第120話

 交渉はまだ続いていたものの、それでも数時間も続けば疲れてくる。

 ……商人にしてみれば、数時間の交渉などはそこまで疲れるようなことではないのだが、普段から交渉に慣れていない者にしてみれば、十分にそれだけの交渉をするのは辛い。

 特にイオは、元々は高校生でしかない。

 この世界に来るときに巨大な水晶によって精神を強化されたものの、その強化の中には交渉についてなかったらしく、研究者や学者たちとの交渉は精神的にかなり疲れた。

 せめてもの救いは、イオが交渉したのはそのような者たちで商人ではなかったことだろう。

 商人との交渉は黎明の覇者の補給を担当しているローザが基本的に行っていたのだ。

 そして商人との交渉は、すでに何人かとは纏まっていたのも、側で交渉をしていたイオには理解出来た。


(やっぱり本職って凄いよな)


 そう思うイオだったが、実はイオもまた相応の成果を出してる。

 具体的には、魔剣を研究している相手との交渉が纏まったのだ。

 ローザは使い捨ての魔剣ということであまりいい顔をしなかったのだが、イオにしてみればそう悪い話ではない。

 長剣を振るう訓練なんてものは、全くしていない。

 無理矢理それらしいとなると、それこそ子供の頃……小学生くらいのときにやったチャンバラだろう。

 中学と高校のときは、体育で柔道はやったが剣道はなかった。

 部活も剣道部に入っていたりはしなかったので、長剣の扱いは全く慣れていない。

 ……もし異世界に来るといったことを知っていれば、小さい頃から剣道の類をやっていたかもしれないが、それはもう今更の話だろう。

 そんな訳で長剣の訓練をしたことがないイオにしてみれば、使い捨て……数度使えば壊れてしまう魔剣というのは、それなりに魅力的な武器なのは間違いなかった。


「じゃあ、お願いね」

「分かりました。ただ、何度も言うようですけど……ミニメテオですよ?」


 商談が纏まった女に要望されたイオは、そのまま野営地から少し離れた場所に向かう。

 当然ながら、魔剣の研究をしている女もイオと共にそちらに向かう。

 ……そして、これもいい機会だと判断してか、他の研究者や学者たち、そして商人や、中にはベヒモスを討伐するために来た者たちの中からも人がやって来る。

 イオが隕石魔法でベヒモスを倒したというのは、説明されていた。

 しかし、実際にイオを見たときにそこまでの実力があるようには思えないと考える者も多い。

 そのような者にしてみれば、実際にイオが流星魔法を使うのを自分の目で見てみたいと考えてもおかしくはないだろうし、実際に隕石魔法というのが存在しているのなら、それを使うイオと顔見知りになっておきたいと考える者もいた。

 今回のベヒモスの騒動において、その中心にいるのがイオだというのは多くの者にしてみれば普通に理解出来ることなのだ。

 そんな訳で、当初のイオの予想とは違って結構な人数でゾロゾロと野営地の外に移動することになる。


(こんなに来るというのは、ちょっと予想外だったな。けど……俺がやるべきことは変わらないか)


 黎明の覇者に所属している中でも、イオが実際に流星魔法を使うのを見たことがない者もいる。

 正確にはドレミナから脱出してここに向かってくるとき、何度かイオは流星魔法を使っていた。

 しかし、それはあくまでも他の馬車から見たというだけで、実際に自分の目でしっかりとイオが流星魔法を使うところを見たことがない者はそれなりにいるのだ。

 そうである以上、ここで自分も見たいと思う者は多く……あるいは、イオの重要さを知っている者の中には、ここで他の誰かがイオに妙な真似をしないようにと警戒する意味もあり、一緒に移動する。

 そのようにして色々な面々と共に移動することになったイオは、結局かなりの大人数……どころか、交渉に参加していた者や黎明の覇者の中でも大多数を引き連れて移動することになる。

 そんな中でイオと一緒に行動していなかったのは、イオの存在を疎ましく思っている者や、あるいは休憩時間であるにもかかわらず、商人同士で交渉や情報交換をしているような者たちだけとなる。


「この辺りでいいですよね? ミニメテオはベヒモスを倒したメテオと違って対個人用の魔法なので、規模も大きくないですし」

「ええ、イオが問題ないと思うのなら、それでいいわ。それにしても、隕石が降ってくるのを間近で見ることが出来るなんて」


 隕石を研究している女は、当然ながら隕石が降ってくるということそのものに強い興味を示す。

 隕石の研究をしている者であっても、普通は隕石が降ってくる光景というのは自分で見ることが出来ない。

 それを間近で見ることが出来るのだから、これだけ多くの者が集まってくるのも十分に納得出来た。

 この光景を作ったのが自分だということに、満足感を覚える。

 ……もしこれで実は女が学者や研究者ではなく商人であれば、隕石が降ってくるのを見ることが出来るのを見物料として徴収していた可能性もあった。

 それだけ隕石が降ってくるという光景は珍しいのだ。

 野営地から少し離れた場所に到着すると、イオは特に勿体ぶるのでもなく杖を手に呪文を唱え始める。


『空に漂いし小さな石よ、我の意思に従い小さなその姿を我が前に現し、我が敵を射貫け……ミニメテオ』


 呪文を唱え終えると、その様子を見ていた多くの者が上を見る。

 特にこっそりとこの場に混ざっていたキダインは、実際に自分の目で直接流星魔法が発動するという光景を目にすることが出来るということで、真剣な表情でイオや上空を見ていた。

