第22話

 取りあえずレックスの一件が片付いたイオとしては、これからどうするかと考える。

 英雄の宴亭にやって来たのは、あくまでもレックスを黎明の覇者に紹介するためで、イオ本人は今のところ傭兵団に所属するつもりはない。

 というか、今のイオはギルドで登録すらしていない以上、傭兵や冒険者でもなく、ただの一般人でしかないのだが。

 ……ゴブリンの軍勢を一度の魔法で消滅刺せることが出来るというのを、ただの一般人と呼んでもいいのかどうかは疑問だが。

 ともあれ、英雄の宴亭が黎明の覇者の貸し切りである以上、ここにいるのは自分が黎明の覇者に入団したいと思われるかもしれないので、宿からは出た方がいいだろうと判断する。


「じゃあ、ギュンターさん。俺はもうちょっと街中を見てきます」

「そうか? このままここに泊まってもいいんだけどな」

「いえ、それは……」


 正直なところ、英雄の宴亭に興味がないかと言われれば嘘になる。

 イオにとっても、高級な宿というのは一度泊まってみたいという思いがあるのだ。

 日本にいたときも、イオは高級な宿……ホテルの類に泊まったようなことはほとんどない。

 修学旅行で泊まったくらいか。

 同学年の中には、いわゆる地元の名士と呼ぶべき者の子供がおり、その子供は頻繁にホテルで開かれるパーティに参加しているといったような噂を聞いたことがあったが、イオの家は普通の家でそのような経験などない。

 そういう意味では、もしイオがこの英雄の宴亭に泊まるといったようなことがあっても、日本にある高級ホテルの類と具体的にどう違うのかを比べるというのは不可能なのだが。


「この辺りの情報について何も分からない状態で高級な宿に泊まっても、恐らく……いえ、確実にどこが凄いのかといったことが分からなかったりすると思いますし」

「……なるほど」


 イオの言葉には一理あると思ったのか、ギュンターは納得した様子を見せる。

 とはいえ、これは大袈裟な話という訳でもない。

 実際にイオはこの世界における高級宿が一体どのような宿なのかというのを知らないのだから。

 日本では普通に存在したエアコンのような効果を持つマジックアイテムがあれば高級なのか、それとも疲れを一瞬にして癒やすようなマジックアイテムのベッドがあれば高級なのか。

 料理に関しては、高級ということで間違いなく美味い可能性が高く、そういう意味では少しだけ……いや、かなりイオにも興味はあったのだが。

 街中で買い食いした簡単な料理から想像するに、この世界の人間の味覚はイオとそう変わらない。

 これは、イオがこれからこの世界で暮らしていくと考えた場合、非常に大きなことだった。

 日本でも……いや、地球でも国によっては味覚が大きく違い、短期の旅行ならともかく、引っ越しをした先の味付けに慣れず、苦労をするという話はイオも聞いた覚えがあった。

 そういう意味では、味覚がイオとそう変わらないのは間違いなく幸運だろう。


「じゃあ、俺はこの辺で失礼します」

「分かった。……また何かあったら顔を出せ。お前が困っていたら、黎明の覇者は全力で助けるだろう。今回のように、思わぬ拾いものがあるかもしれないしな」


 今の表現からすると、ギュンターはレックスのことをそれなりに認めているらしい。

 話しているときはそのように思わなかったのだが。

 ともあれ、そういう意味では今回イオがレックスを連れて来たのは決して悪くなかったということなのだろう。

 それを意外に思いつつ、イオはギュンターと短く言葉を交わし、英雄の宴亭を出るのだった。






「さて、出て来たのはいいものの……一体どうすればいいんだろうな」


 街中を歩きながら、イオはそんな風に呟く。

 黎明の覇者という傭兵団に誘って貰っているのは嬉しいし、ソフィアという絶世の美女とお近づきになれるというのも、当然ながら嬉しい。

 そして黎明の覇者に入団すれば、自分はそれなりにやっていけるだろうという思いもあった。

 もちろん、今の自分の状態……日本の東北の田舎で学生をやっていたのが、この世界にやって来てゴブリンと命懸けの鬼ごっこをしたくらいの身体能力しかない以上、黎明の覇者に入団すれば最初は体力を鍛えるという意味で全身筋肉痛になるのは間違いない。

 それでも基本的には魔法使いである以上、前線で戦う者たちよりは高い身体能力を求められることはないはずだった。

 そういう意味ではそれなりにやっていけると思ったのだが、それでも黎明の覇者に入ると決断出来ない理由は……やはり、これからどう生きるのかは自分で決めたいという思いがあるからだろう。


