第109話

「い、隕石だ! こっちに隕石が落ちてくるぞ! 退避しろ!」


 黎明の覇者を追っていた数人の騎士のうち、最初に空から降ってくる隕石を見つけた騎士が叫ぶ。

 先程……本当につい先程、自分たちのいる場所からかなり離れた場所に隕石が降ってきたことにより、大多数の兵士や騎士の中からもそれなりの人数が怯えてしまった。

 あのような真似が出来る相手を怒らせるような真似はしたくないと、いったように。

 そんな中でも、上からの命令だからということで逃げることなく敵を追おうとしたのが、この場にいる数人の騎士たちだった。

 最初こそ、先程の隕石はただの偶然で、黎明の覇者の中にそれが使える者がいるとは限らないと言っていた者もいたのだが。

 ある意味でこの騎士や兵士たちは使い捨てだったのか、イオの存在については知らされていなかったらしい。

 それでも多少情報に聡い者であれば、この状況が一体どういうものなのかは想像出来る。

 その結果として、現在こうして自分たちに降ってくる隕石を見ることになってしまったのだ。


「また隕石かよ! 畜生っ、一体何がどうなってやがる!?」


 騎士の一人が叫びながら、乗っていた馬に合図をしてその場から離れようとする。

 すると、次の瞬間……その騎士のいた場所向かって、天から振ってきた隕石が着弾した。


「ぬおっ!」


 先程見たメテオの一撃と比べると、威力という点ではかなり低い。

 しかし、それはあくまでも比較対象が先程の一撃の場合だ。

 今こうして自分のいた場所に命中した隕石は、周囲に相応の衝撃を与えるには十分な威力を持っていた。

 その衝撃に乗っていた馬と騎士は激しく揺れる。

 それでも何とか吹き飛ばないようにする辺り、騎士としての技量は決して低くはないのだろう。

 もしこれがその辺の兵士や傭兵であれば、衝撃によって馬諸共吹き飛ばされていた可能性が高い。


「落ち着け、心配するな。今は気にする必要はない!」


 そうして馬を落ち着かせ、そしてようやくのことで馬が落ち着くと、一緒に黎明の覇者を追っていた他の騎士たちが近付いてくる。


「大丈夫か?」


 集まってきた者の一人がそう尋ねるが、その口調にあるのは畏怖だ。

 普通に馬に乗って移動していたところ、不意に隕石が落ちてきたのだから当然だろう。


「あ、ああ。何とかな。それで……どうする? このまま連中を追うということになれば、また隕石が降ってくる可能性があるが」


 先程降ってきた、圧倒的という表現が相応しい破壊力を持った隕石。

 それに続いて、自分に向かって降ってきた隕石。

 そんな二つの隕石が誰の手によるものなのかというのは、当然ながら騎士たちも理解していた。

 正確には明確に誰というのが分かっている訳ではないが、黎明の覇者の誰かなのだろうと。

 ……ここにいる騎士たちは、生憎とイオの顔を直接見てはいない。

 イオがメテオやミニメテオを使ったのは、揃って馬車の中からだ。

 また、街中での騒動の時もイオは馬車から外に出るようなことはなかった。

 そのため、騎士たちはイオの顔を知らないのだ。

 あるいはベヒモスの骨のある場所に行った者たちがこの部隊に入っていれば、イオの顔は理解出来たかもしれない。

 しかし、そのような者達はここにいない。


「上からの命令である以上、しっかりとやるべきことはやる必要があるのは間違いない。だが……このまま追えば、また隕石を落とされる可能性があるか」

「今のような規模の小さな隕石ならともかく、さっきのような規模の大きい隕石の場合……俺たちにはどうしようもないぞ?」


 騎士の一人がそう告げると、他の面々も同意するように頷く。

 その言葉に対して否と言えるような者はいない。

 あるいは人からそういう攻撃があるとだけ聞いているのなら、それに対処も出来ただろう。

 だが、生憎とこの場にいる騎士たちは全員が実際に落ちてきている隕石をその目で見ている。

 ……その隕石を見て、兵士や騎士の中の何人かも撤退している。

 この場にいる騎士は、それを見ても上からの命令に従う為に行動を起こした者たちだ。

 だからといって、このまま追えば次は間違いなく自分たちにさきほどの隕石が降ってくるのは間違いない。

 だというのに、このまま追跡を続けてもいいものかどうか。


「さっきの小さな隕石は、警告だったんだよな。……多分」


 騎士の一人が、そう呟く。

 その言葉にミニメテオで狙われた男は不満そうに口を開こうとする。

 ミニメテオが警告であったとしても、自分に向けて使われたのは間違いのない事実なのだ。

 もし咄嗟に回避していなければ、自分は間違いなく死んでいた。

 警告という意味ではやりすぎだろうと。

 もっとも、自分たちがやろうとしていることを考えれば、そのような真似をされてもおかしくはないと思っているのだが。


「それで、どうする? ……今はまず先に進む必要があるのか、それとも後退するのか」


 話している中で、一人の騎士がそう味方に尋ねる。

 このまま進めば、再び隕石を落とされる可能性が高い。

 それが具体的にはメテオなのか、それともミニメテオなのか。

