第121話
休憩時間が終わると、再び商談が始まった。
しかし、イオに声をかけてくる相手は休憩前よりも明らかに増えている。
魔剣を研究している女と交渉が成立し、実際に女が隕石を受け取ったのが大きな意味を持っているのだろう。
なお、イオが隕石の代価として貰う魔剣については、まだ貰っていない。
現在女がイオに渡す魔剣を選んでいる最中だ。
……黎明の覇者の中には、魔剣と交換する形で隕石を渡せばよかったのでは? と言う者もいたが、イオは取りあえずそれは問題がないだろうと判断している。
もしそのような真似をしたら、それこそ次からは交渉はまず行われないだろうし、イオとしては隕石を欲している者に奪ってもいいと言うだけだ。
魔剣の研究をしてる女も、自分がそのような真似をすればイオと敵対することになるというのは知っているので、ここで下手な真似をするつもりはない。
そんな訳で、イオは魔剣を研究している相手との間で特に何も心配はしていなかった。
「防具はどうだ? 俺の防具には隕石の中に含まれている金属を使っているんだが、それによって普通の防具よりも強力になっている」
「それなら、私のポーションはどうでしょう!? 隕石……は入っていませんが、傷を回復するという意味では効果が高いと自負しています!」
「ちょっと待ったぁっ! それなら俺が開発した新種の小麦粉はどうだ! 隕石を魔法的に加工することによって、収穫量は三倍近いぞ! ……味はともかく」
イオは次々と交渉……というよりもは交換条件を持ちかけてくる者たちに辟易とする。
先程の魔剣と交換したことにより、イオから隕石を貰うには自分の研究している物と引き換えにするのが一番手っ取り早いと、そう認識したのだろう。
実際、それはそこまで間違っている訳ではない。
訳ではないのだが……だからといって、こうして勢いよく来られるとイオとしても困ってしまう。
(っていうか、特に最後の奴。収穫量が増えたというのは凄いと思うけど、最後にボソっと『味はともかく』って言ったの聞こえたぞ)
この世界の食糧事情はそこまで詳しくないイオだったが、ドレミナでの生活や野営でのことを考えると、そこまで逼迫している状況とは思えない。
もちろん、それは黎明の覇者がランクA傭兵団だから……他よりも裕福だから、そのように感じているという可能性もある。
あるいはドレミナは領主の性格はともかく、能力は優秀であるのは間違いないので、食料に不自由していないという可能性もあった。
それらを抜きにしても、収穫出来る小麦の量が三倍になれば、単純に農家の収入も大きくなる。
収穫した小麦が不味ければ、収穫量が三倍になっても意味はないような気がするが。
「傭兵団に小麦を渡しても意味はないだろ? どっかに定住するのならともかくよ」
「それは……なら、農家に俺が開発した小麦を渡して育てて貰うとか?」
「そこまで、面倒な真似をするのか?」
イオの前では、小麦を代価に渡すと言っていた者が他の者の突っ込みを受けていた。
そんな様子にイオは何とも言えなくなり……
「イオさん、宝石は興味ありませんか? 隕石を削って魔法的な処理をした場合、それはこの世界に一つしかない宝石となることもあるのです。どうでしょう? 興味深いとは思いますが」
そんな風に話しかけられる。
魔剣に興味があったからといって、先程の一件はもしかしたら失敗だったか?
そんな風に思ってしまう。
しかし、魔剣はイオにとっても決して悪くない選択肢だ。
それも普通の……実際に魔剣を振るってその際に効果があるといったような武器ではなく、その魔剣の効果として魔法的な遠距離攻撃を放つことが出来るのだ。
基本的にイオはレックスが防御を任されているものの、レックスはまだ傭兵となってから短い。
正確には黎明の覇者に所属する前に別の傭兵団にいたのだが、そこでは傭兵ではなく下働きとして扱われていたのだ。
きちんと傭兵としての訓練を受けるようになったのは、それこそ黎明の覇者に来てからとなる。
そしてレックスが黎明の覇者に所属してから、実はまだそんなに時間は経っていない。
イオにしてみれば、この短い間に多くの出来事があったことから、それこそもう数ヶ月は一緒に行動してるのはないかとすら思ってしまうのだが。
「宝石、どうです? 隕石の鉱石を磨けば宝石のようになりますし、場合によっては全く新しい宝石が見つかるかもしれません」
「いえ、取りあえず宝石は……」
「イオ、交渉はまだ続ける? 取りあえず疲れたのなら、今日はもう打ち切ってもいいと思うけど」
宝石はいらないですと言おうとしたイオに、ソフィアがそう声をかける。
「え?」
まさかここでソフィアに声をかけられると思っていなかったイオは、疑問の視線をソフィアに向ける。
同時に、宝石によってイオから隕石を貰おうとしていた女は不満そうな視線をソフィアに向けた。
イオは全く乗り気ではなかったのだが、女はこのまま押せばイオはやがて自分の言葉に頷くと、そう確信していたのだ。
もちろん、女もイオが宝石に興味がないというのは会話の中で理解していた。