 魔法が発動されてから少し時間が経つも、一向に隕石が降ってくることはない。

 一体どうなった? と空を見ていた者たちの視線がイオに向けられる。

 しかし、イオはそんな多数の視線を向けられても特に気にした様子はない。

 何故なら、ミニメテオがどのような魔法なのかを十分に理解しているのだから。

 そしてイオ以外にも数人、ミニメテオがどのような魔法なのかを知っている者は、動揺した様子も見せずに空を見上げていた。

 そして……我慢出来なくなった者の一人が、魔法は失敗したのか? と口を開こうとしたとき、それよりも一瞬早くイオが口を開く。


「来た」


 え? と、イオの呟きが聞こえた者たちが、今の言葉は一体どういうことなのかといった表情を浮かべるも、イオの呟きの理由はすぐに明らかになった。

 轟っ、と。

 そんな音を立てながら、空から何かが……隕石が降ってきたのだ。

 ただし、今回使われた魔法は普通のメテオではなくミニメテオだ。

 その隕石は当然ながら普通のメテオで降ってくるのと比べると小さく、イオから少し離れた場所……きちんとイオが狙った場所に命中する。

 それでもミニメテオの影響範囲内にはそれなりに衝撃があったので、そのおかげでイオの側で隕石が降ってくるのを待っていた者たちも隕石が降ってきたという実感があった。

 ざわり、と。実際に自分の目で隕石が降ってくるのを見て、ざわめく。

 黎明の覇者以外の者の中には、イオが流星魔法を使えるといったことは聞かされていても、もしかしたらそれは嘘なのでは? と思っていた者もいた。

 本当に流星魔法を使える者がいて、そちらに注意がいかないように誤魔化しているのではないかと。

 今のミニメテオを見て、そんな疑念は吹き飛んだが。

 実際に目の前で使ってみせるのが、やはり一番効果があるのだろう。

 やがて魔剣を研究している女が、恐る恐るといった様子で一歩踏み出して口を開く。


「その、これは……この隕石は、私が貰ってもいいのよね?」


 魔剣と引き換えに隕石を貰うという約束はしていた。

 それでも正直なところ、本当にそのような真似が出来るのかどうか分からなかった。

 実感がなかったというのが大きい。

 しかしこうして実際に目の前でミニメテオを使われ、何よりも隕石の実物があるのだ。

 そうである以上、驚きつつも喜ぶなという方が無理だった。


「はい、いいですよ。魔剣と引き換えとして考えれば、俺にとっても問題ないですし」


 魔剣というのは、基本的に非常に高価だ。

 女が研究している魔剣は使い捨てなので、普通の魔剣と比べるとかなり安いのは間違いない。

 それでも相応の値段がするのは間違いない。

 その魔剣を、イオにしてみれば自分が魔法を使っただけで貰えるのだ。

 正確にはその魔法を使って降ってきた隕石と引き換えに、というのが正しいが。

 とにかく、イオにしてみればこの取引で使ったのは自分の魔力だけでしかない。

 幸いなことに、ミニメテオを使っても杖が砕けるということもなかった。

 そして女にとっても、今回の取引は悪いものではない。

 自分の魔剣を渡す必要はあるのだが、その魔剣を渡すことで普通ならそう簡単に入手は出来ない隕石を貰えるのだから。

 唯一の不満は、その隕石はミニメテオで降ってきた隕石なので、ベヒモスを倒したときのメテオで降ってきた隕石に比べると随分と小さいことか。

 それでも隕石の研究をしている女にしてみれば、この隕石を貰えるというのは大きな意味を持つ。

 問題なのは……

 そう考え、女は周囲の様子を見る。

 自分と同じ研究や学者といった面々はもちろん、商人の中にも隕石に興味を示している者がいる。

 商人にしてみれば、ベヒモスの素材が最優先であるものの、隕石もまた商品として取り扱うことが出来れば大きな意味を持つと、そう考えたのだろう。

 実際、世の中には物好き……あるいは好事家といった者はそれなりにいて、隕石を売りに来たと言えば普通にそれを購入する者もいるだろう。

 そういう意味で、商人たちの目から見ても隕石というのは相応に欲しい物なのは間違いなかった。

 とはいえ、自分の研究に必要な隕石を他人に譲る気は女には全くなかったが。


「では、この隕石は私が貰いますね。代価の魔剣は、あとでお届けします。何本かあるので、それから選んで貰う形になると思いますが、構いませんか?」

「それでいいですよ。こちらも、何本か候補があった方がいいですし」


 こうして、交渉は無事に纏まるのだった。

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