第3話 ぼく、知識チートしちゃいます
「……ん、そろそろ大丈夫かしらね♪」
「うん、アイナママ♡」
ぼくのおでこに自分のおでおをくっつけながら、アイナママがいってくれた。
アイナママの看病のおかげで、ぼくの熱はすっかり下がっていたんだ♪
「うん、これで一安心ね♪」
「うふふ、クリスがよくなって……ママは嬉しいわ♡」
「ご、ごめんね? アイナママ……しんぱいかけちゃって」
「もう……昨日からクリスは謝ってばかりね? どうしちゃったのかしら?」
「え、ええと……ぼ、ぼくだってもう、一人前だし?」
「うふふ、そうだったわね♪」
一人前……というのは、ぼくが熱を出した日が、誕生日だったから。
ぼくの歳は、現代日本ならまだまだ子供あつかいだけど……
この異世界では、お外で働くことが認められる歳なんだ♪
じっさい、冒険者ギルドに登録できるのも、この歳からって聞いたことがある。
「じゃあ一人前のクリスには、ママのお手伝いをしてもらいましょうか♪」
「うんっ アイナママ♪」
◇◆◆◇
ぼくが住んでいるこの村は、300人くらいの人たちがいる小さな村です。
そこでアイナママは、村の神殿で神官をしています。
そのお仕事は、毎日の朝夕のおつとめに、ときどき特別な祭事もあるみたい。
それに加えておうちの主婦のお仕事もあるし…ホント頭があがりません。
(うん♪ やっぱり神官服をきて、ベールをつけたアイナママはステキだなぁ♡)
まるでマントのような長いベールは、高位神官の証だそうです。
アイナママは【慈愛の聖女】、最高位の神聖魔法の使い手だったんだ♡
「うふふ~♪」
魔王討伐のあと、アイナママはそれまで住んでた王都をはなれて……
いまは田舎のこの村の、いち神官をしてる。
(そしてこの村の人たちは……)
(そんなアイナママをとっても尊敬してくれてるんだ~♪)
とまぁ、そんなすごいアイナママだけど──
「あ、アイナママぁ ぼく、自分でできるから」
「ダメです、そういってこの前、リボンが曲がっていたでしょう?」
「あぅ」
アイナママはそういって、ニコニコしながらぼくの髪にクシを入れてくれる。
ボクの髪は長くて、腰のあたりまであるからお手入れがたいへん!?
なのに…
「ね、ねえ? アイナママ」
「なぁに? クリス♡」
「ぼくの髪、もうすこし短く切ったら──」
「クリス?」
「は、はひっ」
「クリスの髪はこんなにきれいなんだから、切ったらもったいないでしょう?」
「で、でもぉ」
「だからもし、クリスが髪を短くなんてしたら──」
「し、したら……?」
「ママは毎日泣いて過ごします」
「なっ!?」
「なのにクリスは、ママを泣かせるようなこと……しちゃうの?」
「し、しないよっ!? そんなこと!」
「まぁ、クリスは優しい子ですね♡」
「あうぅ……」
そうやってアイナママがいやがるから……
ぼくはずっと髪を短くさせてもらえないんだ!?
(ただでさえぼくは背が低くて細いから……)
(女のコにまちがえられやすいのにぃ)
でも、ぼくはアイナママのことが大好きだから、
泣かせちゃうようなことはぜったいしたくない。
(だからはやくおおきくなって、りっぱな男のコになりたいんだ!)
(そしてぼくは、そんなアイナママのおてつだいをしたい!)
いままでは、おうちの中のお仕事しかてつだわせてもらえなかったけれど……
一人前の歳になったからには、お外のお仕事も、てつだわせてもらいたい!
(そしていまのぼくは、勇者──というか、現代日本の知識がある!)
そう、現代日本の知識は異世界では【チート】だ。
べんりな道具を再現したり、とびきりおいしい料理で王侯貴族を驚かせたり。
日本でそんな小説を読んだことがある。
(よぉぉぉし! やるぞぉぉぉっ!!)
