第124話

 ドレミナの領主のダーロットからの指示を受けて騎士たちが来たという報告は、当然のように黎明の覇者の傭兵たちを驚かせた。

 驚かせただけで、動揺したり怖がったりしていない辺り、歴戦の傭兵たちといったところだろう。

 歴戦の傭兵ではないイオは、事態の動く方向が予想外すぎて驚いていたが。

 当然ながらそのような状況になったので、交渉は一時中断となる。

 商人たちにしてみれば、このような状況であっても……いや、このような状況だからこそ交渉をしたいと思っていたようだったが。

 その交渉相手のローザやソフィアといった面々が忙しくなるのだから、無理も言えない。

 もしここで無理を言った場合、それこそもうお前とは交渉をしないと言われてもおかしくはないのだから。


「てっきり騎士団とか兵士とか、そういうのが来ると思ってたんだけど……まぁ、一応騎士だが」

「僕も驚きました。ドレミナを出たときの様子から考えると、絶対に正面からぶつかるだろうと思っていましたし」


 イオとレックスは、黎明の覇者の傭兵たちが驚いている中でそんな会話を交わしていた。

 ドレミナで起きた、騎士や兵士たちとの衝突。

 それを思えば、友好的な接触が起きるというのは完全に予想外だった。

 それこそ、友好的な態度で接してきていつつ……実際にはエレーナを含めた黎明の覇者の中心人物たちの暗殺を狙っているのではないかと思ってしまうくらいに。


(あ、でもそれはないか? 聞いた話によると、ドレミナの領主はかなり女好きらしいし。そんな奴が、ソフィアさんやローザさんを攻撃するといった真似をするとは思えないし)


 また、ソフィアやローザだけではなく、黎明の覇者の中には他にも女の傭兵がいる。

 他の有名所の傭兵団と比べると、黎明の覇者は間違いなく女の傭兵が多かった。

 それは、やはり黎明の覇者を率いているのがソフィアだからだろう。

 氷の魔槍を持ち、その実力は超一流。人目を惹き付けてやまない美貌を持ち、指揮能力も高くカリスマ性もある。

 女の傭兵たちにしてみれば、それに憧れるなという方が無理だった。

 結果として、ソフィアを慕う女の傭兵は多い。

 それも顔立ちの整ってる者が多く――あくまでも他の傭兵団と比較してだが――揃っていた。

 そういう意味では、女好きとして知られているドレミナの領主が力ずくで黎明の覇者を手に入れる……といった真似をしても、おかしくはないとイオには感じられるのだが。


「こうしてドレミナの領主からの使者が来たとなると、このまま大人しく話は収まるとか?」

「どうでしょうね。可能性はあると思いますけど、黎明の覇者とぶつかった影響で、ドレミナ側にも大きな被害は出ています。それを考えれば……貴族としての立場もあるでしょうし」

「自分たちの方が一方的に被害が出て、その状況で停戦するといったようなことになれば、面子が潰されたままになる、か。けど俺が言うのもなんだけど、このまま黎明の覇者と敵対したままというのは色々と不味いんじゃないか?」

「それは間違いなくそうでしょうね。何しろイオさんがいますし」


 だよなぁ……と、イオはレックスの言葉に頷く。

 近接戦闘ということになれば、イオは決して強くはない。

 しかし、何でもありの戦いとなれば……それこそ、イオの流星魔法は圧倒的な威力を持つ。

 そんなイオと戦わなくてもすむ手段があるのなら、それを選ぶという可能性は十分にあってもおかしくはなかった。

 もちろん、貴族というのはプライドや面子を重視する者も多い。

 しかし、大抵そのような貴族はプライドや面子を勘違いしている者が多かった。

 貴族としてのプライドや面子ではなく、自分が気にくわないからといったように。

 幸いなことに、ドレミナの領主であるダーロットは貴族ではあっても有能な貴族なのでその辺りの勘違いはしていなかったらしい。

 他の貴族と繋がっていた部下に情報を止められていたというのがあるのかもしれないが。


「とにかく、ドレミナの領主と上手い具合に手打ちが出来れば、色々と助かるのは間違いないよな。ベヒモスの骨を早く片付けて、出来るだけ早くここを立ち去るといったことも考えなくてもいいし」

