第23話

 隕石は売れる。

 そう判断したイオだったが、それを商品として商人になれるかと言われれば、正直なところ難しいだろう。

 具体的にどのような隕石が降って来るのかは、それこそイオが実際に流星魔法を使ってみないと分からない。

 そうである以上、ある意味で運に左右されるということになる。

 また、商人をやるということは、当然ながら商人ギルドに登録をする必要があるだろう。

 それで本当にいいのか? と自分の心に尋ねると、それに対して素直に了承をするといったようなことが出来ない一面もあった。

 そうである以上、商人としてやっていけるかどうかは一旦棚上げし、それで他に自分が何を出来るのかといったことを考え……武器屋を出たイオが向かったのは、ギルド。

 商人ギルドではなく、傭兵や冒険者のギルドだ。

 柄の悪い者……それこそ、気晴らしでレックスを痛めつけていた黒き蛇に所属するような者たちがいてもおかしくはない場所だけに、若干慎重に建物の中に入る。

 遠距離からの攻撃という点では戦略兵器級の強さを持つイオだったが、近接戦闘となると決して得意ではない。

 それでもゴブリンと行った命懸けの鬼ごっこや、水晶によって強化された精神のおかげで、それなりに戦えるのは間違いない。

 事実、レックスを殴っていた黒き蛇の傭兵は、向こうが油断していたとはいえ、有利に立ち回ることが出来たのだから。

 それでも近接戦闘に自信がない以上、出来ればギルドにいる傭兵や冒険者に絡まれたくはなかった。

 ギィ、と。音を開けて扉を開くとギルドに中に入る。

 ギルドの外からでも聞こえてきたが、中はかなりの騒動になっていた。

 当然だろう。少し前までは、ゴブリンの軍勢が恐らくはドレミナに向かっているという状況だったのだ。

 当然のように、傭兵や冒険者はそのゴブリンの軍勢と戦う為に領主に雇われ、あるいはギルドからの依頼でここに集まっていた。

 だというのに、そこに突然隕石が降ってきて、ゴブリンの軍勢のいる方に落ちた。

 ……正確にはゴブリンの軍勢のいる方ではなく、明確にゴブリンの軍勢に落ちたというのが正しいのだが。

 ともあれ、そんな訳で現在ギルドの中ではこれからどうするのかをギルド職員に聞いたり、あるいは少しでもゴブリンの軍勢についての情報がないかと、多くの者が行動していた。

 そんな中にイオがやってきたのだが、当然ながらギルドにいる多くの者は情報の収集や交換を目的としており、イオに注目するような者はほぼいない。

 それどころか、イオの存在に気が付いている者すら少ない状況だった。


(うわぁ……これがギルドか。かなり騒がしいけど)


 ゴブリンの軍勢や隕石が落ちた件の情報を集めているというのを知らないイオにしてみれば、現在のギルドの光景こそが、普通の光景なのだろうと考えてしまうのは当然だった。


「あ、やっぱり酒場もあるのか。この辺はらしいな」


 イオが日本で見た漫画では、大抵ギルドの中には酒場があった。

 一体どういう理由でそのようなことになってるのかは分からないが、ある意味で王道とでも呼ぶべき光景なのは間違いないだろう。

 そうして酒場に向かうが、酒を飲んでいる者の数はそこまで多くはない。

 傭兵や冒険者の大半は、現在ギルドの方に集まっているからだろう。

 この状況で酒を飲んでいるような者は、何も考えていないお気楽な考えをしている者か、あるいは酔っていても実力を発揮出来るという自信がある者たちだけだ。

 生憎と、イオの目では酒場にいる者たちを見てもどのどちらなのかが分からないが。


(取りあえず、少しでも情報を集める必要があるな。そうなると、酒場の方で何かを頼んで情報を収集する方がいいのか? それともギルドの中にいる傭兵や冒険者たち話を……)


 そう思ってギルドの中にいる傭兵や冒険者を見て、すぐにそれを否定する。


「ああ!? ふざけるな! こっちが先に情報を貰うのが筋だろうが!」

「何を言ってやがる! この前お前のところには譲っただろ! なら、俺たちの方が先に情報を貰うんだよ!」


 そんな言い争いをしている者が、いくつもあったのだ。

 もしこの状況でイオがギルドの中にいる傭兵や冒険者に話しかけるような真似をすれば、間違いなく因縁をつけられる。

 そして因縁をつけられた場合、イオは間違いなく一方的に殴られてしまうだろう。

 イオもそれは理解しているので、その手段は止めておく。


(やっぱり酒場だな。……ん?)