ぼくはやる気に燃えつつ、
そのお仕事のおてつだいに、お出かけしたのでした♪
◇◆◆◇
「きゅうぅぅぅ……」
(こ、こんなにアイナママのお仕事が忙しいだなんて──うきゅぅ)
アイナママのお仕事は──
それこそ緊急時のほかは【雑事】と呼んでいいモノがほとんどなんだけど……
じっさいにおてつだいをしてみれば、とにかくその雑事がぜんぜん切れない!?
しかもアイナママは、それをいくつもいくつもマルチタスクでやっていて……
(赤ちゃんのいる主婦って、こんな感じって聞いたことあるけど……)
(ボント名もないようなおしごとが多すぎ!?)
(しかも、この村はお医者さまも薬師もいないからなぁ)
だからアイナママは、村人がケガをすれば魔法で回復させ、
村人が病気になれば、薬を作ってて飲ませ、何度も回復魔法をかけ続け、
さらに読み書きのできない人にかわって、
手紙や書類の代筆・代読をしたりと──
それはもう、とてもいそがしいお仕事をこなしていた……
(知識チート? そんなのはヒマがないと、まるでつかえないよぉ)
そして、情けなくもぼくは、クタクタになってしまって……
おうちまでの帰りみちを、アイナママにおんぶしてもらってますぅ。
「ごめんなさいね? クリス」
「ついあなたが病み上がりだというのを、失念してしまって……」
「う、ううん。ぼくこそごめんね? アイナママぁ」
「うふふ♪ 本当にクリスは謝ってばかりね」
「うぅ、だってぇ」
「じゃあおうちに帰ったら、たっぷりのジャムとお茶を淹れてあげましょうね♪」
「ほんとう? えへへ、うれしい♡」
「うふふ♪ そうそう、クリスはそうやって笑っていた方が可愛いわよ♡」
「か、かわいいっていわないでよぉ ぼく、男のコなんだよ?」
「はいはい♪ 一人前の、男の子でしたね♪」
「うぅ……」
そんなアイナママの背中で、むくれ顔でゆられるぼく。
でもやっぱり……
そんなママの背中はあたたかくて、いいにおいがした♡
◇◆◆◇
「あら? もう良くなったんだ?」
ぼくとアイナママがおうちに着くと、そこにはひとりの女のコがいた。
「うん、アイナママのおかげですっかりよくなったよ♪」
「そうなんだ……って、ホントにクリスはひ弱なんだから」
「ひ、ひよわっていわないでよぉ!?」
「じゃあ、病弱? どっちにしろ、わたしは病気になったことなんてないわ」
「うぅっ それはそうだけど……」
この、ちょっと気の強そうな女のコは【レイナ】ちゃん。
このおうちに一緒に住んでいる、ぼくの家族なんだ♪
「ま、そのクリスのおかげで?」
「わたしは村長さんのおうちにおとまりだったんだけどね~」
「そうなの? どうりでみかけないと──」
「んふふー きのうの晩ごはんなんてね? すっごいごちそうがでたんだから♪」
「えっ ホント?」
「ホントよ♪ お肉を焼いたのをいっぱいいただいたわ!」
「とってもおいしかったんだから♪」
「うぅ いいなぁ」
そんな得意げなレイナちゃんだったけれど……
「あら?『わたしもクリスの看病するっ』……って」
「大泣きしてたのは、どこの子だったかしら?」
「ちょっ ママっ!?」
「『病気がうつるから、村長さんのおうちに行ってなさい』……って」
「ママがいったときのあなたの顔──」
「わーっ!? わーっ!?」
「それにクリスが心配で、ごはんもほとんど喉を通らなかったみたいねぇ?」
「な、なんでそれを!?」
「村長さんが、残したお肉を包んで持って来てくれたからよ♪」
「にゃ──っ!?」
「うふふ♪ じゃあ、お昼にクリスと半分こして頂きましょうね? レイナ♪」
「わ、わたしがぜんぶ食べるわよ! ママ!」
そう、レイナちゃんはアイナママの、実の娘なんだ。
その姿はメガネこそかけてないけど、顔つきも髪の感じもアイナママそっくり。
歳はぼくと同じだから、背とおっぱいはそれなりだけど……
「ちょっとクリス! アンタまた、わたしとママを比べてたでしょ!?」