「とはいえ……何をやりたいのかと言われれば……ちょっとな」


 日本にいるときは、ファンタジー世界に転移や転生をしたという漫画を好んでいたイオだったが、そのような漫画の王道としては冒険者になるというものだろう。

 だが、この世界においては冒険者というのはほぼ傭兵と同じような意味を持つ。

 そういう意味で、イオが期待していた冒険者とは若干違うようなのだ。

 もちろん、この世界にもイオが期待しているようなダンジョンの類は存在する。

 実際に黎明の覇者もそれなりにダンジョンに潜っており、そこで入手した希少なマジックアイテムやアーティファクトを使っているという話を聞かされてもいた。

 そういう意味では、傭兵も冒険者もそう違いはないのだが。

 そんな風に考えながら歩いていたイオは、不意に道の先に一軒の店を見つける。

 武器を売っている店だ。


(隕石があったら、買い取ってくれるか聞いてみるか。それを抜きにしても、武器とかは見たいし)


 日本にいたときは、当然ながらこのような武器は本やネット、あるいはTVとかでしか見ることは出来なかった。

 周辺の名士と呼ばれていた家には日本刀が飾ってあるという噂を聞いたことがあったが……当然ながら、イオがそのような家に呼ばれるようなことはない。

 ましてや、その家の子供はイオと同じ行動に通っていた生徒だったのだが、とある事件で殺されており、その父親はかなり偏屈になっているという話も聞いている。

 そのような父親がいる家に迂闊に近付けば、一体どうなることか分かったものではない。


(こうして本物の武器を見られるんだから、今はその件については考えなくてもいいか)


 嫌なことは忘れながら、イオは店に入っていく。


「おう、いらっしゃ……なんだ、魔法使いか。うちには魔法使いが使えるような武器はそんなに置いてねえぞ」


 店の中に入ってきたイオを見て、店員がそう言ってくる。

 最初こそは嬉しそうだったが、イオが魔法使いだということもあってか、その口調には不機嫌そうなものに変わる。

 店員にしてみれば、客というのは長剣や槍といったような武器を買ってくれる相手なのだろう。

 なお、イオを見て魔法使いだと判断したのは、持っていた杖のおかげだろう。


「あ、いえ。ちょっと聞きたいことがあって来たんです、構いませんか?」

「ああ? そりゃあ、まぁ……構わねえけど」


 店の中にいる客は数人だけ。

 その数人も店主の顔見知りらしく、特に気にする必要はないと思ったのか、イオの言葉に頷く。

 言葉遣いこそ乱暴なものの、素直にイオの質問に答えてくれる辺り、性格は悪くないのだろう。


「ありがとうございます。で、聞きたいことなんですけど……その、ちょっと前に空から星が落ちてきたのを知ってますか?」

「ああ、当然だろ。いきなりの光景だったからな」


 あ、やっぱり。

 そう思うも、イオはそれが自分のやったことだとは言わずに、言葉を続ける。


「それで質問なんですが、空から降ってきた星って、買いとって貰えたりしますか?」

「あ?」


 イオの口から出たのが完全に予想外の言葉だったのだろう。

 店員の口から出たのは、若干間の抜けた声。

 そしてたっぷりと数十秒沈黙してから、口を開く。


「もしかして、お前があの落下してきた星……隕石を持ってるとか言わねえよな?」


 星ではなく隕石と言い直したことを意外に感じながらも、イオどう答えるか迷う。

 ゴブリンの軍勢を滅ぼした隕石の所有権が誰にあるのか、それはイオにも分からない。

 流星魔法のメテオを使って攻撃し、ゴブリンの軍勢が滅ばされた場所に真っ先に向かったのもイオだ。

 そういう意味では、あの隕石の所有権はイオにあると思っても間違いない。

 とはいえ、それを主張すればそれだけ面倒なことになるだろう。

 具体的には、イオが流星魔法を使えるというのが大々的……とまではいかないが、それでも耳の早い者には知られてしまってもおかしくはなかった。


「いえ、あの隕石が落ちたのを見て、そんな風に思ったものですから。以前鍛冶師の人から、隕石の中には希少金属や、未知の金属があるって話を聞いていますし」

「なるほど。その話は俺も聞いたことがあるな。だが、それはあくまでも噂で、実際に見たことはないな。それに、俺は武器屋の店員ではあるが鍛冶師じゃねえし、この店に鍛冶場は隣接してねえ」

「あ、そうなんですか?」


 武器を売ってるので、この店には鍛冶師がいると予想していたイオだったが、生憎とそんなイオの予想は外れてしまった。

 実際に店に入る前に外からよく見ていれば、この武器屋に鍛冶場を持ってるのかどうか、分かったかもしれないが。

 とはいえ、店の奥に鍛冶場があった場合、それを外から見つけるというのは難しかったかもしれないが。


「まぁ、色々と言ったが……もし隕石を持ってくれば、それなりに高値で買うぜ。ただ、あくまでもその隕石が武器に使える金属があればの話だがな」


 それは、隕石の中に武器として使える金属があれば買い取るということなのだろう。

 イオにしてみれば、自分の流星魔法で降ってきた隕石に金属が含まれているかどうかというのは、分からない。


(やっぱり何度か試してみないといけないな。とはいえ……それをやるためには、ドレミナから出て人のいない場所で使う必要がある。黎明の覇者に協力して貰えば、一番手っ取り早いんだろうけど……これも難しいだろうな)


 流星魔法について思いながら、イオは店員に感謝の言葉を口にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る