第19話

 レックスと共に、イオは街中を歩く。

 とはいえ、そんな二人の様子はそれなりに目立った。

 ……いや、正確には二人のうちイオは杖を持っているので魔法使いと見られてはいるのだが、そこまで目立っている訳ではない。

 やはりここで目立っているのは、イオの隣を歩くレックスだった。

 レックスは身長二メートルほどと、かなり大きい。

 十代後半といった年齢である以上、もしかしたらまだ大きくなる可能性もあるが……その雰囲気からか、どこか鈍重そうな印象を受けるのだ。

 そんなレックスだったが、顔には見るからに暴行されたと思しき痕跡があり、口からは血も流れている。

 そのような者がイオと一緒にいるのを見れば……あるいは、イオがレックスを痛めつけたのだと、そんな風に思われてもおかしくはない。

 それでいながらイオを責めるような視線が少なかったのは、イオとレックスの間にある身体の大きさの違いが影響しているのだろう。

 イオもまた小柄といった訳ではないが、レックスと比べると明らかに小さい。

 その上、鍛えていないというのは身体付きを見れば分かる。

 イオにとってそれは面白くないものの、そのために自分がレックスを痛めつけたといった訳ではないと見なされるのは正直助かる。

 ……もっとも、いくらイオが非力でも手にした杖を使って殴れば十分に相手を痛めつけられるので、疑惑の視線を向けている者もいるのだが。


「大丈夫か?」

「はい、まだちょっと痛いですけど、このくらいの痛みは慣れているので特に問題ありませんから」


 レックスの口から出たのは強がりでも何でもなく、実際にレックスの足取りは特に問題ない。

 そんなレックスの様子に安堵しつつ、イオは歩く。


「僕のことはいいですけど……本当に大丈夫なんですか? このまま行っても、黎明の覇者が僕を受け入れて貰えるんでしょうか?」


 こうして歩いていると不安に思えてきたのか、レックスが恐る恐るといった様子でイオに尋ねる。

 イオにしてみれば、黎明の覇者というのは自分が唯一知っている傭兵団であり、自分をスカウトしてきた相手でもあるし、ゴブリンの軍勢の魔石や素材、武器といった諸々を買い取ってくれた……それも普通に商人に売るよりも高く買い取ってくれた相手だけに、好感度は高い。

 ソフィアと親しくしているイオに嫉妬の視線を向ける者もいたが、ソフィアの美貌やカリスマ性を考えるとそれは仕方がないだろう。


「何度も言うようだけど、レックスが受け入れられるかどうかは、それこそレックス次第だと思う。俺が出来るのは、あくまでもレックスを黎明の覇者に紹介するだけだ。それでレックスが受け入れられたら、黒き蛇から黎明の覇者に移ってきたらいいだろ」

「それは……うん。そうなるといいんですけど……本当にそんな風になりますか?」

「俺が思うに、レックスの悪いところはその自信のなさだと思う。性格はすぐに変えるって訳にはいかないけど、それでもレックスの持つ回復力はかなり凄いと思うぞ」


 会話を交わしながら歩き続ける二人。

 レックスは怪我をしている割には足取りもそれなりにしっかりとしており、イオも改めてこのような状況だったら問題はないなと、そう判断する。

 そして……やがて英雄の宴亭に到着する。


「え? ……こんな高級宿に……さすが黎明の覇者……」


 レックスは、まさかこのような高級宿に来ることになるとは思っていなかったのか、かなり驚く。

 イオもこの宿がドレミナでも最高級の宿であるというのは知っていたが、レックスがここまで驚くというのは、さすがに予想外だった。


「ランクA傭兵団なんだから、このくらいの宿に泊まっていてもいいんじゃないか?」

「それは……」


 この辺は、やはりまだこの世界についての常識を完全には知らないイオらしいのだろう。

 しかしイオが異世界からこの世界にやって来たと知らないレックスは、改めてイオがどのような存在なのかと疑問に思う。

 イオが一体どのような存在なのか、レックスには全く分からない。

 だからこそ、レックスはただイオの顔を見るといったような真似しか出来なかった。


「それより、ほら。さっさと中に入るぞ。いつまでもここにいて、黒き蛇の連中に見つかったら面倒だろ?」

「あ……はい」


 面倒が起きるという言葉は、レックスにとっても決して否定するような真似は出来ない。

 それなりのランクを持つ傭兵団だったが、黒き蛇に所属するのは乱暴者が多いのは間違いないのだから。

 その乱暴さが戦いの中で大きな力となり、攻勢が得意なのもまた事実なのだが。……逆に防戦の類は苦手なのだが。

 だからこそ、レックスが黒き蛇では到底泊まることが出来ないような高級宿の前にいて、さらにはそこに泊まっている自分達よりも格上……それも少し格上といった訳ではなく、圧倒的に格上の黎明の覇者と会うのは、黒き蛇の傭兵たちにしてみれば絶対に許容出来ないことだった。

