第110話
「どうやら、ついてくるのは止めたようね」
馬車の中でソフィアがそう告げる。
黎明の覇者を追ってきた騎士たち。
メテオを使ってもまだ逃げず、ミニメテオを二度使ってようやく追跡を諦めて撤退していった者たち。
ソフィアの予想しては、ミニメテオ一発でもう撤退するのだろうと思っていたのだが……そんな予想が外れてしまった形だ。
ソフィアが予想していたよりも根性があったらしい。
もっとも、そうして根性があったためにミニメテオをもう一発使われることになってしまったのだが。
もし素直に最初のミニメテオで逃げていれば、騎士の死者は一人減っていただろう。
「取りあえずこれで大丈夫……なんですよね? ベヒモスの骨がある場所までで待ち伏せしていた連中は、ドレミナに来る途中で蹴散らしてきましたし」
「そんなことがあったの? イオの力を知れば、そういう真似をしてもおかしくはないと思うけど」
イオの言葉を聞いたローザが、若干の呆れと納得を込めた様子でそう告げる。
ローザにしてみれば、イオだけならともかくソフィアがいる時点でちょっとやそっとの待ち伏せをしても、あっさりと蹴散らされて終わると予想するのは難しい話ではない。
あるいはソフィアがいなくても、他の傭兵がいたという話だったのでその辺にいる他の傭兵や兵士たちが待ち伏せをしたところで無駄だったのは間違いないが。
……なお、ドレミナに来るとき一緒だった傭兵たちは、今はもう別の馬車に乗って別行動となっている。
「そういう真似があったのよ。もっとも、意味はなかったけどね」
「でしょうね」
ソフィアの言葉に、話を聞いていたローザはあっさりと同意する。
そうして場所はベヒモスの骨のある場所まで向かう。
「それにしても、ベヒモスね。……正直なところ、嬉しいけど困るわ」
「あら、そう? ローザならベヒモスの素材ということで、喜んでくれるとばかり思っていたんだけど」
ローザの口から出て来た言葉に、ソフィアが意外そうに言う。
それはイオとレックスの二人も同様だった。
ベヒモスの素材というのが、どれだけの価値を持つのか……それは考えるまでもなく明らかだ。
この世界で生まれ育ったレックスは当然のようにそれを知っている。
イオもまた、こちらは日本にいたころの漫画の知識からだが高価な素材であるというのは予想出来た。
そして……何より、そのベヒモスの肉を実際に食べており、その味がとんでもなく美味かったということもあって、ベヒモスという存在が非常に価値が大きいのは間違いなかった。
ただし……ベヒモスは餓狼の牙という盗賊を喰い散らかしており、間違いなく以前にも人を喰い殺してる可能性が高いだろう。
であれば、イオたちが食べたその肉も実は喰い殺された人の栄養によって形成されている……ということになってしまうのだが、その辺については深く考えてはいない。
この件は、そもそもベヒモスに限らず他のモンスターにも多かれ少なかれそういう要素があるのは間違いないのだから。
気にしても仕方がない。
「ベヒモスの素材がどういうものかは、取りあえず現地に到着してから確認するわ。けど……問題なのは骨なのよね?」
ローザの問いに、イオは素直に頷く。
「はい。俺の流星魔法で倒したので、下半身は砕けてしまって使い物になりません。けど、上半は無事なので、骨の方も上半身は問題ありません」
「それが不幸中の幸いだったわね」
ベヒモスに限った話ではないが、骨という素材は上半身……特に頭部が大きな意味を持つ。
もちろん、これはあくまでも一般的な話だ。
場合によっては右足の膝の関節が必要だといったようなこともある。
そういう意味では、ベヒモスの下半身の骨にも重要な部位はあったのかもしれないが、それ以上に大きな意味を持つのはやは上半身なのだ。
その上半身の部分を入手出来たのは、黎明の覇者の補給を担当しているローザにとっても悪い話ではない。
……それをどうやって売るかといったような問題もあるが。
ベヒモスのような高ランクモンスターの存在を売り捌くとなれば、目立つ。
このように脱出してきた以上はドレミナで売るといった真似は出来ないだろうが、どこで売ろうとしてもドレミナにいる者たちの耳に入るのは確実だろう。
「もしベヒモスの素材を売るのなら、どこかで売るのかを考えないといけないわね。……出来れば貴族の力があまり強くない場所がいいのだけど」
「それは、ちょっと難しいわね。ローザが何を言いたいのかは分かるけど、そういう場所はそういう場所で面倒が大きいわよ?」
ローザの意見を聞いて、ソフィアは難しそうな表情でそう告げる。
イオにしてみれば、ローザの言葉は悪い話ではない。
何しろイオを狙っている中で一番面倒なのは、貴族なのだから。
もちろん、貴族以外にも傭兵であったり商人であったり、他の勢力が流星魔法を使えるイオを求めるというのはあるのだろうが……それでもやはり一番面倒なのは、権力を持った貴族となる。