「な、なんでわかるの!? って、しまったぁぁ!?」
「ムキーっ!? おっぱい!? そんなにおっぱいがだいじなの!?」
「ち、ちが── んあ~~~っ!?」
レイナちゃんに、ガクガクと肩をゆさぶられるぼく。
視界がシェイクされて、目がまわるぅぅ~
「わ、わたしだってあとなん年かすればっ」
「ママみたいにおっきくなるんだから~っ!?」
「わっ わかったから……わかったからやめてぇぇぇっ!?」
◇◆◆◇
「はひぃぃぃ……」
「もう、レイナ? クリスは病み上がりなんだから、無茶しちゃダメでしょう?」
「だ、だってぇ……」
「レイナ? お返事は?(ニコっ)」ゴゴゴゴゴ……
「ひっ!? ま、ママっ ゴメンなさい!?」
「もうっ 謝るのはクリスに、でしょう?」
「うぅ……クリスぅ ゴメンね?」
「う、うん……」
ふと見えた、アイナママの【笑顔の威圧】。
アイナママがほんとうに怒ると、凍りつくような笑顔で静かに怒るんだ。
そんなアイナママの笑みに、ぼくとレイナちゃんのキモが冷えたのだけど……
その冷静になったぼくの脳裏に、とあることが思い浮かぶ。
(あ、アイナママにそっくりな、レイナちゃん)
(ふたりがにてるのはあたりまえ……ホントの親子だから)
けれど……背とおっぱいのほかにも、ふたりには違いがある。
それは──
(ひとみの色が【黒い】こと──だよね)
アイナママの瞳はあざやかなグリーン──碧眼だ。
そしてその瞳は、この国── ううん、この大陸ではかなり多い。
(逆に、黒いひとみは……)
極東の島国【フソウ】に住む人たちは【黒眼・黒髪】だ。
勇者時代にクエストで行ったときも、みんなそんな感じだった。
でも黒眼の人は……まずこの大陸では見かけない。
(けれど、その例外が──)
その例外のひとつが──ぼく【クリス】だ。
ぼくは黒眼・黒髪で、亡くなった産みのママ、
【ステラ】ママもおなじだったそうです。
(ステラママがフソウの人だったかは、いまとなってはわからないけれど)
そして、もう一つの例外が……召喚勇者だ。
それはつまり、ぼくの前世であって──
(れ、レイナちゃんのお父さん──つまりアイナママのだんなさんのことは……)
(いままでぼくとレイナちゃんには、教えてもらえなかったけれど)
前世の記憶がある、いまのぼくにはわかる。
しかもレイナちゃんの歳に、妊娠期間中の10ヶ月を足すと……
(ぴっ ぴったり!?)
(ま、魔王城の前の夜に、アイナママと前世のぼくが……結ばれたときと!?)
ととと、ということは──
いままでずっと兄妹として、一緒に育ったレイナちゃんは……
(ぜ、前世のぼくのムスメぇぇぇっ!?)
どきどきがおさまらなくて、ヘンな汗がつつーっと落ちた。
ぼぼっ ぼくとアイナママのあいだに、赤ちゃんが!?
(け、けどあのアイナママが、恋人だった勇者をわすれて……)
(すぐ他の男の人と結ばれるだなんて、考えにくいし──)
(っていうか考えたくない!?)
「ん? どしたの? クリス……おかしなお顔して?」
「そ、そうだね……おかしい……ね」
「はぁ? なによぉ いつもなら、ムキになっていい返すクセに」
「え、えへへ♪」
「その笑い方がキモい」
「ヒドっ!?」
(れ、レイナちゃんがホントは優しいコなのは、いまのぼくならわかるけど!?)
「き、キモいはヒドいよぉ!?」
「ふーんだ」
「もう、レイナ? あなたねぇ……」
「ま、ママ!?」
「そうやってクリスにひどい事をいっていると……」
「な、なによぉ」
「クリスのお嫁さんに、してもらえなくなっちゃうわよ?」
「えっ!?」
「にゃ──っ!? ま、ママっ!? ナニいって──」
「うふふ♡」
ああ……ぼくもレイナちゃんも──
やっぱり、アイナママには勝てなかったよ……
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