第152話
「出発する!」
ソフィアのその声と同時に、黎明の覇者は野営地からドレミナに向けて出発した。
黎明の覇者の馬車以外にも、商人たちの馬車が一緒に移動を開始する。
討伐隊の面々は当然だがベヒモスが倒されていたということを知らせるために山を越えて戻るので、黎明の覇者とは一緒に行動していない。
研究者の中には何人か黎明の覇者と一緒に行動したいと思った者もいたようだったが、元々はベヒモスの研究をするためにここにいる以上、黎明の覇者と一緒に行くような真似は出来なかった。
それでも自分の研究を優先させるために黎明の覇者と一緒に行動しようと考えた者もいたのだが、そんな者たちは他の研究者に行動を止められていた。
当然だろう。本来なら研究者たちの多くも黎明の覇者と……正確にはイオと一緒に行動したかったのだ。
イオと一緒にいれば、また流星魔法を使って隕石が降ってくるので、それを欲しての行動だったのだが、
ベヒモスの研究をするために来たのだから、そのような真似は出来ないと言う者……実際には自分は黎明の覇者と一緒に行動出来ないのに、お前だけそういう行動をするのは許せないと思っていた者たちによって行動は阻止されたのだ。
中には密航という訳ではないが黙って商人の馬車に潜り込もうとした研究者もいたのだが、それらも全て発見され、引きずり下ろされていた。
なお、研究者たちにとって意外だったのは、イオとの取引でもっとも成功した使い捨ての魔剣と隕石を交換した女の研究者は、特に妙な行動を見せなかったことだろう。
せっかく隕石と魔剣を交換することが出来たのだから、この機会にもっと多くの隕石を入手したと考えてもおかしくはない。
今回は偶然イオと遭遇出来たものの、次にもイオと遭遇出来るとは限らない。
もしそうなった場合、新たな隕石は入手出来なくなってしまう。
また、隕石と一口に言ってもその全てが同じ性質を持つ訳ではない。
それどころか、基本的に一つずつ性質が違う。
具体的には、どのような金属や魔法金属の鉱石が含まれているのか。
それ以外にも何らかの未知の物質が含まれている可能性もある。
……場合によっては、何らかの生命の痕跡があってもおかしくはなかった。
そんな風に一つずつ違うというのに、何故ここでもっと隕石を欲しいと言わないのか。
そんな疑問を抱くのは当然の話だろう。
とはいえ、魔剣の研究をしていた女にも言い分はある。
隕石を多数入手出来るのなら、それはもちろん欲しい。
それこそ可能ならいくらでも欲しいと思う。
しかし、隕石を受け取る代わりに支払う代価がもうないのだ。
お試しということで持ってきた風の刃を放つ短剣型の魔剣と、どうしても欲しい隕石があった場合に渡すためにもってきた、雷を放つ長剣型の魔剣。
その双方を渡してしまったのだから。
他にも金や宝石はあるが、イオの様子を見ればそれを欲しがらないのはすぐに理解出来た。
そもそも隕石を売れば、相応の金額が入手出来るのだから。
そしてイオは、その気になれば何度でも隕石を手に入れることが出来る。
金で隕石を購入するというのは難しい。
イオが金に困っているときなら、金で買えるかもしれないが。
しかし、そう簡単には出来ない。
であれば、魔剣の研究をしていた女が現在するべきことは、隕石を使って……あるいは使わずとも、新たな魔剣を作ることだ。
その魔剣と交換ということであれば、イオも隕石を渡してくれるはずなのだから。
「じゃあ、私は戻るわ」
黎明の覇者の馬車と同行する商人の馬車を見送った女は、周囲にいる顔見知りの研究者たちにそう告げると、自分もまた旅立ちの準備を始める。
「ちょっと、待てよ。一人で行くつもりなのか? 盗賊はもういないし、ベヒモスも倒されたとはいえ、まだモンスターとかがいるんだぞ? それに盗賊団も全員がベヒモスに喰い殺された訳じゃない。中には生き残りが潜んでいる可能性もあるんだぞ?」
研究者仲間の一人がそう言うが、魔剣の研究をしている女は頷く。
「そのつもりよ。貴方はともか……中には私から隕石を奪おうと考えている人もいるかもしれないでしょうし」
その言葉に、何人か……決して少なくない数の者たちが反応する。
動きを止めたり、意図せずに身体を動かしたり、無意識に視線を逸らしたり……といった具合に。
商人、研究者、討伐隊と、どこかに偏っている訳ではなく、それら全てに何人かずつはそのような反応をする者たちの姿があった。
黎明の覇者がいるときであれば、そこで下手な真似をすれば自分たちの命が危なかったかもしれない。
しかし、今ここに黎明の覇者はいない。
ならば、この機会に……と考える者がいてもおかしくはない。
事実、ソフィアやローザを含めた黎明の覇者の上層部は討伐隊の中に自分たちがいなくなったらベヒモスの骨を奪おうとしている奴がいると気が付き、降伏した傭兵団の中から相応に信用出来る者たちに追加で護衛を依頼している。
魔剣の研究をしている女の隕石はベヒモスの骨とは違うが、兵士や傭兵を襲うよりは女を襲った方が楽なのは間違いない。
