共喰

各務ありす

きょうしょく

同じクラスの結城くんが事件に巻き込まれたらしい。2年A組の朝は、そんな話題で持ちきりだった。

私は昨日の夕方に家を訪ねてきた彼と話をしたが、その後に巻き込まれたということだろうか。

もしかしたら、私の家などに来ていなければ、事件なんかに巻き込まれるなんて、なかったかもしれないのに。

後ろめたい気持ちでいっぱいだったが、このことをクラスメイトに話すわけにはいかない。疑われるか、関係を冷かされるかのどちらかだ。


彼が昨日家に来た用件は、新しいレシピを思いついて作ってみたから味見してほしいというものだった。

結城くんとは1年生の頃から友人としての付き合いがあり、特に趣味の料理の話で盛り上がったものだ。お互いの味見係をつとめるのは、家が近いのが一番の理由だ。彼の家は道路を二本挟んだ通りにある。ご近所さんである。


私が彼のことを考えていると、担任の先生が厳しい表情で入ってくる。私はヒヤリとした、結城くんは大怪我しているのかもしれない、こんなこと言いたくないけど、亡くなったとか、そんな知らせだったら、どうしようと。


「結城のことだが、彼は事件に巻き込まれたわけではない。詳しいことは伏せるが、親御さんによると、自殺の可能性が高いとのことだ」


自殺?なんで結城くんが自殺?事件なんかよりよっぽど私の心に響いてくる事実だった。

このことを詮索しないように、と釘をさしてから担任は出席を取り始めた。結城くんの名前は、とばされていた。

安否くらい教えてくれてもいいではないか、と悪態をついて、私は1時間目の用意に取りかかった。


休み時間も昼休みも放課後も、クラスメイトたちは結城くんの話題を避けているようだった。

家に帰る前に、彼の家を少しだけのぞいてみようと思う。私にはその権利があるはずだ。



結城くんの家の前に来た。が、カーテンは閉まっているし、電気も消えている。ご家族も不在らしい。そうか、それほど重体なのか、と落胆したと同時に考える。彼はクラスでも人気者で友達も多いし、ご家族ともうまくいっているように見えた。そんな彼がなぜ自殺に踏み切ったのか、それが不思議だった。


仕方なく自分の家に帰ることにした。ここにいても、何も得られない。……家の前に人影がある、誰だろう?足音をひそめて近づき、電信柱の陰からうかがう。髪をひとつにまとめて、水色のカーディガンを羽織っている。見覚えがあった。

それは、結城くんのお母さんの後ろ姿だったのだ。


「あの、私に用でしょうか」

物陰から出て、その背中に声をかけると、彼女が振り向く。私の顔を見て、ほっとしたように微笑んだ。

「突然ごめんなさいね」

「いえ、えっと……」

「あの子からあなたに渡してほしいって頼まれたものだから」

そう言ってバッグから封筒を取り出して、私の方へ差し出す。私は受け取って、頭を下げる。

「あの子ね、実は───」


その後のことは覚えていない。

彼からの手紙に「取り返しのつかないことをしてしまった。君が僕と同じ病気になってしまえばいいと、ふと思ってしまったんだ」とあったことは覚えている、


そして、昨日味見した料理が、その時は言えなかったけど、


なんだか変な味がしたということを。

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