 それが分かっているからこそ、レックスは早く中に入った方がいいというイオの言葉を聞いて、即座に頷く。


「入りましょう」


 レックスの言葉に頷き、イオとレックスは宿の敷地内に入る。

 すると高級宿だから当然なのかもしれないが、扉の前には宿に雇われた護衛らしき者がいた。

 一瞬止められるかも? と思うイオだったが、幸いにも止められることはなく、宿の中に入ることが出来た。

 これは黎明の覇者が護衛にイオの存在について話を通していたからというのが大きい。

 レックスは当然ながら話を通されていなかったが、イオと一緒だということで見逃されたのだろう。

 レックスは緊張した様子で宿の中に入る。

 英雄の宴亭という最高級の宿に入るのもそうだが、そこでこれから自分が会うのはランクA傭兵団の黎明の覇者だ。

 憧れから傭兵になったレックスにしてみれば、黎明の覇者はヒーローのような存在なのだろう。


「うん? イオか。そっちのは……一体?」


 宿の中に入ると、受付の側にあるソファで何人かの傭兵と話をしていたギュンターがイオの存在に気が付き、声をかけてくる。

 そしてイオの隣にいるレックスが見て分かるほどに怪我をしていることに、眉を顰めた。

 顔を顰めているのはギュンターだけではなく、一緒に話していた他の傭兵たちも同様だった。

 戦いが仕事である以上、当然のように戦闘訓練は激しい。

 ましてや、ここにいるのはその辺の傭兵団ではなく、黎明の覇者だ。

 その戦闘訓練、特にゴブリンの軍勢のいた場所までやって来た精鋭たちの闘訓練は、普通ならとてもではないがついていけないほどに激しく、厳しい。

 それでも訓練中に怪我をすればポーションであったり回復魔法であったりで治療するので、あとに残るといったようなことない。

 それに比べると、レックスの顔にある怪我は思わず眉を顰めてしまう。


「街中を見ていたら、こいつ……レックスが暴行を受けてる場面に出くわしたので、助けました」

「なるほど」


 ギュンターはイオの言葉を素直に信じる。

 ゴブリンの軍勢との戦いの場でイオと会ってから、それなりに会話もしてその性格を理解していた。

 もちろんイオの全てを理解した訳ではないが、それでも何もしていない相手を一方的に痛めつけるといったような真似をするとは思えない。

 ギュンターと一緒にいた者の何人かはイオとまだほとんど話していないので、そこまで素直にイオの話を信じてもいいのか? と疑問に思ったものの、ギュンターが納得している以上はイオの言葉を疑ったりは出来ない。

 イオはギュンター以外から疑惑の視線を向けられているのに気が付いてはいたが、それを口に出したりといったような真似はしなかった。

 自分が色々な意味で怪しいのは、本人が一番理解していたのだから。

 それでもギュンターが何も言っていないので、他の傭兵たちが実際に何かを言ったりするといったような真似はしない。


「それで、イオが助けたのは分かった。だが、何の為にその者を連れてきたんだ? 回復魔法を使うのなら、準備はするが」

「そうして貰えると嬉しいですけど、それ以外にもちょっとこのレックスからの話を聞いたら、悲惨すぎて……」

「悲惨? 一方的に殴られていた意外にも何かあったのか?」

「はい。レックスは黒き蛇というランクD傭兵団に所属して雑用とかをやらされていて、非常に高い回復力を持ってるという理由で、他の傭兵達の鬱憤晴らしの道具になっていたんです」


 イオのその言葉に、ギュンターの眉が微かに顰められる。

 それはギュンターだけではなく、他の者たちも同様だ。

 だが、逆に言えばイオの言葉で引き出せたのはそれだけでしかないのも事実。


(あ、これはちょっと難しいかも)


 てっきりレックスの現状を話せばすぐに助けてくれる……とまではいかずとも、多少なりとも同情的になるのではないかと思っていたのだ。

 だが、レックスの話をしたところで引き出せたのは眉を顰めた程度でしかない。

 これはとてもではないが、レックスを黎明の覇者に入れて欲しいとは言いにくい。

 言いにくいのだが、それでもレックスのことを黎明の覇者に紹介すると言って連れてきた以上、イオとしてはここで退く訳にもいかなかった。


「その、それでですね。もしよければこのレックスが黎明の覇者に入団出来るかどうか、試して欲しいのですが。……駄目でしょうか?」

「そう言われてもな。聞いたところでは、レックスは雑用なんだろう? 黎明の覇者において、雑用はかなりの人数がいる。もちろん、その雑用たちもずっと雑用をしている訳じゃない。暇を見ては身体を鍛え、武力を鍛え、スキルを鍛え、場合によっては魔法を鍛えている」


 それはつまり、雑用の者たちは黎明の覇者の準団員とでも言うべき地位にあるということを意味していた。

 そう言えば……と。イオはゴブリンの軍勢から入手した武器について思い出す。

 ランクA傭兵団の黎明の覇者が、ゴブリンの持っている武器を自分から買ってどう使うのかと。

 そのときに、訓練をしている者たちが使うという話を聞いた覚えがある。

 それはつまり、雑用をしている者たちのことを言っていたのだろう。


「それでもいいのなら一応受け入れてもいいが……どうする?」


 ギュンターの視線を向けられたレックスは、その眼力に思わず後退るのだった。

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