そんな貴族がいない場所でベヒモスの素材を、そしてイオが売ったゴブリンの軍勢の魔石や素材や装備品を処分するというのは、黎明の覇者やイオにとっては最善の行動なのは間違いないだろう。
だが同時に、貴族の力が及ばないような場所というのはそう多くはないのも事実。
……逆に言えば、多くはないがそのような場所があるのも間違いないのだが。
「ここからだと……ソールスかしら。あそこなら自治都市だから、貴族のちょっかいは出されないはずよ。ただし、自治都市だからこと、貴族以外の勢力が活発に動き回っているけど」
思い出すようにしながら告げるソフィアの言葉に、イオは間違いなく面倒が起きるような予感がした。
黎明の覇者というランクA傭兵団にちょっかいをかけてくるような者は、そうそういないだろう。
だが、正面から攻撃をしてくるような者はおらずとも、それ以外の方法で攻撃してくる者がいるのは間違いない。
そのような者たちにしてみれば、イオはまさに格好の獲物だろう。
流星魔法という極めて強力な攻撃魔法を使え、それでいて生身での戦いは決して強くないのだから。
そのような者は、まさに狙う相手としてこれ以上ないほどにちょうどいい相手だろう。
狙われるだろう本人のイオですら、そう思うのだ。
だからこそ、イオとしては黎明の覇者から離れる訳にはいかない。
何かをするときも、すぐ対処出来るように誰かに一緒にいて貰う必要があった。
(多分、これまでの経験から考えると……レックスが俺の護衛といった扱いになるんだろうな)
レックスは黎明の覇者を紹介して貰ったということでイオに感謝をしているし、何より黎明の覇者としてもイオの護衛につける人物をそう簡単に用意は出来ない。
……実際には、傭兵の余裕はそれなりにあるが、イオを護衛するという目的を考えると中途半端に腕が立つがイオを嫌っている、あるいは無関心な者よりも、腕はそこまで立たなくてもイオを絶対に守りたいと思う者の方が向いているのだ。
そうイオは思っていたものの、実際には黎明の覇者の中にイオを気に入っている者は多い。
盗賊の討伐を行くときにイオが一緒に行くということが決まったときは、ドラインのようにあからさまにイオを嫌うといったようなことはなくても、面白くない、気に入らないと思う者がそれなりにいた。
黎明の覇者はランクA傭兵団として名高く、入団するのも簡単ではない。
そんな傭兵団に何とか入団出来たのに、ちょっと強力なマジックアイテムを持っているだけの相手が自分たちと一緒に行動すると言われて、それが面白いと思う者はそういない。
しかし、それはあくまでもそのときの話だ。
盗賊の討伐に向かった結果、実はそこには盗賊はおらず――実際にはいたのだが、餌になっていたというのが正しい――代わりにベヒモスがいた。
もし流星魔法が使えるイオがいなければ、盗賊討伐に向かっていた者たちは間違いなく盗賊たちと同じ運命を辿っていただろう。
あるいは、数人程度は生き残ることが出来たかもしれないが。
そうして生き残った者が何とかドレミナに到着出来たかどうかも、正直なところ微妙だろう。
逃げている途中でベヒモスに追われ、喰い殺されるといったようなことにならないとも限らなかったのだから。
そうなれば、どんなに上手く逃げたとしてもベヒモスがドレミナを襲うといった未来が待っていただろう。
……ドレミナにいた者の多くから身柄を狙われているイオにしてみれば、そんな連中を助ける意味があるのか? と疑問に思うのだが。
とはいえ、もしドレミナがベヒモスに襲われていれば、そのような者たちだけではなく、何も知らない一般人ですらベヒモスの襲撃に巻き込まれてしまい、その餌となっていただろう。
そう思えば、やはりベヒモスをドレミナに向かわせる前に倒すことが出来た意味というのは大きかった。
「それで結局ベヒモスの骨はどうやって運ぶのかしら? あの大きさの骨だと、ちょっとどうしようもないと思うけど」
「私はソフィアみたいに実際に自分の目でそのベヒモスの骨を見てないから何とも言えないわね。ただ……話を聞く限りではかなりの大きさらしいし、それを思えば全てを持っていくというのは難しいと思うわ。向こうで降伏した人たちにもベヒモスの素材を渡すのよね?」
「ええ、そう約束してるわ。私は肉とかを渡すつもりだったけど……その様子だと、骨を渡すの?」
「どうしても全部持っていけないとなれば、それしかないと思うけど?」
もちろん、骨だけではなく肉や皮といった素材も多少は渡すつもりではあったが、やはり一番多くなるのは骨だろう。
具体的にはその骨がどのような効果を持つ素材となるのかは分からない。
錬金術師や鍛冶師、あるいは薬師……他にも色々な者たちが欲すれば高く買い取ってもらえるだろうし、無理なら安く買い叩かれるだろう。
その辺がどうなるのかは、実際に売ってみないと分からない。
しかし、ベヒモスほどの存在であると考えれば、恐らくは相応の価格で買い取ってもらえるだろうとは思うのだった。
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