第63話
最初に放たれたのは、黎明の覇者の傭兵の一人が射った矢だった。
その矢は真っ直ぐに暗黒のサソリの傭兵の一人……ソフィアに向かって矢を射った男に向かい、その頭部に矢が突き刺さる。
その一撃は矢の一撃ではあるが、同じ弓を使っている者とは思えないくらいに威力の違いがあった。
「てめえら、あの野郎共をぶっ殺せ!」
仲間が殺されたのを見た男の一人が、頭に血が上った様子で叫ぶ。
その言葉で暗黒のサソリの傭兵たちは一斉に武器を構えて黎明の覇者に向かって攻撃を行う。
そして黎明の覇者の傭兵たちもまた、そんな相手を当然のように迎え撃つ。
「ばっ……畜生が!」
ガーランドにとって、こうしていきなり戦いになるというのは絶対に避けるべきことだった。
表向きはソフィアとまともに口でやり合ってはいたものの、実際には何とか戦いにならないようにと考えていたのだが……暗黒のサソリの中でそんな風に考えているのは、ガーランドだけだったのだろう。
元々暗黒のサソリはそのような攻撃的な性格を持つ傭兵を優先して選んで採用してきたので、この結果はある意味で当然のことだったのだが。
「行きなさい。ここで貴方を討ってもいいけど、今は見逃してあげるわ」
ソフィアの口から出た言葉は善意から……などという訳ではない。
ソフィアの狙いとしては、ここで暗黒のサソリを圧倒し、暗黒のサソリと黎明の覇者の戦いの様子を見ている者たちに対しての牽制というものが強かった。
ガーランドも当然のようにそれは理解していたものの、今ここでソフィアに戦いを挑むような真似をすれば死ぬのはほぼ間違いないと判断したのだろう。
「く……」
何も捨て台詞の類を口にするような真似は出来ず、その場から走り去る。
そんなガーランドの姿を見ながら、ソフィアは槍を手に戦場になっている場所を一瞥し……敵のいる場所に向かって乗っていた馬を進めた。
……なお、本来ならソフィアが乗っているのは虎のモンスターが牽く馬車なのだが、戦場に出れば今のように普通に馬にも乗る。
そうして馬に乗ったソフィアは、戦場の中でも一際多くの者たちが集まっている場所に向かう。
槍を手に進むその姿は、ソフィアの美しさもあって戦女神かと錯覚する者も多い。
もっとも、そのように錯覚するのは黎明の覇者に所属している傭兵だけで、敵対している暗黒のサソリの傭兵にとっては凶悪な存在にしか思えなかったが。
「こ……殺せぇっ!」
このままソフィアを自由に動かせば、それだけで致命的な被害を受ける。
そう判断した傭兵の一人が咄嗟に叫び、長剣を手にソフィアに向かって襲いかかるが……
ヒュン、と。
風を切る音が響いたかと思うと、ソフィアに向かって攻撃をしようとした男は心臓を貫かれ、その場に倒れ込む。
まさに、目にも留まらぬ突き。
レイピアやエストックのような突きに特化した軽い剣であれば、あるいは今のような速度の突きを放ててもおかしくはない。
しかし、ソフィアはレイピアやエストックよりも圧倒的に重量のある槍でそのような真似をしてみせたのだ。
ソフィアの放った一撃がどれだけ強力なものなのか、その一撃が証明していた。
「うっ、うおおおおおおおおっ!」
それでも攻撃的な性格の者たちが集まった暗黒のサソリだからか、多くの者たちがソフィアを倒そうと、実力の差を気にした様子もなく襲いかかる。
暗黒のサソリの傭兵たちにしてみれば、ソフィアを倒すことが出来れば非常に大きな手柄となるのは間違いない。
ましてや、極上の美女と呼ぶに相応しいソフィアを生かして捕らえることが出来れば、その価値は限りなく大きい。
そんな欲望から、相手がたとえ自分より強い相手であっても全く躊躇するようなことはなく襲いかかっていくが……
「この程度で私をどうにか出来ると? もう少し強くなってから出直してきなさい!」
そう言いながらも、ソフィアの放つ槍の一撃は次々に相手の命を奪っていく。
出直してこいという言葉は一体何だったのかと、暗黒のサソリの傭兵たちがそんな疑問を抱いてもおかしくはなかった。
また、他の場所でも同じような戦場が行われている。
そんな中で、イオは……
「イオさん、こっちです。馬車の側にいれば、敵に攻撃されるようなこともないと思います。それに馬車の近くにいれば、何かあればすぐ助けに来てくれると思いますから」
「分かった。今はレックスの指示に従うよ」
イオはレックスと共に、戦いに巻き込まれないように戦場を移動する。
とはいえ、イオたちがいる場所は戦場の中でもかなりの後方だ。
戦いになっているのは前線での話なので、そういう意味ではイオたちのいる場所まで敵がやって来るかどうかは別の話だろう。
「けど、こうして見るとやっぱり黎明の覇者は強いですよね」
「それは俺も否定しない」
離れた場所で起きている戦いだからこそ、イオの目からみても戦いの様子はしっかりと確認出来る。
そんな中でも、見てる分かるのはやはり黎明の覇者の強さだろう。
多くの傭兵が有利に戦いを行っているのは、見れば明らかだ。
