第134話

 サーゼスの口から出た、グルタス伯爵との戦いではしっかりと報酬を支払うことになるという言葉に、ソフィアは少しだけ目の力を緩める。

 ……そう、完全に力を緩めるのではなく、あくまでも少しだけだ。


「話は分かったわ。けど……言うまでもなく、私たちを雇うとなると高いわよ?」


 ランクA傭兵団というのは、伊達ではない。

 精鋭が揃っており、その辺の騎士団よりも実戦経験が豊富で、普通なら無茶だと言うような依頼であってもこなすことが出来る。

 黎明の覇者はそのような傭兵団であり、大抵の依頼に応えることはできるのだが……そのような傭兵団である以上、当然ながら報酬も相応に高くなる。

 しかし、サーゼスはそんなソフィアの言葉を聞いても動揺する様子もなく頷く。


「分かっている。だが、黎明の覇者は報酬を支払った分の……あるいはそれ以上の成果を出してくれると、そう期待している」

「あら。随分と物わかりがいいのね。てっきり報酬は安くしろとか、そんな風に言われるだとばかり思ってたんだけど」

「そのような真似をして、せっかくこちら側に雇われてくれる有効な戦力が敵に回ったらどうする? 意味がないだろう?」


 サーゼスのその言葉は、本心から言ってるように思える。

 実際には役人たちは黎明の覇者に支払う報酬をマジックバッグにしようとしたりしていたのだが。

 そのような話はあったが、結局そのようなことにはならなかった。

 ならば、それをわざわざ口に出すこともないだろうというのが、サーゼスの結論だった。

 さすが騎士団長と言うべきだろう。

 そのようなことを思っているとは、外から見た限りでは全く分からない。

 ソフィアが見ても、騎士団長の様子からそんなことを読み取ることは出来ない。

 ……ただし、それはあくまでも騎士団長に対してのものであって、二人の副騎士団長やグラストは違う。

 ソフィアの言葉を聞いた三人は、それぞれ微かに反応する。

 それは決して大きな表情の動きではなかったが、ソフィアが見逃すほどに小さなものではない。


「あら、どうやら私と敵対する可能性もあったのね」

「何を言ってるのか、分からないな。しかし、そういう話があったとしても……それはあくまでも、そのようなことをしたらどうかと、そう提案しただけだろう? なら、そこまで気にするようなことはないと思うが。この場で実際に言葉に出されたりといったようなことはないのだから」

「それは……」


 そう言われると、ソフィアも迂闊に反論は出来ない。

 実際にその件をこの場で出されれば非難するような真似も出来ただろう。

 しかし、サーゼスが言ったように、実際にそのようなことは何も言ってないのだから。


「では、問題がないということで?」


 確認するように言ってくるサーゼスの言葉に、ソフィアはしてやられたといった思いを抱きながらも頷く。

 交渉において主導権を握るための言葉だったのだが、失敗した以上はこの話題についてこれ以上執着する必要はないだろう。


(けど、そういう話題があったのは事実。安心して後ろを任せる訳にはいかないわね。実際に戦いになったとき、何か妙なことをしないか注意しておかないと)


 サーゼスを見る限りでは、自分たちに妙な真似をしてくるとは思わない。

 だが、自分たちを殺してしまえと考えているような者がいるのも間違いない以上、後ろに注意しながら戦わなければならないのは間違いない。


「それについてはもういいわ。では、報酬についての話といきましょうか。さっきも言ったけど、私たちは成果は出すけど高いわよ?」

「分かっている。だが……高いといっても、それはあくまで金だろう? マジックバッグを渡せといったようなことは、さすがに言わないと思ってもいいな?」

「戦いの報酬にかんしては、そちら次第ね。何か金の代わりになるようなものがあった場合、それを報酬にしてもいいし」


 金があればあっただけいいのは間違いないものの、ベヒモスの素材やゴブリンの軍勢の素材を入手している以上、それを売ればかなりの金額になるのは間違いない。

 また、単純に報酬を売るといったような真似をしなくても、黎明の覇者が持っている所持金や換金性の高い宝石の類は結構な量となる。

 ソフィアの正直な気持ちとしては、金よりもマジックバッグを始めとしたマジックアイテムの方が、黎明の覇者の戦力を上げるという意味でありがたい。

 しかし、そんなソフィアの願いをサーゼスは首を横に振ることで否定する。


「いや、報酬は金で支払おう。こちらとしても、マジックアイテムの類は貴重なのだ。そうである以上、それを報酬にするような真似は出来ない。だが……そうだな。どうしてもマジックアイテムが気になるのなら、マジックアイテムを売ってる店を紹介してもいいが?」

