶと、男は準備をするために家に向かう。

 割のいい仕事――報酬についてはまだ何も話していないのだが――を他人に渡してなるものかと、男はやる気に満ちていた。

 せっかく自分が仕事を出来るようになったのだから、ここで下手に時間を無駄にするような真似をして、相手の不況を買いたくはない。

 自分が雇われることになったのは、真っ先に立候補したからというのもあるが、それ以上に偶然からだと理解していたためだ。

 そうである以上、相手を失望させるようなことがあればすぐ別の者が雇われることになる。

 そうならないように、男は必死になって働く必要があった。

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