そういう意味では、ここにいるイオが敵と戦うといったような真似をしたらそこから一気に不利になる可能性が高い。
何しろ暗黒のサソリの狙いはイオを捕らえることなのだから。
……イオにとって不幸中の幸いなのは、隕石を落としたのが自分であると暗黒のサソリには知られていないことだろう。
暗黒のサソリが狙っているのは隕石を落とした何かだが、その何かがイオであるとは思っていないのは間違いなかった。
「イオさん!」
馬車の側でレックスと共に待機していたイオは、その声で我に返る。
レックスが鋭い視線を向けている先にいるのは、暗黒のサソリの傭兵。
数は一人で、右腕に怪我をしているようだったが、それでもまだ十分に戦闘能力を残してるのは間違いない。
そんな傭兵が、イオたちのいる方に向かって近付いてきているのだ。
「レックス、どうする? 戦うにしても、俺とレックスだけだと勝ち目があるかどうかは分からないぞ」
「……ここから移動するのは危険かもしれません。それに向こうは怪我をしているので、頑張れば勝てると思いませんか?」
「それは……どうだろうな。やってみなければ分からない。けど、あの傭兵と戦えるのか?」
イオが知ってる限り、レックスは防御はそれなりに得意なものの、攻撃という点に限ってはそこまででもない。
そうである以上、この場合は攻撃をするのはイオということになる。
(どうにかなるか?)
一応イオも杖を使った物理攻撃はそれなりのものだと自分で思っているが、それはあくまでも街中での戦いについての話だ。
実際にこのような戦場での戦いとなれば、自分の杖による攻撃がそこまで通用するのかどうかは、イオにも分からない。
それでも敵が迫ってきている以上、戦わないという選択肢はない。
(いやまぁ、本来なら逃げればいいんだろうけど……そんな真似をすれば、それはそれで問題があるかもしれないし。それに俺を守るのが必要だというのは、ソフィアさんからすでに言われているはずだ。なら、やっぱりここは逃げないで持ち堪えた方がいい)
イオがそう判断するのと、右手に怪我をしている傭兵がイオたちの存在に気が付くのは、ほぼ同時だった。
「てめえ……何でこんな後ろにいる? そして馬車の側……その馬車に、あのモンスターの素材があるんだな? なら、消えろ。見たところ腕も立たないようだし、新人だろ。なら俺がここで殺すような必要もない」
そう言う傭兵だったが、実際には利き腕である右手に深い傷を負っており、思い通りに腕を動かすことができない。
だからこそ、イオとレックスを相手にしても戦わない方がいいと、そう判断したのだろう。
そのような傭兵の言葉に一瞬意表を突かれるイオ。
まさか相手がそのようなことを言ってくるとは、思いもよらなかったのだろう。
(とはいえ、だからといってこの馬車を渡すのは……不味いよな)
この世界に来てからまだそこまで時間が経っていないイオだったが、馬車というのが相応の値段がするというのは理解出来るし、何よりも傭兵の男が言ったように馬車にはベヒモスの素材が積まれている。
それを渡すのは、明らかに不味かった。
もっとも、ソフィアがこの場にいたらベヒモスの素材よりもイオの方が重要だと言うだろうが。
イオがそこまで考えが及ばなかったのは、こうした大規模な戦いは初めてだからだろう。
ゴブリンの軍勢と戦ったときは離れた場所から流星魔法で一撃で、そもそも戦いとすら呼べないものだったし、ベヒモスとの戦いでは高ランクモンスターのベヒモスに追いかけられたものの、それでも結局は馬車に乗ったままで魔法を使って戦いは終わった。
そうなると、このように多数の者たちが入り交じった……本当の意味での戦闘というのは、イオにとって初めての戦いだった。
レックスもまた、今までは雑用として働いていたものの、本格的な戦いにこうしてきちんと戦力として参加しているのは初めてだ。
「どうした? どけって言ってるだろ? どかねえなら……殺すぞ」
そんな風に脅してくる相手に、イオとレックスは何も言わないが、同時に馬車の前から移動する様子もない。
そんな二人を見て、傭兵は苛立ち混じりの視線を向ける。
今の状況から、傭兵としては出来れば目の前の二人を相手に戦いたくはなかった。
しかし、自分が馬車を奪うのを邪魔しようとしている以上、傭兵としてもこのまま放っておく訳にいかないのも事実。
「後悔するなよ。いや、むしろこの場合はあの世で後悔しろってところか?」
長剣を手に、イオとレックスに迫りながらそう言う男。
そんな男の前に、護衛役のレックスが前に出た。
鼻を鳴らし、男がレックスに向かって長剣を振るおうとするが……
「はぁっ!」
その機先を制するかのように、イオはレックスに隠れて地面から拾った石を投擲する。
素早く飛んだ石は、しかし当然のように男には回避され……
「面白い真似をしてくれるじゃねえか」
男に苛立ち混じりの凶暴な笑みを浮かべさせるのだった。
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