催眠スマホ

維 黎

第1話

 目の前にはネット通販などで送られてくる20cmx20cmx10cm四方のよく見る段ボール箱。

 バイト代のほとんどをネット通販に費やす俺は、ご多分に漏れず何をポチったか覚えていないこともある。商品が届いても『あれ? こんなの買ったっけ?』と思うのは、通販あるあるといってもいい。


 送り状を見れば住所は書いてあるが個人名、会社名、どちらも送り主の記載がない。

 首を傾げつつ、とりあえずサム・クローを使って――まぁ、早い話が親指の爪だな、うん――ビニールテープを段ボールの蓋の合わせ目に沿ってすべらせ開けてみる。

 中にはエアマット、俗に言うプチプチとかいこまゆのようないくつもの発泡スチロールに包まれた箱が一つ。

 これといって変哲もある箱。

 商品名や説明といった文字もなく何かのマークすらないけど、すこぶるケバイど派手なラメ入りのショッキングピンク。

 じっと見ていると目がチカチカしてくるほど。


 箱の蓋を開けてみると、これたま同じ色をしたスポンジの型枠に収まったスマホ。

 電源が入っていないので画面は真っ暗だが、やっぱりというか、ですよねー、というか。本体の色もラメ入りショッキングピンク。

 箱の中身は本体だけ。説明書も充電用のケーブルといったものは一切ない。

 見た目はスマホ以外の何物でもないので、とりあえず横にある電源ボタンを長押ししてみると、起動音らしき音が鳴る。


 うっふ~ん💔


「なんでやねん!!」


 条件反射でツッコミを入れてしまった。


 しばらくするとうっすらと文字が浮かび上がってくる。会社名や機種を表すロゴのようなものではなく、長い説明文。


【この催眠スマホの凄い機能あなた説明します。相手に名前と写真が登録してください。アプリを起動して相手をカメラレンズを向けてシャッターを押した後、言う事言えば命令聞きます。これであなた相手の虜】


 ごくり。

 その文面を読んだ俺は、耳の奥で自分が飲み込んだ唾の音が響く。


「――こ、これはまさか! あの伝説のッ!?」


 一人、部屋で驚愕の思いを口にする俺。

 まぁ、伝説になってるかどうか知らんが、これはHなゲームやアニメに出てくるいわゆる催眠術でウハウハ出来るスマホではなかろうか。

 文面から察するに間違っていない気がする。ただ微妙に文章がおかしい。翻訳ソフトそのまんま使ったような感じ。


「――中華製スマホか?」


 そう呟きつつ、《次へ》とある文字をタップする。


【数秒間、親指と指紋をタッチしてあなた登録してください。その後再起動してください】


 説明文が消え、中央に薄い指紋のようなマーク。

 親指を当ててみると指紋マークの上に表示されている0%の数字が、9……16……29……と増えていき、それに合わせて指紋マークもくっきりと色濃くなっていく。

 何度か指紋マークをタップしていると100%になった――瞬間、スマホ本体がビリッとする。


「痛ッ!!」


【あなた登録が感電しました。再起動してください】


「完了だろ! 感電させてどうする!」


 スマホに言ったところでどうなるものでもないが、言わずにはいられなかった。


「――ったく」


 再び電源ボタンを長押しして現れた《再起動》の文字をタップする。

 しばらくすると再起動が完了して起動音が鳴る。


 あっは~ん💔


「別パターンあるのかよ!!」






 友達のつてルートで校舎裏に彼女を呼び出すことに成功。

 彼女のことを中学の頃から好きだったが告白出来ず、でも同じ高校に入りまだチャンスはあると思いつつ高ニの春を迎えていた。四月からは三年になる。


 どこからともなく送られてきた怪しいスマホ――催眠スマホ。

 中学の卒業アルバムを使って彼女の写真と名前を登録。彼女への告白を成功させるために催眠スマホを使うことを決意した。

 と、言ってもHゲームやアニメのようにあーんなことや、こーんなことをさせるつもりも、するつもりもない。勘違いしないように。

 だいたいどこでするんだ、あんなこと。

 

 学校の教室とかバカか。

 見つかったらどうするって話。

 よく『誰かに見つかるかもしれないって思うと興奮するだろ』みたいなセリフを登場人物は言っているが、リスクがデカ過ぎる。下手すりゃ人生棒に振ってしまうわ――って、そういう話は置いておいて。


「――写メ撮らせてもらってもいい……かな?」

「えっ? いい……けど、変なことに使わない――よね?」

「も、もちろんだって!」


 つい言葉がどもる。

 エロいことではなく、告白を成功させることに使うのだから――と言い訳してみても、ある意味『変なこと』と定義されてもおかしくはない。

 実際は写真を撮るのではなく、シャッターを押すだけなんだよな。


「――それなら、いい……かな」


 彼女は若干とまどいながらOKの返事をくれる。

 まぁ、このシチュエーション=告白って図式は連想するだろうし、それがしょっぱなから『写メいい?』とくれば戸惑いもあるだろう。

 とはいえ、ここまで来たからには後にはひけない。

 意を決して起動したアプリのシャッターボタンをタップする。

 チープなシャッターの電子音が鳴った瞬間、


「――中学のころから好きでした! 俺と、つ……付き合ってくださいッ!!」


 今どきこんなことをする奴がいるのか知らないが、俺は頭をさげてスマホを持ってない左手を前に差し出す。


「――ごめんなさいッ! 私、筋肉ムキムキ系な人が好きなのッ! シュワルツネガーさんみたいな! あなたがもっと鍛えて筋肉ムキムキになってくれたら……だから、ごめんなさいッ!」


 彼女は一度ペコリとお辞儀をすると、あとは一目散に去っていった。

 

 ショックからだろうか。

 三半規管がおかしくなったかのように視界がぐるぐると揺れて、ぐわぁん、ぐわぁんと耳鳴りがする。

 耳の奥で『あなたがもっと鍛えて筋肉ムキムキになってくれたら』という言葉がずっと繰り返されていた――

 






 そして振られた日の翌日から。

 俺はジムに通い出し、家でも常に筋トレを欠かしていない。

 ネット通販で買う物もサプリや栄養ドリンク、低脂肪高たんぱくの食品などの購入ばかりになった。

 あれから一年。春を迎え今年卒業する。

 友達のつてルートで彼女が結局三年間、彼氏がいなかったことを知る。やはりシュワルツネガーという渋すぎる好みがネックだったのだろう。

 しかしッ!

 この一年、鍛えに鍛えた俺は自称、和製シュワルツネガーとなったのだ。

 卒業式の日、改めて彼女に告白する。

 俺の頭の中では、まだ彼女のあの日の言葉が繰り返されている。


『あなたがもっと鍛えて筋肉ムキムキになってくれたら』




※※※



 

「なんだこれ?」


 配達されてきた段ボール箱を開けてみると、やたらと派手なラメ入りのショッキングピンクのスマホ。

 電源を入れてみると画面に文字が現れる。


【この催眠スマホの凄い機能あなた説明します。相手に名前と写真が登録してください。アプリを起動して相手をカメラレンズを向けてシャッターを押した後、言う事言えば命令聞きます。これであなた相手の虜】


「――相手の虜? ってことは、言う事を聞くのは相手じゃなく自分ってことじゃね? これ――」



                    ――了――

 

  

 

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