第155話
先行するように言われた黎明の覇者は、素直にその言葉に従うことにした。
恐らくダーロットの意思ではない命令であると予想はしたのだが、だからといってここで騒いでも意味はない。
それどころかここ味方同士が騒ぐようになれば、グルタス伯爵の有利になる。
そうなると一番困るのはダーロットなのだが……そのダーロットに雇われている黎明の覇者もまた、大きな損失となる。
そうならないようにするためには、黎明の覇者が先発するのが最善なのは間違いない。
ソフィアもそれを理解しているからこそ、今回の件に大人しくしたがったというのが大きい。
これで面白くないからといって反発した場合、敵に自由に行動させてしまうのだから。
そうなると戦いそのものが不利になる可能性があった。
そんな訳で、ドレミナでは補給物資を受け取ってすぐに出発することになる。
「出来れば杖を売ってる店に行ってみたかったんだけどな。他にも魔剣とか見てみたかったし」
そう言いつつ、イオは自分の腰にある短剣に手を伸ばす。
イオは隕石の取引によって、風の刃を発する短剣と雷を放つ長剣という二つの魔剣を入手している。
そのどちらも決められた回数使うと刀身が砕けるという、本物の魔剣ではなく回数制限のある魔剣……言ってみれば使い捨ての魔剣なので、そういう意味では本来の魔剣に比べれば品質で劣る。
ただし、この場合の品質というのはあくまでも回数制限というだけであり、純粋に放つ魔法の威力という点では決して普通の魔剣より劣っている訳ではない。
それどころか、回数制限のある分だけ何度も使える普通の魔剣と比べると刀身へのダメージを気にしたりしなくてもいいという利点がある。
「まさか、俺たちだけで先に行けとか言われるとは思っていなかったな」
魔剣の鞘に触れてイオが呟く。
そんなイオに対し、一緒の馬車に乗っている傭兵たちは微笑ましい視線を向ける。
何故自分にそのような視線が向けられたのかが分からなかったイオ。
そんなイオに対し、傭兵の一人が言い聞かせるように説明する。
「傭兵というのは、自分たちに大きな被害が出ないようにして戦うための存在だ。危険な場所に向かって配置するのはおかしな話じゃない。俺たちの場合はその辺の傭兵団よりもランク上だからそれなりに信用があるが、ランクの低い傭兵団の中には戦いのときにろくにはたらかない連中もいる」
「中には戦いの中で裏切ったりするような傭兵団もいるぞ。もちろん、そのような傭兵団はすぐに処罰されるが」
処罰と表現を濁したが、実際には全員殺す、あるいは奴隷にするといったようなことになる。
当然だろう。ギルドに所属する傭兵が雇い主を裏切るといった真似をしてペナルティがなければ、ギルドそのものが信用されなくなる。
もちろん、雇用主側から裏切ったり、雇用条件とは全く違う仕事をさせようとしたから……といったように、雇用主側に問題がある場合は話が別だが。
また、中にはギルドに所属していない……いわゆる、野良と呼ばれる傭兵もいる。
本人は野良ではなくフリーの傭兵と言っているのだが、一般的にはギルドに登録出来ない傭兵という風に見られていた。
とはいえ、だからこそギルドには依頼出来ないような後ろ暗いことを依頼する者もおり、その分だけ報酬も高くなる。
傭兵の中で腕に自信があってもっと金を稼ぎたいと思ってる者の中には、自分から野良の傭兵になる者もいた。
ある意味、野良の傭兵というのは自分の才覚さえあってどんな汚いことでもするつもりなら、かなり稼げるのだ。
……ギルドという後ろ盾がないだけに、依頼が終了した後は口封じをされるといったようなことになるのも珍しくはないのだが。
「傭兵というのも、色々とあるんですね。そうなると、黎明の覇者のようにランクの高い傭兵団というのは、信頼性も高いということになるんですよね?」
「そうなるな。だからこそ俺たちはその信頼を裏切るような真似は決して出来ない。……ギルドにしてみれば、ランクの高い傭兵が雇い主を裏切ったりするというのは色々な意味で危険だからな。もしそんなことになった場合、それこそギルドから刺客が送られてきてもおかしくはない」
「ギルドから刺客って……そういうのもあるんですか?」
ギルドというのは、あくまでも傭兵に仕事を斡旋する場所というのが、イオの認識だった。
しかし、考えてみればすぐにギルドが相応の戦力を抱えている理由には納得出来る。
そもそもの話、傭兵たちを纏めているギルドだ。
傭兵の中にはギルドに対して不満を抱き、力で強引に自分の要求を呑ませようとする者もいるだろう。
そのような相手に対処するには、やはりギルドにも相応の力が必要となる。
……もっとも、イオは知らないがギルド職員の中には元傭兵といった者も相応に多い。
ときには受付嬢が元傭兵で、自分にしつこく言い寄ってきた相手を片手だけで鎮圧した……といったような話もある。
「けど、そういう元傭兵ってだけじゃなくて、ギルドにとって害になるような傭兵。それでいて野良にはならないでギルドに所属し続ける傭兵どうにかする戦力がいる」
