第20話

 ギュンターは黎明の覇者の中でもかなりの実力者なのは間違いない。

 それはイオも理解していたし、恐らくは実質的にソフィアに次ぐ地位……副団長的な立場にいるのではないかと思っていた。

 イオは黎明の覇者についてまだそこまで詳しい訳でもないので、もしかしたらもっと別の人員がいる可能性も否定は出来ない。

 出来ないが、現在イオが知ってる限りではやはりギュンターこそがソフィアに次ぐ人物であるというのは間違いなかった。

 そんなギュンターから強い視線を受けたのだから、レックスが後退るのはイオにも理解出来る。

 ……冷静にそう考えているイオだったが、そんなイオも我知らず、いつの間にか後方に下がってた。


「ふん」


 後ろに下がったレックスを見て、ギュンターは鼻で笑う。

 その程度の覚悟なのか、と。


「ぐ……」


 そんなギュンターの様子にここは退く訳にはいかないと判断したのか、レックスは最初に下がっただけで、それ以後は持ち堪える。


「ほう」


 そんなレックスの様子に、ギュンターは少しだけ感心したように呟く。

 黎明の覇者の中でも実力者として知られているギュンターだけに、自分の実力についても十分に理解している。

 そうである以上、自分が視線に力を込めて睨み付けるといったような真似をした場合、ギュンターの視線の圧力は半ば物理的な圧力すらあるのではないかと思えるくらいのものになる。

 そのような視線を向けられても、最初こそ後ろに下がりはしたが、立て直すといったような真似が出来たのだ。

 レックスが踏みとどまったことに感心したり驚いたりとしたのは、ギュンターだけではない。

 ギュンターの周囲にいた者たちもまた、そんなレックスの様子に思うものがあった。

 言葉には出さず、視線でそれなりに見所があるのは? と意見を交わす。

 中には、レックスは自分が鍛えてやりたいと思う者もいた。


「なるほど。能力はともかく、やる気に関しては問題ないようだな。そうなると、これからどうするかだが……いや、その前に改めて聞こう。レックスだったな? お前は黒き蛇に所属していたはずだが、本当に黎明の覇者に所属したいと思っているのか?」

「えっと……はい。出来ればそうしたいです」


 実際のところ、レックスはイオに黎明の覇者を紹介されても自分がそこに所属出来るとは思っていなかった。

 だが、レックスにしてみればランクA傭兵団と話すことが出来るという時点で、イオと一緒に行動してみたいと思うには十分だった。

 もちろん、傭兵団に……英雄に憧れていたレックスだ。

 もし本当にイオが黎明の覇者に紹介してくれて、そちらに移れるというのなら、その機会を逃すつもりはない。

 黒き蛇に所属しているレックスだったが、憂さ晴らしに殴られ、暇だからといって殴られ、何となくといったような理由で殴られる。

 雑用しか出来ないからと、それでも自分は黒き蛇の一員であるということを頼りに生活していたものの、それでも黒き蛇での生活を思えば、それは決して喜ぶべきことではない。

 こうして黎明の覇者の傭兵団……それも見るからに幹部と思われるギュンターを前にしてみれば、そんなことをしみじみと感じてしまうのは間違いのない事実だった。

 だからこそ、ギュンターの言葉にそう返したのだ。


「しかし、黒き蛇というランクD傭兵団でも雑用だったのだろう? そのような者が黎明の覇者に入ってきて、それで傭兵としてやっていけると思うのか?」

「それは……」


 容赦なく言ってくるギュンターの言葉に、レックスは反論出来ない。

 事実、それは決して間違っていることではないのだから。

 黎明の覇者に所属を希望する者の中には、それこそランクB傭兵団で活動していた者や、個人としてランクAやBを持つ傭兵もそこまで珍しくはない。

 そういう意味では、個人としてはランクのGでしかないレックスが黎明の覇者に入るというのは、かなり厳しいのは事実だった。

 なお、傭兵や冒険者のランクというのは、最高のSから最低のGまでの八段階となっている。

 その中でランクGというのは、傭兵や冒険者になったばかりの者が得られるランクだ。

 レックスはギルドで登録してランクGの傭兵となってすぐに黒き蛇に所属することになり、そこからはずっと雑用だけをさせられていたこともあり、個人としてのランクが上がることはなかった。


