第141話

 ソフィアとローザの間で一通りの報告が終わると、次にこれからの話に入る。


「グルタス伯爵を相手に戦争ね。それでソフィアはその話を受けたんでしょう?」

「ええ。特に怪しいこともなかったし、報酬は相場より少しだけどよかったしね」

「今回の失態に対する謝罪の気持ちでしょうね」

「私もそう思うわ」


 ローザの言葉にソフィアは素直に同意する。

 グルタス伯爵と繋がっていた部下の勝手で黎明の覇者に攻撃をしたのだ。

 それについては交渉ですでに決着しているものの、ドレミナ側としては多少なりとも報酬に色をつけるべきだと判断したのだろう。


「けど、その割には捕虜にした際の追加報酬が少ないのよね」

「ドレミナ側でも色々と大変なんでしょう。ゴブリンの軍勢に続いて二度目の戦争だもの。……それでもゴブリンの軍勢のときは一時的に雇うだけだったから、支払った報酬は当初の予想よりも大分少なくなったでしょうね」


 自分も黎明の覇者の補給を担当しているからだろう。

 ローザは多少なりともドレミナの財政に理解を示す。

 ……ただ、理解を示したからといってそれで納得するかどうかは別の話だったが。


「でしょうね。とはいえ、グルタス伯爵との戦いで勝てば、賠償金なりなんなりでそれなりに懐は潤うと思うわよ。私たちに支払った報酬を込みで考えても」

「勝てればだけど」

「勝てるでしょう? グルタス伯爵側に強力な傭兵団がいるという話は聞いてないし。……それとも、もしかしてローザの方では何か情報を仕入れてるの?」

「情報と言うほどに明確なものじゃないけど、ベヒモスの骨の件で交渉をしていた商人たちからちょっと妙な話を聞いたのよ」

「妙な噂?」

「ええ。鋼の刃は知ってるでしょう?」


 その言葉にソフィアは真剣な表情を浮かべて頷く。


「当然でしょう。私たちと同じランクA傭兵団なんだから」


 ランクA傭兵団というのがどれだけ強いのかは、当然ながら黎明の覇者を率いているソフィアは理解している。

 鋼の刃は傭兵団らしい傭兵団で、黎明の覇者は共闘したこともあれば敵対したこともあった。

 そういう意味では、それなり以上に鋼の刃の戦力を知っていると言ってもいい。


「その鋼の刃だけど、どうやらグルタス伯爵に雇われているらしいわよ」

「……何でその商人はそんなことを知ってるの?」


 現在ベヒモスの骨のあるこの野営地に集まっているのは、盗賊が拠点としていた山を越えて向こう側から来た者たちだ。

 そして山の向こう側とグルタス伯爵の領地は隣接している訳ではない。

 正反対といったくらいに離れている訳でもないが、それでも十分すぎるほどに離れていた。

 なのに、何故グルタス伯爵に鋼の刃が雇われているという情報を知っているのか。


「可能性は低いけど、もしかしたらその商人……実はグルタス伯爵の手の者とか?」


 ダーロットの部下にも手を伸ばしていたグルタス伯爵だ。

 その標的がドレミナ以外にあってもおかしくはない。

 それどころか、今の状況を考えればそれよりも最悪の可能性すら思い浮かべてしまう。

 ソフィアはその最悪の予想を口にする。


「もしくは、グルタス伯爵でもダーロットでもない……第三者の手の者とか?」


 自分が直接戦うのではなく、別の者を戦わせる。

 もしイオがその状況を聞けば、漁夫の利と口にしていただろう。


「そうね。私も可能性としてはそちらの方が高いと思うわ、……ただ、この状況で一体どこが手を出してきたのかはちょっと気になるわね」

「ローザはどこか思い当たるところはないの? グルタス伯爵以外で、この周辺にいる貴族とか」

「前もって調べておいた限りでは、ないわね。もっとも、それはあくまでもざっと表面的な情報を調べただけだったから、もっと深い所まで調べればどうなるか分からないけど」

「時間がなかったものね」


 ローザの言葉にソフィアはそう帰す。

 もし今回の一件において、前々からドレミナに来ることが決まっていれば、当然ながらもっと深い情報まで調べることが出来ただろう。

 だが、今回黎明の覇者がドレミナにやって来たのは、近くを通りかかったときに偶然ドレミナでゴブリンの軍勢の件が露わになったためだ。

 ドレミナについてはそれなりに深く調べることが出来たものの、ダーロットが有する領地の周辺の領地までの全てを深く調べるような時間はなかった。

 これで最初からグルタス伯爵との戦いになるとなれば、ドレミナに到着したあとでも調べていたかもしれないが、黎明の覇者の目的はあくまでもゴブリンの軍勢だ。

 そう考えれば、この状況はあくまでもイレギュラーだったのだが……だからといって、ローザの立場としてはそれに対して言い訳が出来る状況ではない。


「気にしなくてもいいわよ。私もこういうことになるとは思ってなかったし。……それより、鋼の刃について考えましょう」


 ソフィアの言葉に、ローザは感謝の視線を向ける。

 それでいながら実際に言葉に出さないのは、もしそれを口にした場合はソフィアから小言を言われると理解していたからだろう。