 生憎とその辺についてはまだ分からないものの、隕石が降ってくるのは間違いない。


「どうすると言われても……先に進むしかないだろう。また隕石が降ってきたら、さっきのように小さな隕石なら何とかして回避をするしかない」


 その言葉に、先程メテオを回避した騎士は反射的にふざけるなと叫びたくなる。

 自分が先程の攻撃を回避出来たからからこそ、そのように言ってるのは分かる。

 だが、だからといってまた同じような攻撃が来たら回避しろと言われて、そう簡単に出来るものでないのは明らかだ。

 メテオやミニメテオの威力を自分で直接見たことがないのなら、あるいはそれなりに攻撃を回避出来たかもしれない。

 しかし、あの威力を……それこそ天変地異と呼ぶに相応しいメテオと、そして一人を殺すには十分な威力を持つ攻撃を回避しろ?


「簡単に言ってくれるな」


 結局ミニメテオを回避した騎士の口から出たのは、そんな短く……それでいて苛立ちを含んだ声だった。

 当然だが、その声を聞いた者達の中には不満そうな表情を浮かべる者も多い。


「あの程度の攻撃を回避出来ない奴が、まさか騎士を名乗るなんてことはないよな?」

「ああ? 何だと? なら、てめえならさっきの隕石を楽に回避出来るってのか?」

「当然だろ。あの程度の攻撃を回避出来ないべぇ……」


 轟っ、と。

 あの程度の奥義系を回避出来ない方かおかしいと、そう言おうとした騎士の頭部は天から降ってきた隕石によって砕かれ、その隕石が地面にぶつかった衝撃でその周辺にいた者達に衝撃が襲う。

 とはいえ、使われたのはミニメテオだ。

 衝撃はあったが、それは吹き飛ばされるといったようなものではなく、馬をきちんと御していれば問題ない程度の威力。


「うおっ!」


 隕石の降ってきた角度により、喋っていた騎士の頭部は被っていた兜諸共に消滅したが、首から下は無事だった。

 頭部が砕けて死んだ以上、ミニメテオが地面にぶつかった……それこそ着弾という表現が相応しいほどの衝撃で、馬の上に乗っていた騎士は吹き飛ばされたが。

 それでいながら、騎士が乗っていた馬が無事だったのは……単なる偶然なのか、それともミニメテオを使ったイオがそこまで狙っていたのか。

 生憎ながら、その辺についてはこの場にいる誰も分からなかったが。

 そんなことよりも、今は考えるべきことがある。それは……


「お、おい。こんなに早く二回目の警告をしてきたってことは……」

「いや、待て。今のは本当に警告なのか? 実際にこっちに被害が出ている以上、これは警告じゃなくて明確な攻撃だと考えた方がよくないか?」

「それは……けど、本当に攻撃をしてくるなら、今回のような小さな隕石じゃなくて、最初に使ったような強力な隕石を使ってくるはずだ」

「でも、今のままだと……」


 残っていた騎士たちは、どうするべきかを考える。

 上からの命令でこうしてここにいるのは間違いないものの、これ以上同じような真似をすれば、再び隕石が降ってくるのは間違いない。

 先程までなら、もし隕石が降ってきても巨大な隕石ならもうどうしようもないし、小さな隕石ならそれを回避すればいいという思いがあった。

 実際にそれを回避した仲間がいたのだから、余計にそう思ってもおかしくはない。

 だが……そんな思いは目の前で一人の騎士があっさりと頭部を砕かれたことで消えてしまう。

 それこそ、理不尽としか表現出来ないような、そんな攻撃で。

 これが、あるいは英雄の宴亭の近くで行われた戦闘のように、ソフィアの持つ力で圧倒されたのなら、まだ納得も出来ただろう。

 しかし、今回隕石が振ってくるのは違う。

 それこそ戦いとすら呼べないような……一方的に自分たちが殺されているような、そんな感覚。

 今のこの状況で一体何をどうすれば降ってくる隕石に対抗出来るのかと、そんな風にすら思ってしまう。

 天変地異としか呼べないそんな攻撃を、一体どう回避しろというのか。

 それこそ降ってくる隕石が自分のいる場所に落ちてこないようにと祈るくらいしか出来ない。

 ……それはつまり、運を天に任せるといったことになる。

 そのような状況で追跡を続けるのかと言われれば、その言葉に頷く者が一体どれだけいるだろう。

 当然ながら、この場にいる騎士たちも今の状況を思えば素直に頷けるはずもない。


「俺は……降りる。もうこれ以上黎明の覇者を追っても、意味はないだろ」


 騎士の一人がそう告げると、それを聞いた他の騎士たちは戸惑った視線を送る。

 その騎士の言葉は理解出来るのだが、だからといって今この場で追跡を止めて逃げ出してもいいのかと思ってしまうのだろう。

 それでも即座に否定をしないのは、先程それを否定しようとした騎士がミニメテオによって頭部を砕かれてしまったからだろう。

 騎士にとって、今の状況でどう対処すればいいのか分からない。

 そうである以上、今はとにかくどうするべきか迷い……


「俺も降りる」


 そんな中、騎士の一人がそう告げて他の騎士たちもやがてその言葉に同意するのだった。

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