また、魔剣の研究をしている女は理的な美貌を持っているという点でも、襲われる可能性は否定出来ないだろう。
本人もそれを理解しているからこその行動だった。
「なぁ、一人で山を移動するのは大変だろう? 一緒に行かないか?」
研究者の女にそう話しかける者もいたが、それはすぐに却下されるのだった。
夜……黎明の覇者は野営を行っていた。
明日にはドレミナに到着するのだが、傭兵たちに緊張している様子はない。
そのことがイオには少しだけ驚きだった。
「どうしたんだい、集中しないか」
「あ、すいません」
今日も今日とて、イオは魔法の修行をしていた。
イオにとっては魔法の師匠とも呼ぶべきキダインは、イオの注意が逸れていると見るやすぐに注意をする。
実際、周囲の様子を見て緊張した様子がないのを疑問に思っていたイオは、そんなキダインの言葉で我に返る。
土と水の魔法を行使するのだが、その魔法の規模は決して大きくはない。
地面が少し沈んだり、少しの水が出て来たり。
とはいえ、キダインにしてみればそれでも十分に魔法の技量は伸びているのだが。
(普通、何も知らない状態から実際に魔法を使えるようになるまでは、どんなに小さな魔法でも数年……場合によっては十年以上かかるんだけどね。もっとも、イオの場合は最初から流星魔法を使えたんだ。そう考えれば、この状況もおかしなことじゃないかもしれないけど)
魔法使いになりたいと思う者は多いが、まず自分が持っている魔力を自覚するという時点でかなりの脱落者が出てしまう。
魔力を自覚し、それを自由に動かせるようになるまで、人によってはかなりの時間が必要なる。
逆に言えば、そこが最初にして最大の関門であるのも事実。
それを乗り越えることさえ出来て、始めて魔法使いの一歩を踏み出すことになる。
しかし、イオの場合は流星魔法に特化した才能を持ち、さらには日本にいたときにファンタジー系の漫画を好んで読んでいた。
それだけに、魔法について強い……それこそこの世界では他に類を見ないほどのイメージがあった。
そのおかげで、イオはこと魔法にかんしてはかなりの才能を見せている。
もっとも、それはあくまでも流星魔法に特化した存在なのだが。
他の魔法で使えるのは土と水、それも初心者として考えても明らかに威力は弱い。
キダインにしてみれば、流星魔法のようなとんでもない魔法を使えるのに、何故? という思いがある。
キダインから見ても、イオに才能があるだけに不思議でならない。
そんな風に思っていると、やがてイオの限界が来たのだろう。
魔法が解除され、イオが大きく息を吐く。
「ふぅ……」
「まあまあだね」
実際にはキダインはそれなりにイオを認めているのだが、それを表に出すことはない。
この状況でイオを褒めるといったような真似をした場合、イオは満足してしまう可能性がある。
その辺りについてを抜きにしても、キダインは人を褒めて伸ばすというタイプではない。
いわゆる、スパルタ……とまではいかないが、かなり厳しく教えるのを好む。
本人もそうやって魔法の技術を伸ばしてきたのだから、他の者も同じだと思っているのだろう。
もしそれをイオが知ったら、褒めて伸ばして欲しいと言うだろうが。
「ありがとうございます。正直なところ、まだまだですけどね」
「分かってるじゃない。イオはまだまだ魔法の神髄に足を一歩踏み入れただけなんだから、気を抜かないように」
そう言うキダインに、イオは素直に頷く。
「じゃあ、今夜の訓練はここまで」
「え? もうですか? まだ結構余裕がありますけど」
「余裕はあるかもしれないけど、これから先のことを考えると何が起きても不思議ではないわ。いつでも何ががあってもすぐ対処出来るように余裕は持っておくことね」
そう言うと、キダインは立ち上がってイオの前から立ち去る。
そんなキダインにまだやれると言いそうになったイオだったが、何を言ってもキダインは恐らく自分の意思を曲げないだろうというのは容易に想像出来た。
そうである以上、結局は特に何を言うでもなく黙り込んでその背中を見送るのだった。
「うーん……けど、これで終わりとなると、それもちょっと練習不足なのは事実なんだよな」
そう呟くイオだったものの、キダインがいなくなった以上は下手に魔法の訓練をするのも問題となる。
一応やろうと思えばやれるのだが、キダインの言葉を……余裕をもっておけというその言葉を考えれば、ここで自分が何かをしようと考えても、あまり意味はないように思えた。
「うん、そうだな。やっぱり今日はこの辺で止めていおいた方がいいか」
呟き、自分の握っている杖に視線を向ける。
今のところ、イオに杖に対する愛着のようなものはない。
そもそもの話、メテオを使えば壊れてしまう杖だ。
すでにイオ自身も、現在自分の使っている杖が何本目の杖なのかというのは分からない。
そんな杖に愛着を持てという方が無理だった。
それでも自分の武器である以上、イオは杖をしっかりと握り締めるのだった。
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