第32話
「初めましてね、イオ。私はローザ。黎明の覇者の中でも補給を含めた諸々を担当しているわ」
そう言い、赤い髪をポニーテールにした女は魅力的な笑みを浮かべる。
年齢はソフィアよりも若干上の二十代前半くらい。
その顔立ちはソフィアには及ばないものの、十分に美人と呼ぶに相応しい理知的な顔立ちをしている。
ソフィアが女帝といった印象を抱くとすれば、ローザは理知的な女教師といったようなイメージを受ける。
もちろん、それは本当の意味での女教師ではなく、イオが日本で見ていた漫画に出てくるような美人教師としての女教師だが。
また、理知的な美貌を裏付けるように……あるいは不似合いなくらいに、その身体は豊かな曲線を描いていた。
「えっと、その……初めまして、イオです」
「あら、そんなに畏まることはないのよ? 私にとって、イオは感謝する相手なのだから」
そう言い、上機嫌に笑みを浮かべるローザ。
理知的な美貌を持つだけに、そうして浮かべられた笑みは非常に魅力的なのは間違いなかった。
顔を赤くして視線を逸らすイオに、ローザは好意的な笑みを浮かべる。
自分の美貌にはそれなりに自信があるし、補給をする際の交渉でもその美貌を利用することは厭わないものの、それでもイオの反応は好意的に受け取ったのだろう。
そんな風に思われているとは分からないイオだったが、それと同時にちょっとした疑問を抱く。
(ローザさんは美人だ……って、それはいいとして。何だか黎明の覇者に所属する傭兵って、かなり若いのは何でだ? ソフィアさんが若いのはカリスマ性ってことで納得出来るけど、ギュンターさんもかなり若いし、ローザさんも若い。宿にいた面々もかなり若かったよな?)
傭兵というのは命懸けの仕事である以上、当然ながら年を取るごとに戦場で生き残るのは難しくなる。
しかし、それでもイオが見た限りでは黎明の覇者に所属するのは一番年上でも三十代くらいで、四十代、五十代といったような者の姿はどこにもない。
(もしかしてこの世界の傭兵団としてはそれが普通なのか? いや、でもギルドで見た限りは普通に四十代や五十代くらいの年齢の傭兵や冒険者たちがいたし)
イオにしてみれば、何故黎明の覇者には若い者たちしかいないのかと疑問に思う。
「どうしたのかしら?」
イオの様子を見ていたソフィアが不思議そうに尋ねる。
ローザに対する照れとはまた違う様子で戸惑っているように見えたのだろう。
「いえ、ソフィアさんやローザさん、ギュンターさんもそうですし、英雄の宴亭の中にいた人たちもでしたけど、黎明の覇者には若い人が多いなと思ったので」
「ああ、その件ね。別にいない訳じゃないけど、数が少ないのは事実ね」
あっさりとそう言ってきたソフィアに、イオは意外そうな表情を浮かべる。
てっきり黎明の覇者には若い傭兵しかいないのだろうと思っていたのだ。
それがこうもあっさりと年配の者もいると聞かされれば、驚くのは当然だった。
「でも、英雄の宴亭の受付前にはいませんでしたけど?」
「そういう目立った場所には出て来ないわ。裏で色々とやるのが好きな人たちだから」
「……なるほど?」
一応なるほどと同意はしたものの、イオにはその言葉の意味を完全に理解するようなことは出来なかった。
ただし、ソフィアの様子から詳しいことを聞いても恐らく教えて貰えないのだろうと判断し、それ以上聞くことはない。
(つまり、何らかの深い理由があるってことだよな? ……まさか、実は何となく表舞台に立ちたくないだけとか、そういう理由はないだろうし)
今の状況について考えていると、それを打ち切るようにローザが口を開く。
「その件は今はいいでしょう? 今は、まずゴブリンの軍勢の件の支払いよ。……イオ、今更聞くようなことじゃないかもしれないけど、改めて聞いておくわ。本当にいいのよね?」
真剣な表情で尋ねるローザに、イオは戸惑う。
理知的な美貌を持つローザだけに、真剣な表情をしているときの破壊力が凄い。
それこそイオを話の内容とは別の意味で戸惑わせるには十分だった。
「その、いいのかって一体何がですか?」
「だから、ゴブリンの軍勢の件よ。杖以外は全て売ってもいいと聞いているけど、それを本当に私たちに売ってもいいのね? と聞いてるのよ」
改めて尋ねられたイオは、ローザの言葉に少し考えてから口を開く。
「構いませんよ。というか、ギルドや商人たちよりも高く買い取ってくれるって言ってるのに、それをわざわざ断る必要もないと思うんですけど。それに、ソフィアさんたちがいたからこそゴブリンの魔石とか素材とか武器とか、そういうのを持ってくることが出来たんですし」
イオの言葉は間違いなく事実だった。
水晶によってイオが与えられたのは、流星魔法の才能のみ。
それだって別に水晶がその才能を与えたという訳ではなく、あくまでもイオの中に眠っていた才能を呼び起こしたというのが正しい。
そういう意味では、イオが水晶から貰ったのはこの世界の大雑把な……それこそ本当に穴だらけの知識と、服くらいのものだろう。
