「もしもしオタクくーん? 今から君の大切な彼女を無茶苦茶にしちゃいまーす!」って彼女のいない俺にビデオ通話がきた。

kattern

第1話

 明日に迫った取引先へのプレゼンのため、俺と中野部長は二人っきりでレンタル会議室に籠もって討議していた。


 相手は阪内でそこそこ名前の知られたレジャー用品メーカー。

 中野部長の得意先のそこは、自社製品のIT関連業務を俺たちに回してくれる。

 金払いも納期設定も余裕がある、かなりの優良顧客だ。


 そんな取引先が、かなりの裁量をこちらに持たせて商品付属アプリケーションの開発案件を任せてくれた。今回のプレゼンはその方向性を決めるためのものだ。


 ぶっちゃけ、既に話は決まっておりそこまで力を入れる必要はない。

 なのだけれど――。


「これではダメだよ奥津くん。私との関係で仕事は取れるけど、先方は君の実力だと思ってくれない。君を信用してくれないよ。もっとお客さまを感動させないと」


「……はい! 中野部長!」


 この案件を機に中野部長は得意先とのやりとりを俺に引き継ぐ。

 前線から離れて経営に専念するつもりだった。


 そのためにも、俺がここで頑張って得意先に顔を覚えて貰わなくてはいけない。

 好印象を与えて安心して任せて貰えるようにならなくてはいけないのだ。


 正直、俺は仕事が好きな人間ではない。

 お給料貰える程度にやっていればいいが心情だ。

 けれども中野部長が関わってくるなら話は別。


 部長には俺が入社してからとてもよくしてもらっている。こんな風に個別指導で手取り足取り教えて貰ったことなど数え切れない。

 今日も俺のプレゼンのためにレンタル会議室まで押さえて付き合ってくれる。


 それだけ部長は俺に期待してくれているのだ。

 その期待に、男として応えたい。


「中野部長。俺、絶対に今回のプレゼン成功させます」


「うん。君のそういう真っ直ぐな心意気を私も買っている。だからこそ、私の得意先を君に引き継いでもらおうと思ったんだ。大丈夫、君ならできるよ」


 社内で仏の中野と呼ばれている部長の笑顔がこちらに向く。

 この笑顔のためなら俺は頑張れる――。


 そう思った時、俺のスーツのポケットでスマホが震えた。


「……あ、すみません部長、こんな時に」


「いいよいいよ、日中だからね。もしかしたら取引先からかもしれないし、すぐに出た方がいいよ。私のことは気にしなくていいから」


 知らない番号。

 ビデオ通話。

 そして止らない着信。


 少し迷ったが、確かに部長の言うとおりだ。もしかすると、個人的にスマホの電話番号を教えた、仕事の関係者からかもしれない。


 失礼しますと俺は部長に頭を下げるとレンタル会議室を出る。

 そして歩きながら通話ボタンを押下した。


 表示されたのは暗い室内。

 ベッドの上に寝転がっている男女の姿。

 男は金髪。スポーツサークルの大学生といった感じ。

 女も金髪ロングの黒ギャル。タイトなスカートに網タイツ、胸元を見せつけるように開かれたパーカーという、AV女優のような格好をしていた。


 思わず俺の喉が鳴る。


 これはなんだ。

 どういうことだ。


 いったい、何が起こっているんだ――。


「もしもしオタクくーん? 今から君の大切な彼女を無茶苦茶にしちゃいまーす!」


「……いや、俺に彼女はいないが?」


「……え?」


「え?」


 赤の他人から寝取られビデオ通話がかかって来た件について。


 普通かけ間違えますかね、そんな大事な電話。

 そこはちゃんと確認してから電話をかけましょうよ。


 おかしいやろ。


 電話をかけ間違えたのに気がついた彼らは、すぐさまベッドから飛び退いた。

 そのまま女の子は画面の外へとフェードアウト。スマホを持っていると思われる男だけが申し訳なさそうに脂汗を流していた。


 そして男は少しの逡巡の後――。


「すみません。電話番号間違えました。許してください。この通りです」


「電話から屈服までの流れが速すぎない?」


 電話をどこかに置くと、それに向かって深々と土下座をしてきたのだった。

 なんとも素直な反応と律儀な対応する寝取り男だった。


 その誠実さに俺の情緒は滅茶苦茶だ。


 普通に「やっべ間違えた」とか言って切りゃいいだろ。

 逆に気まずいわこんなん。


「すみません、俺ってばスマホ詳しくなくって。ビデオ通話も今日はじめて使ったんです。何度かオタクくん――よしおって言うんですけどね。アドレス帳からかけてみたんですけど繋がらなくって。それで、番号直打ちでかけてみたんです」