「それで、鋼の刃だけど。……もしこの情報を持ってきた商人が第三者の手の者だとすれば、どこだと思う?」


 すでにソフィアの中に、鋼の刃の情報を持ってきた者がグルタス伯爵の部下であるという考えはない。

 グルタス伯爵の部下ではなくても、その領地の住人であるという認識もなかった。

 商人の情報網を考えると、もしかしたらそちらから回ってきた情報という可能性も否定は出来なかったが、それでもやはり一番可能性が高いのは第三者の手の者ということだ。


「その辺は分からないわね。さっきも言ったけど、周辺の情報はざっとしか調べてないから。もしかしたら、表沙汰に出来ないような理由でダーロットを恨んでいる者がいないとも限らないわ」

「というか、色々と恨みを抱かれていてもおかしくはないわよね」


 ソフィアが思い浮かべたのは、自分に言い寄ってくるダーロットの姿だ。

 あのような真似をしている以上、場合によっては恋人や夫のいる相手にも言い寄っている可能性は否定出来ない。

 そういう理由で恨まれていても、普通に納得出来ることだった。


「そういうのを考えると、正直なところダーロットのために戦うという気力はなくなるわね」

「その気持ちも分かるけど、仕事よ。それもソフィアが引き受けてきた依頼でしょう? なら、しっかりと仕事をしなさい」


 ソフィアに対し、ローザがそう告げる。

 実際にローザが言った通りソフィアが自分で受けてきた依頼である以上、それをこの状態で断るといった真似は出来なかった。


「それに、ベヒモスの骨の警備の兵士も回してくれるんでしょう? それなりに配慮してくれていると思うわよ?」

「そうなのよね。女好きってのはどうかと思うけど、ダーロットは間違いなく優秀なのよ」


 溜息と共に、ソフィアの口からはそんな言葉が漏れる。

 もしこれでダーロットが女好きなだけの無能であれば、ソフィアも今回の依頼を受けるようなことはなかっただろう。

 しかし、ダーロットはソフィアとの間にきちんと依頼を成立させた。

 それこそが、ダーロットが有能であるということを示していたのだ。


「依頼を受けてしまった以上は、どうしようもないでしょう。あとはとにかくグルタス伯爵との戦いに勝利することを考えて動きましょう。……鋼の刃については……最悪、イオに頼むことになるかもしれないわね」

「出来ればそれはあまり好ましくないわね」


 自分たちに被害が出ないようにするというローザの言葉は理解出来る。

 相手もランクA傭兵団である以上、黎明の覇者であっても正面から戦えば結構な被害が出るのは間違いないのだから。

 だが……それでも、ソフィアはローザの提案に素直に頷けなかった。

 それは何も、人の命は尊いと思っているから……といったような理由ではない。

 流星魔法はたしかに強い。

 それこそたった一人で敵を……軍勢ですら壊滅させてしまうくらいには。

 しかし、ゴブリンの軍勢やベヒモスと違い、今回は兵士や騎士、傭兵……といった軍人たちが相手だ。

 もしそのような相手を隕石で壊滅させるようなことがあった場合、それはイオの存在を悪い意味で目立たせることになってしまう。

 そして何より、仲間を殺された……それも正面から堂々と戦って倒したといったようなことではなく、魔法で一網打尽にされたといったような状況になってしまえば、生き残りにイオが狙われかねない。

 傭兵であれば、戦場での恨みをその相手に抱くというのはみっともないことだとされている。

 ……実際にそれが必ずしも守られている訳ではないのだが。

 また、イオが正式に黎明の覇者に所属しているのなら問題もないのだが、今のイオはあくまでも黎明の覇者の客人でしかない。

 そうである以上、もし流星魔法を使われた相手の生き残りに狙われるといったようなことになった場合、その対処が難しくなる。

 それらをソフィアはローザに説明すると、ローザは納得したように頷く。


「そうね。イオは流星魔法は強力だけど、戦士として考えると素人同然だし」

「一応レックスを護衛にしてるけど、今のところはそこまで期待出来ないのよね。素質はあると思うんだけど」


 現在イオの護衛として使われているレックスは、才能という点ではかなりのものだ。

 それこそ黎明の覇者に入っていても不思議はないというくらいに。

 正直なころ、以前レックスが所属していた傭兵団は何故あれだけ才能のあるレックスを雑用として使っていたのかと、不思議に思う程に。

 もしレックスの才能を知っていて、きちんと鍛えていれば、それだけで有象無象の傭兵団から一歩抜け出すことが出来ていてもおかしくはなかったとソフィアやローザは思う。

 だが……それはあくまでも、才能を持っているというだけであって、その才能を鍛えなければ意味はない。

 今のままでも相応の実力は発揮するだろうが、本当の意味でその才能を開花させるためには、もっと鍛える必要がある。

 今の状況でイオの護衛の完全に任せる……という訳にいかないのは、ソフィアとローザの共通認識だった。

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