イオが当初欲しがっていたアイテムボックスといったような能力がなかった以上、もし黎明の覇者があの場に来なければ、イオは数本の杖といくつかの魔石を持ってその場から離れていただろう。
たとえば、イオが見つけた大剣の類は重量が二十キロくらいもあったのだから、到底持って移動する真似は出来ず、あの場に置いてくることになったはずだった。
「ああ、イオは馬車も何もなく、一人でゴブリンの軍勢のいた場所にいたんだったわよね。そうなると、たしかに多くの物を持ち帰るといった真似が難しかったのは分かるわ。見たところ、マジックバッグのように空間拡張されたマジックアイテムの類を持ってるようにも見えないし」
イオの説明を聞いたローザが納得する。
空間拡張されたバッグ、マジックバッグ。それはイオも是非欲しいところではあったが。
それこそイオが欲していたアイテムボックスの簡易型とでも呼ぶべき代物なのだから。
それがあれば、荷物を運ぶ際にはかなり便利になるのは間違いない。
「あはは。そういうのがあったら便利なんですけどね」
イオの言葉は冗談半分のものではあったが、それはつまり半分は本気ということでもある。
これからのイオがどのような道を選ぶのかは、正直なところまだ決まっていない。
しかしどのような道に進むにしても、マジックバッグの類があれば非常に便利なのは間違いない。
「そうね。マジックバッグの類は誰であってもそれを欲しいと思うわ。黎明の覇者のことを思えば、私だってもっと大量にあれば便利だと思えるもの」
ローザのしみじみとした言葉には、強い感情が込められている。
黎明の覇者というランクA傭兵団の補給を任されている人物だからこそ、余計にマジックバッグの類が欲しいのだろう。
マジックバッグと一口に言っても、性能は様々だ。
そんな中でマジックバッグに入れておけば時間の流れが生じない、もしくは入れられる量がかなり大きいという代物は、補給を担当している者にしてみればどうしても欲しいと思うのは当然だった。
「黎明の覇者に所属すれば、ダンジョンに入る機会もそれなりにあるわよ? そうなったら、もしかしたら上手くマジックバッグを入手出来るかもしれないわね」
イオとローザの会話を聞いたソフィアは、そんな風に誘惑してくる。
ソフィアにしてみれば、もしマジックバッグを渡すくらいでイオが黎明の覇者に入団してくれるのなら、次にマジックバッグを入手したら……否、次とは言わず、現在黎明の覇者で所有しているマジックバッグを条件にしてでもイオが欲しい。
ローザはそんなソフィアの様子を見てそれを理解はしているものの、だからといって補給担当としてそれを許容出来るかどうかというのはまた別の話だ。
「ちょっと、ソフィア。今の状況でもマジックバッグは足りないのよ? なのに、新しく入手したマジックバッグをイオに渡すとか、本気で言ってるの?」
「本気よ。ローザにはイオの力の真実を話したでしょう? ゴブリンの軍勢を全滅させるだけの魔法を使えるのよ? そのような人材を逃す訳にはいかないでしょ。もしイオがいれば、最悪二正面作戦も出来るんだから」
ソフィアの二正面作戦が出来るという言葉は、ローザにとっても十分に理解出来るものだった。
実際には本格的な二正面作戦といった訳ではないが、流星魔法を使って相手を壊滅させることが出来るというだけで大きな意味を持つのは間違いない。
それこそイオの実力によっては、ゴブリンの軍勢だけではなく人の軍勢であっても同じように倒せるということを意味しているのだから。
宇宙から降ってくる隕石の類が、人とモンスターを区別などするはずがない。
ましてや、イオの魔法はゲームにあるように仲間にだけは命中しないという不思議な仕様でもないのだから。
「ソフィアの言いたいことは分かるけど、それでもマジックバッグを持っていかれるのは困るわね」
呆れた様子でローザがソフィアに告げるが、それを見たイオはその態度に疑問を抱く。
(何だか気安いというか、そんな感じだな。……あ、でも考えてみればソフィアさんとローザさんは最初からそんな感じだったような?)
どちらも若く有能な女ということで、友好的な関係を築いているのだろう。
そう考えたイオは、そんな二人の会話に割り込むのはどうかと思いつつ、口を開く。
「で、その……諸々の代金のことなんですけど……」
「え? ああ、ごめんなさい。話が盛大に逸れていたわね。結構な金額になるけど、どうする? 持ち歩くというのはまず不可能よ。いえまぁ、黄金貨やミスリル貨なら持ち運べるけど……そんなのを持ってると知られたら、間違いなく狙われるわよ?」
「でしょうね」
イオも買い物であったり、色々と話をしたりして、貨幣の価値は理解している。
鉄貨が十円、銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が十万円、黄金貨が百万円、ミスリルがか一千万円といったところだ。
何故銀貨と金貨の間にそこまでの差があるのかは分からないが、とにかくイオの感覚ではそのくらいの価値なのは間違いなかった。
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