「相手がアプリ設定してないと、かけられないんだよビデオ通話ってのは」


「やっぱ俺がAndroid端末で、よしおがiPhoneだからとかですかね?」


「人の話をちゃんと聞けや。というかその程度の理解でよく頑張ったと逆に褒めてやりたいわ。いや、待て、そもそも寝取った彼女のスマホと違うんかい、これ」


 俺のっすねとなんでもない風に言う寝取り男。


 お前、何が俺のっすねだ。

 寝取った相手に復讐されるぞ。

 証拠残してどうする。


 ほんとガバガバだなこの寝取られビデオ通話。

 やる気あるんかい。


「いや、よしおは俺の幼馴染で、大学も一緒のマブなんすけどね」


「勝手に喋りだすなや。そっちが幼馴染なんかい。いや、そういう設定もあるけど」


「そいで、さっきのギャル――けいこちゃんって言うんすけど」


「ちょっと! たかしくんやめてよ! 個人情報漏洩だよ!」


「あ、ごめんごめん。えっと――少女Aと最近なんかいい雰囲気で」


 よしおとたかしとけいこだな。

 よし、覚えたぞ。もう名前は覚えたからな。

 これ以上トンチキ言うようだったら、お前らの名前を添えてこのビデオ通話のスクリーンショットをSNSに放流するからな。


 あと無防備に番号表示してんじゃねえよ。

 これも晒すからな。掲示板に「マヌケ寝取り男たかしくんのアドレス! 気軽に凸してあげてね!」って、煽り文句添えてて晒してやるからな。


 クソバカが。


 というか、なんで人生相談みたいな流れになってんの。

 寝取られビデオ通話からはじまるお悩み相談ってなんなんだよ。

 もっとエロい展開にしてくれよ。


 なんもはじまらねーじゃん、こんなのさぁ!


 もう切れないけれどさ!

 話を聞いちゃって、切れない流れになってるけれどもさ!


 ちくしょう!


「それで、二人ともいい感じなんだけれど、よしおの奴が奥手なもんで。ここはひとつ俺が悪者になって二人の関係進めちゃおう的な?」


「的なじゃねえよ。普通に恨まれるわ寝取ったら」


「いや、よしおマジでいい奴ですから。俺が小学生の頃、ウンコマンってあだ名つけられていじめられた時も、一人だけ守ってくれたっすから」


「その友情を大事にしてやれよ!」


「だって仕方ないじゃないっすか。よしおの趣味がこういうのなんだから」


「現実と虚構を区別できないのにそんなの見ちゃだめ! 子供か! バカ!」


「いやだな。マジでする訳ないっしょ。フリっすよフリ。ほら、よく漫画にも書いてあるじゃないですか――ゴ○してたら浮気じゃないって?」


「お前はもうエロ漫画を読むな!」


 俺はこんこん切々とたかしくんに説明した。

 世の中の仕組みと、男と女の関係と、友情の大切さを語った。

 大人の世界では時に「ゴ○してたら浮気じゃない」という理論は成立するが、それは君たち前途ある若人には早い話だと念押しした。あと、エロ漫画雑誌に載ってる情報で唯一信頼できるのは、巻末のギャグ漫画の内容だけだとも。


 最後に、こういうことは当人同士の気持ちが大事だから、たとえじれったくても周りの人間がやさしく見守ってあげるのが大切なんだと、俺は話を結論づけた。


 バカだが根はいい奴なんだろう。

 たかしくんは最後涙目になって、俺の言葉にうんうんと頷いてくれていた。

 少女Aも、見切れていたが画面の端でうんうんと首を振っているのが分かった。


「ありがとうございます、お兄さん。俺、間違ってました。よしおとけいこちゃんのこと、これからは近くで見守っていきます」


「そうしてあげなさい」


「マジサンキューっす! またなんかあったら相談しますね!」


「にどとかけてくるな」


 ビデオ通話を切ると同時に俺はため息を吐く。

 クソ無駄な時間を過ごしてしまった。


 明日プレゼンだってのに、いったい何をしてるんだよ、俺は。

 中野部長だって待たしているっていうのに。


「そうだ、中野部長」


「終わったかい奥津くん?」


「うわぁっ!」


 ひょっこりと会議室から顔を出した中野部長がこちらを見ていた。

 にこにことこんな時でも仏の中野フェイス。かなりの時間を待たせてしまったというのに、その表情には怒りの感情は少しも見えない。


 ただ、まぁ、ちょっといつもより顔が意地悪だ。


 これはまさか――聞かれていたのか、さっきの会話を?

 いや、これは聞いてるな、間違いなく。


 どうしよう、恥ずかしい。

 いや、そういう問題じゃないよねこれ。

 会議中に寝取られビデオ通話とか、普通にセクハラ案件だよ。


 いや、やらしいことはなんもなかったけれど。

 これっぽっちも。


「いやぁ、青春だねぇ。若いっていいねぇ。ちょっときゅんきゅんしちゃったよ」


「そうですか? 俺は殺意しか湧きませんでしたけれど?」


「実はね、私も持っているんだよ、寝撮り動画を」


「……え?」


 そう言って、中野部長が自分のiPhoneを取り出す。あったあったと言って、彼女はその画面を俺に向けた。


 そこにはなんと、あられもない――。


『うーん、中野部長しゅきしゅき、上司なのにマジで可愛い。こんな優しくされたら恋しちゃうよぉ。結婚して俺が幸せにしてあげたい。ほぁー!』


「奥津くんの深夜オフィスでの痴態がほらくっきりと」


「……うそん」


 机をびちゃびちゃにしながら恥ずかしい言葉を言う俺の姿が映っていた。


 あ、これ、昨日二人で一緒に資料を直していた時のだ。

 仮眠とったけど、寝言でこんなこと言ってたの俺。


 部長への恋心モロバレじゃん。


「どうする奥津くん? いつ結婚する?」


 そう言って、俺のおっとりお姉さん系爆乳やさしみ上司はエッチに微笑んだ。


【了】

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