「紹介だけなのかしら。割引の口利きや、高性能なマジックアイテムを売るといったようなことは?」

「生憎だが、そこまではしてやれんな。それにかんしては自分でどうにかして欲しい」


 そう告げるサーゼスの言葉に、ソフィアは少し考え……やがて頷く。


「分かったわ。それでいいでしょう。ただ、何度も繰り返すようだけど……黎明の覇者を雇うとなると、相応の金額が必要になるわよ? その金額は大丈夫なんでしょうね?」

「問題はない。その分もしっかりと支払う。もちろん、大将首を獲ったり、捕虜にしたりした場合は別途報酬を出そう」

「出来れば捕虜の方がいいんでしょう?」


 尋ねるソフィアに、サーゼスは当然といったように頷く。

 殺してしまえばそれまでだが、生け捕りにした場合は上手くいけば寝返らせることが出来るかもしれないし、あるいは情報を聞き出すことも出来るだろう。捕虜として身代金を取るといった真似も出来る。

 そう考えれば、どちらの方がダーロットにとって得なのかは、考えるまでもなく明らかだった。


(そうなると、俺の出番はないのか?)


 二人の話を聞いていたイオはそう考える。

 ここにこうして黎明の覇者の一員ですといった様子でいるものの、実際にはイオはまだ黎明の覇者に正式に所属した訳ではない。

 あくまでもイオは、黎明の覇者の客人といった扱いなのだ。

 それでもこうして一緒にいるのは、周囲にイオが黎明の覇者に所属していると見せつけるためというのが大きい。

 イオにとっては助かるが、出来れば一方的に世話になりたくはないとも思ってしまう。

 ……実際にはゴブリンの軍勢の件やベヒモスの件で、イオによって黎明の覇者は大きな利益をえているのだが。

 イオがそんなことを考えている間にも、捕虜についての話は進んでいた。


「それは少し安すぎるんじゃない? 捕虜にするには、殺す数倍……場合によってはそれ以上の手間がかかるのを? なのに、捕虜にした際の追加報酬がその程度だと危険の方が大きくなるし、最初から捕虜にしないように行動することになるわね。それでもいいの?」


 捕虜にした際の追加報酬について、とても納得出来るものではなかったのだろう。

 ソフィアのその言葉に、しかしサーゼスはすぐに返答出来ない。

 これがもし普通の……特に何も騒動が起きていないときであれば、ソフィアの言葉に対して素直に頷けただろう。

 だが、ゴブリンの軍勢の一件で多くの傭兵を集め、前金だけとはいえ渡してしまっている。

 一人辺りの金額はそこまで高額ではないが、数が多ければ総額は当然多くなる。

 ましてや、その中に黎明の覇者のような高ランク傭兵団がいればなおさらだろう。

 その上で、黎明の覇者と揉めた一件でドレミナの周囲には隕石が降ってきた。

 ゴブリンの軍勢やベヒモスとの戦い、さらにはイオとベヒモスの素材を欲した者たちとの戦いでも隕石は落下している。

 中にはその隕石に興味を持つ者もいるだろう。

 金になるといった者や単純な興味、あるいはベヒモスの骨のある場所でイオと交渉をしていたような、研究してみたという者。

 他にもいくつかの理由で隕石に興味を持つ者はいるだろうが、一般的に考えた場合は隕石の降る地に自分から進んで行きたいと思う者は少数派のはずだった。

 ドレミナで商売をしている者や、ドレミナの店と何らかの契約を結んでいる者といったような理由があれば嫌でもドレミナに行かなければならないが、確実にドレミナに来る者は減る。

 そうなれば当然だがドレミナに入っている税収もまた減るだろう。

 隕石に騒動によって具体的にどのくらい減るのかは、まだ不明だ。

 しかしドレミナの政治にかかわっている役人たちにしてみれば、頭の痛い出来事……といった程度ではすまない話だろう。

 具体的にその減収がどのくらいになるのか、あるいはどのくらいの間それが続くのかは、全く分からない。

 もしかしたら一週間程度でまた多くの者がドレミナに来るかもしれないし、あるいは数ヶ月……場合によっては数年もの時間がかかるといった可能性も否定は出来ない。

 ……実際には、ソフィアたちはベヒモスの素材をドレミナで売るといったようなことを考えているので、税収そのものは減るどころか増えてもおかしくはないのだが。


「こちらとしても、出せる限りの金額は提示しているつもりだ。これが無理なようなら、捕虜を取るのは諦めるしかないだろうな」


 サーゼスのその言葉に、ソフィアはイオに視線を向ける。

 そんなソフィアの視線が何を意味しているのかは、考えるまでもなく明らかだ。


(え? もしかして、流星魔法を使えと? ……いや、考えはしたけど)


 捕虜を取らないということなり、それこそ敵を全滅させることだけを考えた場合、イオの流星魔法はこれ以上ないほどに有効な攻撃手段だろう。

 ただし、本人はそこまで自覚していないが、文字通りの意味で敵を全滅させるといった真似をした場合、敵の恨みが全てイオに向けられることになるのだが。

 地球においては、三割の戦力が使えなくなれば全滅という風に言われている。

 その場合なら三割の恨みを向けられる程度でいいのだが、全滅の場合は十割の恨みを向けられることになってしまうのだ。

 イオはその辺については気が付いておらず、ソフィアの視線に戸惑うだけだった。

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