「けど、そうなると……商人と交渉した分ってどうなるんでしょう?」

「それは……」


 ローザが商人とベヒモスの骨の売買について交渉したのは、当然だが出来るだけ早く自分たちがここを立ち去らないといけないという理由があったのは間違いない。

 しかし、その理由がなくなってしまう可能性がある以上、その前提条件は崩れてしまう。

 少し考えてから、イオは口を開く。


「さすがに一度交渉して契約が結ばれてしまった以上、それを無視は出来ないんじゃないか?」

「ですが、そうなるとまだ契約を結んでいない人たちは……」

「最初に契約をしていた者たちのような好条件でってのは無理だろうな」

「それは……悲惨ですね」


 交渉の順番によって、契約をする条件が違ってしまう。

 それ事態はそこまで珍しい話ではないにしろ、今回はその対象がベヒモスの骨を始めとした素材だ。

 そうである以上、商人にしてみればそう簡単に納得では出来ないだろう。

 しかし、だからといって前提条件が違っている以上、ローザに対して他の者達と同じ条件にして欲しいと言っても、聞き入れられない可能性が高い。

 もちろん、何もない状況からベヒモスの素材の交渉をするのと比べると、多少は安く購入出来てもおかしくはないのだが。

 それでも最初に交渉していた者たちよりは高くなってしまう。


「交渉の順番とかでも商人同士の駆け引きとか力関係とかがあるんだろうから、その辺はある意味で仕方がないのかもしれないけど……ん?」


 レックスと話していたイオだったが、喋っている途中でギュンターが自分の方に向かってくるのに気が付く。

 最初は自分以外に用件があるのかと思っていたイオだったが、ギュンターの視線は真っ直ぐイオに向いている。

 それを見れば、ギュンターの用件が自分に関係がないとは到底思えなかった。


「ギュンターさん、何か用ですか?」

「ああ、ちょっと一緒に来てくれ」

「俺がですか?」

「そうだ。ドレミナから来た騎士たちとの交渉には、イオもいた方がいいだろう。お前の力が影響しているのも間違いないのだから」


 そう言われると、イオもまた反対は出来ない。

 実際に今のこの状況を考えれば、自分がそれに関係しているのは間違いないのだから。


「分かりました。じゃあ、一緒に行きます。レックスは……どうする?」

「僕も一緒に行きますよ。今の僕はイオさんの護衛なんですから。イオさんを放っておく訳にはいきません」


 レックスは即座にそう告げる。

 イオが行くのなら自分も行くと、そう断言をするレックス。

 レックスのその言葉にイオはギュンターに視線を向ける。

 するとギュンターもイオの言いたいことを理解したのか頷く。


「レックスも一緒で構わん。だが、レックスはあくまでもイオの護衛だ。それを忘れるな」


 つまり、交渉の場でレックスに発言権はないと、そう言いたいのだろう。

 そんなギュンターの言葉に対し、レックスは特に不満を言うでもなく素直に頷く。


「分かりました、それで構いません。僕はイオさんの護衛ですから」


 レックスにそこまで言われてしまえば、ギュンターも否とは言えないのだろう。

 多少渋々といった様子ではあったが、頷く。


「分かった。なら、レックスも一緒に来い。……イオ、行くぞ」


 そう告げるギュンターに連れられ、イオは交渉の場所に向かう。

 ……ただ、その交渉の場所は先程までイオを含めた他の面々が商人たちと交渉していた場所だったが。


「ここで交渉するんですか?」

「そうだ。そもそも、他に交渉が出来るような場所はないだろう。今のここの状況を考えると、それが一番手っ取り早い。……違うか?」

「まぁ、それは違いませんけど」


 実際に今この場で交渉が行われるとえれば、この場所でやるのが最善なのは間違いない。

 だからこそ、イオもギュンターの言葉に素直に納得する。


「行くぞ」


 この場で交渉を行うというのに驚いたイオにそう声をかけ、ギュンターは歩みを再開する。

 そうして交渉の場に到着すると……


「ほう」


 そこにいた騎士の一人が、イオを見てそんな風に呟く。

 実際に声を上げたのはその一人だったが、他の騎士たちもイオを見て納得した様子や、驚いた様子を見せる。

 それでもイオが驚いたのは、自分を見て不満そうな様子を見せた者がいなかったことだろう。

 目の前の騎士たちがドレミナから来たというのはイオも知っている。

 それはつまり、自分はこの騎士たちにとって仲間の仇であるという一面があるのだ。

 だというのに、目の前の騎士たちがイオに向ける視線には不満よりは驚きの色の方が強い。


(この様子だと、そこまで悪い話じゃない……のか?)


 騎士たちにしてみれば、イオは自分たちの仲間を殺した、あるいは傷つけた相手だ。

 そうである以上、本来ならイオに対して敵意を向けてもおかしくはない。

 しかしこうしてイオが見る限りでは、特にそれらしい様子がないのは不思議だった。

 それどころか、中には好意的な視線を向けている者もいる。


「ソフィア殿、そちらの二人がもしかして……?」


 やがて騎士の中でも代表と思しき四十代ほどの男が、イオとレックスを見てからソフィアに尋ねる。

 ソフィアはそんな男の言葉に素直に頷く。


「ええ。彼がイオ。そしてそっちは私たちがイオの護衛を任せているレックスよ」

「護衛……? なるほど。魔法使いであると考えれば、護衛を用意するのは不思議な話ではないか」


 最初に少しだけ護衛という言葉に驚く騎士の男だったが、すぐに納得する。

 隕石を降らせるといったような圧倒的な力を持つイオが護衛を必要とするとは思わなかったのだろう。

 しかし、流星魔法の件を考えれば、護衛が必要になるのはおかしな話ではない。

 納得出来ることだと頷き……改めて、騎士の男はイオに向かって口を開く。


「私は今回の交渉の責任者を任された、グラストだ。よろしく頼む」


 そう、イオに向かって告げるのだった。

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