「それでも、僕は黎明の覇者という最高の傭兵団で自分の力を試してみたいんです!」

「……なるほど。どうやら決意は固いようだな。分かった」


 レックスの言葉にギュンターは頷く。

 ……実際のところ、冷たい態度をとっていたものの、ギュンターはレックスを拒絶するといった気持ちはなかった。

 その理由は、当然イオを自分たちの仲間に引き込むためだ。

 イオの能力を惜しんだソフィアは、イオを何としても黎明の覇者に引き込もうとしている。

 ギュンターもゴブリンの軍勢を一人で……それも魔法を一度使っただけで壊滅させたイオは、どうにかして引き入れたいというソフィアの意見には賛成だった。

 だからこそ、イオが連れて来たレックスが黎明の覇者に所属するようなことになれば、イオもそう簡単に黎明の覇者から離れられないでのではないか。

 そんな打算があったのは事実だが、それでもレックスが思ったよりも根性があり、拾いものだったのは間違いなかった。


「分かった。レックスは黎明の覇者で受け入れよう。黒き蛇に関しても、こちらで手を打つ。何か持ち出す道具はあるか?」

「え? そ、その……部屋にある着替えとかそういうのくらいです」

「……武器の類はないのか?」


 呆れた様子で告げるギュンター。

 仮にも傭兵団に所属していたというのに、武器の類を持ってこなくてもいいのかと、そう言いたいのだろう。

 だが、ギュンターのそんな呆れの言葉に、レックスは恥ずかしそうにしながら口を開く。


「お前はどんくさいんだから、武器を持っていれば間違って味方を攻撃すると言われてしまって……それで、武器の類は持たせて貰えませんでした」

「それは、また……ちなみに一応聞くが、実際にそのようなことがあったのか?」


 念のためといった感じで尋ねるギュンターだったが、そんなギュンターの言葉にレックスは何も言えずに視線を逸らす。

 それを見れば、実際にそのようなことがあった可能性は高いと、そう思ってしまうには十分だった。

 ギュンターにとって、レックスのその言葉は衝撃を受けるには十分なものだ。

 ギュンター本人は戦いに才能があり、味方を攻撃するといったようなことはした覚えがない。

 また、黎明の覇者に来る者は当然のように才能がある者ばかりで、イオの件があってもレックスを本当に入れてもいいのか? と、思ってしまうには十分だった。

 ギュンターと一緒に座っていた者たちも、先程までは自分がレックスを鍛えたいと言っていたのが嘘のように驚きの表情を浮かべている。

 当然だろう。ここにいる以上は、ギュンターほどではないにしろ、相応の技量を持つ者たちだ。

 戦いの中で味方に攻撃が命中するなどといったようなことは……何らかの連携の際にミスをして、といったようなことはあるかもしれないが、レックスのようなことはまずない。

 だからこそ、レックスのその言葉に今のような反応を見せたのだ。


「そこまで不器用と……いっそ弓? いや、弓で味方を誤射したら、目も当てられない」


 その言葉に、イオは日本にいたときに何かで聞いた『一発だけなら誤射かもしれない』といった言葉を思い出す。

 とはいえ、実際に誤射された方にしてみればそれは洒落にならないことだろう。


「これは……いや……」


 ギュンターにしてみれば、普通ならとてもではないがレックスを黎明の覇者に受け入れるといったような真似は出来ない。

 だが、レックスの存在によってイオを黎明の覇者に引き入れようという狙いがある以上、このまま放り出すといったような真似をする訳にもいかない。

 であれば、レックスをどうにかして何かに使うといったように考える必要があるのだが……


(高い回復能力持ちというのを上手く使えば……攻撃が苦手となると、遠距離からの弓を使った攻撃も到底無理だ。だとすれば……)


 ギュンターは考えながらイオに視線を向け、ふと気が付く。


(イオの流星魔法は強力極まりないが、言ってみればそれだけだ。つまり、接近されたらどうしようもない。いずれは鍛えるとしても、最初のうちは……そしてレックスは高い回復能力というスキルがある。だとすれば、いけるか?)


 このとき、ギュンターの頭の中にあったのは、防御専門の盾役というものだった。

 黎明の覇者の中にも、当然のように前線で戦うときは敵の攻撃を防ぐための壁役はいる。

 いるのだが、それでも普通は盾役もこなしながら攻撃をするというもので、本当の意味で完全に防御に特化した存在というのは珍しい。

 だが、レックスは高い身長とがっしりとした身体をしており、それでいて回復能力が高いのだから、イオを守る盾役としては申し分がない。

 ギュンターにしてみれば、イオという存在は強力無比な攻撃力を持っているものの、防御力や近接戦闘の技術は人並み以下――あくまでも黎明の覇者の傭兵の基準として――でしかない。

 そうである以上、防御特化の存在をイオの側に置いておくのは、悪い話ではないはずだった。


「レックスだったな。これは提案だが、防御に特化した壁役になるという気はあるか?」

「え?」


 ギュンターの口から出たのは、レックスにとっても意外な言葉だったのだろう。



 いや、それはレックスだけではなく、ギュンターの側にいる他の傭兵たちにとっても同様だった。

 防御に特化した壁役というのは、それだけ大きな衝撃を与えたのは間違いない。

 誰であろうとも、防御だけに特化した……攻撃をしないといったような存在には、なりたいとは思わない。

 敵の攻撃に耐えるだけというのは、それだけの恐怖をもたらすのだから。

 イオもまた、それは難しいのでは? と思いつつ、味方に間違って攻撃するような不器用さを考えれば、それも悪くないのでは? と他人事のように考える。

 実際、イオにしてみればまだ黎明の覇者に所属すると決めた訳でもなかったので、他人事なのは間違いなかったが。

 そしてイオがどうするのかとレックスに視線を向けると、レックスは悩んだ様子を見せつつ、やがて口を開く。


「やります。それで黎明の覇者に所属出来る傭兵になるのなら……お願いします」


 そう、頭を下げるのだった。

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