「それがさっき言っていた刺客ですか」
そう言葉を返しつつも、イオはそれなりに納得出来た。
そのような実力がなければおかしいというのもあるが、何よりも日本にいたときに読んだ漫画の中には、そういうのも結構あったのだから。
普通ならギルドが刺客を送るという話を聞いても、素直に納得出来ない者もいるのかもしれないが、イオはあっさりとその言葉を信じた。
イオと話していた傭兵にとってはそれこそが驚きだったのか、イオの方をじっと見てくる。
「どうしました?」
「いや、この話をこうも素直に信じるとは思わなかったんでな。……とにかくそういう訳だから、ギルドを全面的に信頼するのはやめておいた方がいいというのが、俺の正直な気持ちだ」
「分かりました。その辺には気を付けます。……俺が傭兵ギルドに登録するのなら、ですけど」
イオのその言葉に、話を聞いていた傭兵は若干の呆れの視線を向けるが何も言わない。
傭兵にしてみれば、こうして自分たちと一緒に行動をしている時点で半ば黎明の覇者に所属しているようなものなのだ。
イオは自分がまだ客人という扱いだという自覚の方が強かったが。
それでもこうして黎明の覇者と一緒に行動し、その上で戦争にも参加するのだ。
客観的に見た場合、すでにそれは客人ではなく立派に黎明の覇者の一員と見られてもおかしくはない。
(黎明の覇者か。いつまでも客人って訳にはいかないだろうし、そろそろその辺は考えないといけないのかもしれないな)
元々イオが黎明の覇者の客人という扱いになったのは、イオが傭兵ではなく商人を始めとして傭兵以外の仕事にも若干の興味があったためだ。
当初はそれでも問題はなかったのだろう。
隕石を商品として売るといった商人になれる可能性も十分にあったのだから。
しかし、それはあくまでも当初の話だ。
盗賊狩りに参加してベヒモスと戦い、そこからの一連の流れでイオが流星魔法の使い手であると広く知られてしまった。
……もっとも、ゴブリンの軍勢との戦いで都合よく隕石が降ってきたという点から怪しいと思った者は多かったはずだ。
偶然隕石が降ってきて、それが偶然ドレミナに向かって進んでいたゴブリンの軍勢に命中した。
偶然が三度続けば必然といったように言われることもあるが、今回は二度だけで十分に偶然として片付けることは出来なかった。
その上で、偶然隕石が降ってきて、偶然ベヒモスに命中したとなれば、三度どころか四度だ。
それはもはや必然以外に表現するのは難しいだろう。
「今回の戦いにはイオも参加するんだろう? なら、傭兵として登録しておいた方が色々と便利だと思うけどな」
傭兵の一人がそう言い、話を聞いていた者たちもそれに頷く。
今のこの状況において、イオは傭兵ではない。
それでも今回の戦争に参加するのは、黎明の覇者に個人的に雇われているという扱いになる。
言ってみれば、これから黎明の覇者が行うように道案内を雇って侵入してきた敵を見つけて倒すといったようなことをするために雇う相手と、イオは同じような存在となるのだ。
もちろん、黎明の覇者に所属する者たちにしてみれば、形式的には同じであっても実際には違うと言う者も多いだろうが。
特にイオの流星魔法の威力を知っている者にしてみればよけいに。
だが、それはあくまでも黎明の覇者に所属している者たちだからこその意見で、客観的に外部から見た場合はどうしても違ってしまう。
イオという存在を出来るだけ自分たちで確保しないと危険だと考える者は多いだろう。
何しろもしイオがその気になれば、街中だろうかどこだろうが隕石を落とすといった真似が出来るのだ。
攻撃される『かもしれない』という危険を承知の上で、イオを放っておくのは危険すぎた。
実際にはこれはイオだけに限った話ではない。
たとえば黎明の覇者は傭兵の中でも精鋭が揃っており、その気になれば国は無理でも一つの領地を持つ相手と互角以上に戦い、場合によっては勝利することも出来るだろう。
そういう意味では、警戒するのはイオだけではなく他の者たちも同様なのだが……やはり生活に根付いた傭兵という存在と、不意に出て来た流星魔法を使える個人では大きく意味が違ってしまうのだろう。
「俺が黎明の覇者に所属すれば、それはそれで黎明の覇者に迷惑をかけるようなことになりそうな気がするんですけどね」
流星魔法を使えるイオをランクA傭兵団の黎明の覇者が手に入れた。
そういう情報が広がれば、間違いなく黎明の覇者を警戒する者が出てくるだろう。
イオとしては、その辺がかなり気になるところであり、だからこそ慎重になるという気持ちもあった。
「気にするな。俺たちを率いているのはソフィア様だぞ? そんな有象無象、どうとでもなるだろうさ」
そう告げる傭兵の言葉はソフィアに対する強い信頼があり……同時に、イオにも不思議と納得させることが出来るだけの説得力を持っていたのだった。
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