第62話

 暗黒のサソリの団長ガーランドと、黎明の覇者の団長のソフィア。

 そんな二人はお互いに笑みを浮かべつつも、それぞれ自分の意見を引っ込めるつもりはない。

 お互いの目的を考えれば、どちらも退くようなことは出来ないのだろう。

 双方の実力を考えれば、ここでガーランドが退かないというのはおかしいのだが。


(いや、本当に何でここで退かないんだ? 黎明の覇者って強いんだよな? で、相手はランクD傭兵団で……明らかに黎明の覇者の方が上だろう?)


 イオにしてみれば、ここでガーランドが退かないのはおかしいと思う。

 ……なお、当然の話だがイオは相手に見つからないようにしている。

 ソフィアとの会話から、暗黒のサソリの狙いが自分であると理解しているからだ。

 元々自分を狙ってくる相手がいるかもしれない……いや、確実にいるという話については聞いている。

 だからこそ、ここで自分が目立つような真似をするのは危険であり、現在のイオは杖を手にしていない。


「イオさん、今はあまり顔を出さない方が……向こうの狙いはイオさんなんですから」


  レックスの心配するような言葉に、イオは首を横に振る。


「向こうの狙いが俺だからこそ、一体どういう奴が相手なのかを見ておく必要がある。杖も持ってないから、俺が流星魔法を使った人物だという風には、向こうも思わないだろうし」

「いや、でも……あの隕石が流星魔法という魔法の一種だとは思わないかもしれませんよ? それこそ、最初に事情を知らない人たちに説明されていたように、何らかのマジックアイテムによって隕石を落下させたと思ってもおかしくはないですから」

「それは……まぁ、完全には否定出来ないな」


 イオは自分が流星魔法を使えるという前提なので、杖を持っていなければ問題はないだろうと判断した。

 しかし流星魔法について何も知らない者にしてみれば、まさかあの隕石が魔法によって引き起こされたのだとは思いもしないだろう。

 それどころか、魔法ではなくマジックアイテムの類……それも人が作ったマジックアイテムではなく、ダンジョンで発掘されるようなアーティファクトと呼ばれるマジックアイテムの効果だと認識した方が納得しやすいのは間違いなかった。


「そう考えると、実は杖を持っていても問題はなかったのか?」

「あくまでも可能性の問題なので、そういう意味では杖を持っていても問題はなかったと思います。……ただ、向こうが鋭かったりしたら、話は別ですが」


 杖を見て魔法使いが隕石を落としたと考えるか、単純にこの部隊に魔法使いがいたと考えるか。

 普通に考えた場合は、後者だと思うだろう。

 それでも念には念を入れて、イオが狙っていた相手であると認識させない方がいいのは間違いなかった。


「とにかく、俺たちは何かあったら前に出るんじゃなくて後ろに下がる必要がある。……そのことに色々と思うところはあるが、ソフィアさんの指示には絶対に従う必要がある」

「そうですね。本当に残念ですが」


 レックスは黎明の覇者に所属したばかりで、前の傭兵団にいたときは雑用を押し付けられており、戦いの経験そのものが少ない。

 また、本人も攻撃は決して得意ではないと自覚しており、いざ戦いとなったとき、それにレックスが参加すれば味方の足を引っ張るだけだろう。

 あるいは黎明の覇者に参加してから数年といったような時間が経ったあとでなら、レックスも何らかの攻撃手段を得られるかもしれないが。

 そしてイオはそもそも戦闘訓練などほとんどしていないので、流星魔法に特化した存在だ。

 ただし、一度使えば杖が壊れるという致命的な欠点はあるが。

 それを知っているソフィアは、ここに駆けつける際にきちんと複数の杖を持ってきている。

 しかし、流星魔法は当然ながらゲームのように何故か味方には効果がないといったような便利な魔法ではなく、普通に味方にも被害を与える魔法だ。

 今こうして近距離で向かい合っている現状では、とでもはないが使えるような魔法ではない。

 ソフィアから今回の騒動で流星魔法を使うかもしれないとは聞いているものの、それが実際にどのような状況で使うことになるのか、生憎とイオにも分からない。

 取りあえずこうして間近にいる暗黒のサソリという傭兵団に対して使うといったようなことはないとイオには思えたが。


「それにしても、向こう……暗黒のサソリとかいう傭兵団らしいけど、随分とソフィアさんに対して敵対的だな。これって一体どうなってるんだ? もしかして、実は向こうには何かあるのか? ランク以上の実力を持っているとか」


