第68話

 中年の男は短剣を手に、そのまま素早く動く。

 向かうのは、杖を持っているイオでもなく、黎明の覇者の精鋭である二人の男でもなく、レックス。


「え?」


 レックスは、まさかこの状況で自分が狙われるとは思ってもいなかったのか、間の抜けた声を上げる。

 当然だろう。男の狙いであるイオや、そのイオの護衛として出来るだけ早く排除したい二人の男を狙うのならともかく、レックスはこの中で一番重要度が低い。

 だというのに、何故自分が狙われるのか。

 一瞬そう疑問に思ったが、それでも自分に向かってくるのならその方がまだいいと判断し、迎え撃つ体勢を取る。

 ……実際には迎え撃つというよりは、男の攻撃を防ぐことによって護衛の二人が行動を起こすのを待つ、というのが正しいのだが。

 ギィン、という甲高い音が、レックスの構えた盾から響く。


「ぐ……」


 中年の男の一撃を盾で防いだレックスだったが、盾を通して受けた衝撃は予想以上のもので、思わず呻き声が漏れた。


「へぇ」


 中年の男にしてみれば、まさか自分の攻撃を防がれるとは思っていなかったのか、感嘆混じりの声を出す。

 だが、そのまま続けてレックスに攻撃をしようとしたものの、次の瞬間には素早くその場から移動する。

 そして一瞬前まで中年の男の身体があった場所を、二本の長剣がそれぞれ通りすぎた。


「おいおい、こう見えても俺はお前さんたちみたいに若くはないんだぜ? もう少し攻撃に手加減をしてもいいと思うんだがな」


 飄々とした様子で告げる中年の男。

 言葉でこそ自分の方が下だといったように見せてはいるが、その言葉を聞いた者の中には誰もそれを本気で信じている者はいない。

 攻撃を受けたレックスは、短剣であるにもかかわらず強烈な衝撃を受けた。

 護衛役の二人は、黎明の覇者の精鋭である自分たちの攻撃をあっさりと回避された。

 見ていたイオは、何だかんだと今の一連の行動で中年の男が無傷なのを見て。

 そんな状況で、この中年の男が自分で言ってるように弱い存在のはずはないと、全員が思ったのだ。


「油断するなよ、ゾブン」

「今の動きを見て、油断しろという方が無理だろうアザラカ」


 長剣を構えた二人が言葉を交わしながらん、警戒の視線を向ける。

 その辺の相手なら二十人が襲ってこようとも自分たちで何とか出来ると断言していた二人だったが、目の前にいる中年の男は、数こそ一人だが純粋な戦力として考えれば明らかに二十人よりも上の存在だ。

 だからといって負けるつもりはないのだが、それでも今の状況では決して侮っていいような相手ではなかった。


「いやいや、油断してくれると嬉しいんだけどねぇ。……まぁ、若い者たちだけが張り切るというのもなんだし、中年の意地をみせようかね」

「……むしろ、中年だからこそ厄介なんだろう」

「中年ってことは、それだけ長い間傭兵として生き抜いてきたということなんだからな」


 そんな二人の様子に、中年の男は大きく息を吐く。


「そんな風に過剰な評価をされると、困っちゃうんだよな。……もう少し、気楽におじさんを見ることは出来ないかな?」

「いつまでもそんな風に言ってるつもりなら、それはそれでいい。だが……だからといって、俺たちがそのような様子に手加減や油断をしたりするというのは、大きな間違いだぞ」


 鋭い紫煙でそう告げるゾブンに、中年の男は再度息を吐き……その視線を鋭くする。

 先程まではくたびれた中年といった様子だった雰囲気が、完全に一変している。

 最初から今のこの状況であれば、誰も相手を侮るような真似はしないだろう。

 そんな相手を見て、当然だがイオを含めた面々も構え……


「じゃあ、おじさんも少し本気を出させて貰おうか。明日筋肉痛になりそうで怖いんだけど、ね!」


 その言葉と共に、先程レックスに攻撃した時とよりもさらに素早い速度でゾブンに向かって攻撃する。

 短剣という、威力や間合いという点では明らかに長剣よりも劣っているだろう武器での攻撃。

 しかし、短剣であるからこそ長剣に勝っている部分もある。

 具体的には、その軽さによる攻撃の速度。

 そして、刃が短い分だけ取り回しがしやすい。

 振るわれるその一撃は、あっさりとゾブンの長剣に防がれるものの、次の瞬間には再度攻撃を放つ。

 その短剣を扱う速度は、それこそ長剣を使っているゾブンよりも明らかに上だった。

 だが……当然ながら、ゾブンは一人ではない。

 イオとレックスはこの場合戦力として期待は出来ないだろうが、仲間のアザラカはそんな二人とは比べものにならないくらい、戦力として期待出来る。

 そんなゾブンの予想を裏切らないように、アザラカはゾブンと戦っていた中年の男の後ろに回り込む。

 これが騎士であれば、正々堂々と戦えといったことや、あるいは一人を相手に複数で攻撃するような真似は卑怯だといったようなことを言うような者もいるかもしれないが、ここにいるのは傭兵であって騎士ではない。