 酒場に向かおうとしたイオだったが、そんなイオは不意に足を止める。

 ギルドの壁際に男が一人いるのを見てとったためだ。

 それだけなら、本来なら特に何かイオが気にするようなこともなかっただろう。

 だが、イオはそんな男の様子が気になった。

 年齢は、イオよりも少し上……二十歳くらいか。

 顔立ちはそれなりに整ってはいるものの、ソフィアのように絶世のという表現が出来るほどの美貌という訳ではない。

 十人が男を見れば、五人くらいは美形だと判断する……といったような顔立ちだった。

 長剣を持ち、レザーアーマーを装備しているところから、速度を重視する戦い方をするのだろうというのは、容易に……それこそイオであっても想像出来た。

 と、イオの視線を感じたのか、男は視線をイオに向けてきた。

 そしてイオが……それこそこの場に相応しくないようなイオの姿を見ると、笑みを浮かべて自分の方に来るようにと手で支持する。

 全く見知らぬ相手からの手招きだけに、イオとしてはそれを無視してもよかった。

 それでもイオが男のいる方に足を踏み出したのは、男の持つ雰囲気が自分に危害を加えるように思えなかったからか。

 ギルドの中にいる傭兵や冒険者たちの多くが殺気だった様子だったのも、そんなイオの行動に関係しているのは間違いない。

 イオ本人がそれに気が付いているのかどうかは、また別の話だったが。


「やぁ、一体どうしたんだい? ここは君のような人が来るような場所じゃないぞ?」


 男の言葉は柔らかい。

 それが余計にイオを安堵……もしくはリラックスさせる。


「あ、はい。ちょっと傭兵とか冒険者がどういう人たちなのかって気になって」

「妙なことを言うね。まるで傭兵や冒険者を初めてみたような言い方だけど」


 しまった。

 迂闊な自分のミスに、イオは言葉を詰まらせる。

 イオにしてみれば、実際に傭兵や冒険者といった相手と会うといったことは非常に珍しいことだったのは間違いない。

 だが、それはあくまでもイオが日本にいたからこそだ。

 それを隠したい以上、イオとしてはそのことを迂闊に喋るべきではなかった。

 しかし、男はそんなイオの様子を見て笑みを浮かべる。


「別に詮索はしないから気にしなくてもいいよ。ただ、私以外にそういう態度を見せると、色々と突っ込まれることになるだろうから、気をつけた方がいい」

「……ありがとうございます」


 イオとしては、男のその言葉に感謝するしかない。

 今の自分の状況で、下手に突っ込まれたりした場合は間違いなく面倒なことになったのだから。

 それを考えれば、ここで男に会ったのはある意味で幸運だったのだろう。


「その、俺はイオと言います。名前を聞いてもいいでしょうか?」

「うん? ……ああ、そうか」


 イオの言葉を聞き、男は少し戸惑った様子を見せる。

 だが、すぐに困ったように笑みを浮かべて口を開く。


「一応、これでもそこそこ有名人でね。そういう風に改めて名前を聞かれるのは、随分と久しぶりだったんだ」


 そう言う様子に、イオは思わず納得する。

 男の態度には自分が有名人であるという自信過剰な勘違いとは違う、本物が持つ雰囲気というのがあった。

 殺気や気配といったものを感じることは出来ないイオだったが、男の持つ雰囲気はたしかにどこか大物であると納得させるだけのものがあった。


「じゃあ、改めて。私はウルフィだ。ランクBの傭兵だよ」

「ウルフィさん、ですか。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。それにしても……イオは傭兵かい? 冒険者かい? 魔法使いではあるみたいだけど」


 イオの持つ杖を見ながら、ウルフィが尋ねる。

 ウルフィの目から見れば、イオは傭兵にしろ冒険者にしろ、新人のように見えたのだろう。

 そんなウルフィの言葉に、イオは困ったような笑みを浮かべて首を横に振る。


「実はどっちでもないんです。これからどう生きていこうかと思って、その候補に傭兵や冒険者もあるんですけど……ちなみにウルフィさんは傭兵ということでしたが、どこの傭兵団に所属してるんですか?」

「ん? ああ。私は傭兵団に入ってないんだ。ソロで活動してるんだよ」


 その言葉にイオは驚く。

 驚くが、具体的にそれがどのくらい凄いことなのかまでは分からない。

 イオの知っている傭兵団が、黎明の覇者と黒き蛇の二つしかなく、ソロの傭兵を知らないからというのも大きいだろう。


「凄いですね」

「あー……うん。そう言って貰えると私も嬉しいよ」


 凄いと口にしたイオだったが、実際にはその言葉に期待したほどの驚きがなかったことを不思議に思うウルフィ。

 実際、低ランクの傭兵ならともかく、ランクBという高ランクでソロというのはかなり珍しい。

 それを知らないイオだからこそ、こうして取りあえず合わせるように凄いと言っているのだ。

 そんなイオの様子に我慢出来なかったのか、ウルフィから少し離れた場所にいた男がイオに向かって声を荒げる。


「おい、お前! ウルフィさんにそんな態度をとっていいと思ってるのか!」

「え?」


 イオにしてみれば、ウルフィとは普通に話していただけだ。

 何故そんな中でこのように叫ばれるのかと、そんな疑問を抱いてもおかしくはない。

 ギルドにいる者たちの中でも、叫んだ男の近くにいた者たちは一体何があった? と叫んだ男を見て、その男が睨んでいるイオを見ると、面白そうだと思う者であったり、下らないと視線を逸らす者といったようにそれぞれの行動する。

 そのような視線を向けられていると気が付いているのかいないのか、男は眦を吊り上げながらもイオに向かって勢いよく近付いて来るのだった。

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