 笑みを浮かべつつ皮肉をやり取りしているソフィアとガーランドの二人を見て、イオはそんな疑問を抱く。

 普通に考えて、自分達よりも明らかに強い存在を前にして、ああも敵対的な行動を取れるとは思えない。

 それはつまり、実は暗黒のサソリという傭兵団が黎明の覇者と互角に戦えるだけの実力を持っているからなのでは? そんな風にイオは思ったのだが……


「いえ、違います。暗黒のサソリという傭兵団のランクはDで、とてもではないですけど黎明の覇者と戦うのは難しいでしょう」

「なら、何であそこまでソフィアさんに対して強気なんだ? 普通に考えれば、そんな格上の相手にあんな態度をとるのは自殺行為じゃないか?」

「否定は出来ませんね。考えられるとすれば……黎明の覇者と戦っても勝てる何らかの理由があるのか……」

「それはない」


 レックスの言葉に割り込むようにして言葉を挟んできたのは、ルダイナ。

 部隊を率いる立場だったルダイナだたが、ソフィアや他の精鋭たちがやって来た以上、指揮権はすでにそちらに譲っている。

 ……そのおかげでルダイナは現在重い責任を負う必要がなくなり、このような状況であってもどこかすっきりした様子を見せていた。

 戦う相手が餓狼の牙という盗賊であれば問題はなかったが、ベヒモスという高ランクモンスターや、イオの使った流星魔法の件、それらを狙ってやって来るような暗黒のサソリを始めとした傭兵団。

 そう考えれば、現状で自分が指揮をするに荷が重い。


「ルダイナさん、なら何で向こうはあそこまで強気なんです?」

「その辺は分からないが、そんな奥の手があればこちらに情報が入っていないはずはない」


 そう断言をしているルダイナだったが、イオにしてみれば何故そこまで深い情報を知っているのかといったような疑問を抱く。


「だとすれば……向こうは力の差を理解出来ていないだけとか、そういう感じですか?」

「恐らくはそうだと思う。向こうはそれなりに大きな商会のお抱えの傭兵団だからな」

「……なら、心配はいらないんですか?」

「そうでもない。こっちに向かって来ているのは、別に暗黒のサソリだけではない。……というか、恐らくだが暗黒のサソリは後ろにいる連中の捨て駒として使われているんだろうな」

「だとすれば、ここで戦いになるのは不味いんですか?」

「どうだろうな。向こうもこっちと戦っては負ける……もしくは大きな被害を受けるというのは予想出来るはずだ。であれば、向こうもいきなり攻撃をするといったような真似は……」


 ないだろう。

 そう言おうとしたルダイナだったが、その言葉は次の瞬間に意味がなくなった。

 ガーランドとソフィアが話しているその場所に対し、後方にいる暗黒のサソリの一人が不意に矢を射ったのだ。

 団長同士が話しているときに、いきなりの不意打ち。

 それは明らかにやってはいけないことであり……射られた矢はソフィアの持つ槍によってあっさりと叩き落とされる。


「ばっ……」

「へぇ、これが貴方たちの態度なのね。なら、こちらも相応の態度を取らせてもらうけど、それで構わないのね?」


 相手が不意打ちをしてきた以上、宣戦布告とみなす。

 暗にそう告げるソフィアに対し、ガーランドは慌てて首を横に振る。


「ち、違う! 今のは……そう。何かの間違いだ!」

「あら、間違いですむと思っているのかしら? だとすれば、私が貴方を殺しても間違いですむのよね?」


 満面の笑みを浮かべてそう告げるソフィアに、ガーランドは内心で焦る。

 先程までは対等に話をしているように見せていたガーランドだったが、実際には何とか戦いにならないようにする必要があると考えていた。

 暗黒のサソリは所属している傭兵の性格から攻撃については強いが、総合的に見た場合はどうしても黎明の覇者の傭兵たちより劣ってしまう。

 そんな暗黒のサソリを率いる身としては、戦うのを面倒だと思わせて相手に妥協を強いる。

 これが最善の選択だったのは間違いない。

 槍の穂先を向けられたガーランドは、その動揺を表に出さないようにしながら口を開く。


「いいのか? ここで俺達を相手に戦ったりした場合、その間に他の連中がやって来るぞ。そうなったら、あんたたちが守りたいと思っている何かも間違いなく奪われ……あるいは破壊されることになる。俺としてはそれでも構わないが……そっちもそれで本当にいいんだな?」


 確認するように言ってくるその言葉に、しかしソフィアは全く動じた様子もなく口を開く。


「構わないわ。そもそも……貴方たち以外の敵がやって来るというのなら、それも倒せばいいだけよ。どうやら自分たちを相手にしているときに他の勢力がやって来ることを親切にも心配しているようだけど、何故他の勢力がやって来たとき、まだ貴方たちが無事でいられると思ってるの?」


 それは、他の勢力がやって来るよりも前にお前たちを倒すことが出来ると、そのような宣言に等しい。

 正面から戦えば、絶対に自分たちが負けるようなことはないと……そう判断しているからこその強気の発言。

 ガーランドもまた、そんな言葉を向けられれば黙っている訳にもいかない。

 もしここで自分が黙っていた場合、部下たちは暴走してしまうのは間違いないのだから。

 どうせ暴走してしまうのなら、ガーランドとしてはせめてその暴走の方向をコントロールする必要がある。

 また、ある程度の時間が経過すれば、言葉通り他の戦力がやってきて戦場が混乱するだろうという狙いもあった。


「そうか。なら……やっちまうぞ野郎共!」


 ガーランドの声と共に、暗黒のサソリと黎明の覇者はぶつかるのだった。

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