 ましてや、相手は自分たちが倒したベヒモスの素材や、客人であるイオを奪おうとしているのだ。

 そのような相手に正々堂々と戦うなどといった真似をしてやる義理はない。

 しかし、当然の話ではあったが中年の男も自分が複数の相手をするというのは理解しており、アザラカの方にも注意を向けている。

 それは言い換えれば、ゾブンを相手に集中していないということなのだが……にも関わらず、中年の男は相手の行動をしっかりと把握し、二人を相手に互角に戦っていた。

 とはいえ、さすがに黎明の覇者というランクA傭兵団に所属する傭兵二人を相手に優勢になるといった真似は出来ていない。

 防戦に回りながらも、何とか反撃をして一撃でどちらから一人を倒してしまおうという風に考えているのは明らかだった。

 そして中年の男は、自分がそのような真似を出来ると認識している。


(だとすれば、この状況で俺達が出来るのは……)


 イオは現在の自分の状況で出来ることを考える。

 自分の戦闘能力を考えれば、とてもではないがあのような戦いに割り込むといった真似は出来ないだろう。

 そのようなことをした場合、それは即ち敵ではなく味方を混乱させ、あるいは動揺させるという結果になる可能性が高い。

 ましてや、中年の男の狙いはイオなのだ。

 そんな相手に自分から近付くような真似は、それこそ自殺行為でしかない。

 今の状況でイオが自分でやれることは……そう考え、ふと思いつく。

 中年の男は周囲の状況をしっかりと認識している。

 それはつまり、今のイオが少し動いても、それに反応するということだ。

 そして中年の男は、当然のようにイオが何らかの手段かは不明だが隕石を落とすことが出来るというのを知っている。

 つまり、今この状況でイオが多少なりとも動けば、中年の男はイオに反応せざるをえない。

 直接攻撃するような真似をしなくても、少し動いたことによって相手を牽制することが出来る。

 だからこそ、それは今のイオにとって非常に大きな意味を持つ。


「レックス、ちょっと動いて相手を牽制するから、何かあったら……具体的にはあの男がこっちにちょっかいを出してきたら、防御してくれ」

「え? ちょ……本当に大丈夫なんですか?」


 いきなりのイオの言葉に、戸惑った様子でレックスがそう言う。

 レックスにしてみれば、今この状況でイオが動くような真似をした場合、敵の注意がイオに向けられるのではないかと、そう思ったのだ。


「別に動くといっても、直接攻撃をしたりする訳じゃない。相手の注意をこっちに引き付けて、ゾブンさん達の戦いをやりやすいようにするだけど」


 その言葉に、レックスは安堵する。

 イオの性格を多少なりとも知っているレックスにしてみれば、もしかしたら戦いに直接乱入するか、もしくは流星魔法を再度使うのではないかと思ったのだ。

 前者よりは後者の方がいいのだが、だからといってイオが流星魔法を使うとなると、敵である中年の男はともかく、ゾブンたちまでもが魔法に巻き込まれてしまいかねない。

 ましてや、イオの流星魔法の恐ろしさは自分の目で直接見ているのだ。

 それを思えば、ここでイオが流星魔法を使うという真似は避けた方がいいのは間違いない。

 通常のメテオはともかく、対個人用だとイオが言っていたミニメテオも、名前にミニがついているにもかかわらず命中すれば相手の頭部を砕くだけの威力を持っているのだ。

 だからこそ、今のこの状況ではイオに流星魔法を使って欲しいとは思わなかった。


「じゃあ、何をどうやってあの敵の注意をこっちに引き付けるんですか? ……あの様子を見る限り、こっちに注意を引き付けることが出来れば、かなり有利なのは間違いないと思いますけど」


 レックスの視線の先では、現在ゾブンとアザラカの二人を相手に中年の男が戦っている。

 長剣を持っている二人に短剣で渡り合っていることがそもそも凄いのだが、そのような戦いの中で今は防御に専念し、少しでも相手に隙を作らせたら、そこを突こうと虎視眈々と狙っていた。

 当然だがゾブンたちもそんな相手の考えは理解しているので、そうならないよう、慎重に戦っているのだが。

 そんな一種の均衡状態にある場を、一気に覆す。

 当然のようにそれはイオたちにとって有利な方にだが。

 そうなるように、イオは動く必要があった。


「いいか? 俺はこれからこれ見よがしに杖を手にして、敵に向ける。そうなれば、今までは無視していた俺たちであっても、敵は俺を見逃すような真似は出来ない。流星魔法については知ってるかどうかは分からないが、何としてでも対処する必要があると判断するはずだ」

「そうなると、防御一辺倒のままではいられなくなる……?」

「正解だ。そうなれば当然だが向こうも無理に動く必要が出て来る。流星魔法の威力を知っていれば、それだけでそれを使わせる訳にはいかないと理解するだろうし」

「……分かりました。じゃあ、試してみましょう」


 イオの言葉がどこまで真実なのかは、分からない。

 だが、失敗しても特に被害はないだろうと判断し、レックスはいつでもイオを庇える位置に移動し……そして、イオは杖を中年の男の方に向けるのだった。

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