しかしイオと会話を続けるうちに、イオが一体どのような性格をしているのかを分析していき、その情報も大分集まってきた。
そして情報が集まれば、女はイオを自分の望む結末に持っていくのは難しくないと、そう思っていたのだ。
だというのにソフィアの一言で女の計画は破綻してしまう。
どうしても隕石を入手したい女にしてみれば、ソフィアが相手でも横から口を出さたことに不満を抱くなという方が無理だった。
「いくら黎明の覇者を率いている人だからといって、交渉に横から口を出すのはどうかと思いますが?」
普通なら、黎明の覇者の団長にこのような口を利くのは自殺行為でしかない。
しかし今の女にしてみれば、もう少しで隕石を入手出来たかもしれないというタイミングで、口を挟まれたのだ。
それは女にとって我慢出来ることではない。
……あるいはこれがイオと交渉しているのが商人なら、ソフィアに不満を言うといった真似はしなかっただろう。
ソフィアはランクA傭兵団である黎明の覇者の団長なのだ。
商人として、そのような相手を敵に回すというのは自殺行為でしかないのだから。
まかり間違っても、黎明の覇者と敵対するといったようなことは避けるべきだった。
しかし、そんな商人とは違って女は研究者だ。
もちろん目の前の相手と戦うといったようなことになれば、それは色々と不味いというのは理解出来る。
しかし、同時にその程度の理由でソフィアが自分を攻撃してくることはないという想像も理解出来ていたのだろう。
「見ての通り、かなりの人数と交渉してイオは疲れているわ。そうである以上、少し休憩が必要でしょう? 先程の休憩も、そこまでゆっくり出来た訳ではなかったみたいだし」
それは、イオがミニメテオを使ったのが原因なので、ある意味自業自得なのだが。
しかしソフィアの言葉がイオにとって助かるのも、また事実だった。
「助かります」
「あ……」
宝石と隕石を交換しようとしていた女は、イオの口からそのような言葉が出ると、それ以上は何も言えなくなる。
交渉をする相手が、交渉を一旦打ち切ると口にしたのだ。
そうである以上、自分が何かを言えるはずもない。
あるいは、この交渉でお互いの立場が互角ならなまだ不満を口に出来ただろう。
しかし、この交渉において有利なのはあくまでもイオの方。
女を含め、イオと交渉がしたい者はどうにかしてイオから隕石を手に入れたいが、イオはどうしても相手から何かを欲しいという訳でもない。
魔剣の研究もしていた女のように、イオが是非とも欲しいと思う何かがあれば、話は別だったかもしれないが。
「じゃあ、残りの交渉は私たちに任せて、イオはゆっくりとしてきなさい」
「ありがとうございます」
気を遣われているな、と。そう思いながらもイオはソフィアに感謝の言葉を口にし、交渉の場から立ち去る。
「あ……」
イオが立ち去るのを見た女が何かを言おうとしたが、ソフィアが視線を向けるとそれに対して何も言えなくなる。
そんな背後の様子を気にした様子もなく、イオは外を適当に歩き始めた。
「イオさん、ちょっと待って下さい。僕も一緒に行きます」
そんなイオを追うようにレックスがやって来る。
レックスにしてみれば、自分はイオの護衛を任されているという自負があった。
それを抜きにしても、イオのおかげで黎明の覇者という名高い傭兵団に入れたのだから、感謝の気持ちが強い。
そんな訳で、現在の自分の状況を思えばイオを守るというのは絶対に譲れないことだった。
「あ、レックス。別に一緒に来てもいいけど、何か目的があってその辺を歩いている訳じゃないぞ? 俺はただ適当にその辺を歩いて気分転換してるだけだし。……そういう意味では、気分転換が俺の目的だと言ってもいいのかもしれないけど」
「構いませんよ。それに、今のこの辺りは色々な勢力が集まっています。中には妙なことを考えている人もいるかもしれないので、そんなときは僕が必要でしょう?」
「否定はしない」
レックスは攻撃はともかく、防御に高い適性を持つのを見込まれて黎明の覇者に所属することになったのだ。
もちろん、まだその能力は完全に開花した訳ではないにしろ、イオが頼るには十分な相手だった。
「分かって貰えて何よりです。じゃあ……気分転換といきましょうか。それで、具体的にはどういうところを見て回ります? 僕も色々と興味深い場所はあるんですけど」
ベヒモスの骨を中心にして、黎明の覇者に降伏してきた者たちが作った陣地、山を越えてきた商隊や討伐隊、学者や研究者たちといった面々が取りあえずということで一時的作った野営地。
それらの人数を合わせると、何気に結構な人数になる。
それこそ小さな村以上の人口が集まっているのは間違いなく……そういう意味では、レックスやイオにとって興味深い諸々があってもおかしくはなかった。
「気分転換なんだし、具体的にどこに行きたいってのはないな。やっぱり適当に歩き回ってみるか」
そう、イオはレックスに告げるのだった。
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