底辺貴族は英雄になりたくない
まるまるくまぐま
貧乏貴族の養子
第1話 同情するなら金と食料をくれ!あと魔力!
『マルネェ大陸』―そこには大国と呼ばれる四ヵ国がある。大陸中央に『ルリラ皇国』、西に『ドドル王国』、東は『自由都市連合王国』があり、そんな大陸の北部一帯を支配する大国、『ルユブル王国』。そんなルユブル王国領の西半分は、ルユブル王国の影の支配者などと呼ばれる程、大陸で大きな影響力を持つ大貴族、エルドグリース家という大侯爵領となっている。そんなエルドグリース領の、西の端のそのまた端に浮かぶ人口100人程度の小島、トポロフ男爵領コペイク島。
私、リリーヤ・ペチェノ、華の12歳は、そんな小島で生を受け、今は訳があって、エルドグリース領の北部、鉱山地帯のシャンバルにいる。ここは大陸で最も豊富な資源埋蔵地であるが、未だ手付かずの埋蔵地の方が多くある。シャンバルは、大陸で最も気温が低い地域であり、永久凍土に閉ざされた大地には、豊かな資源はあるが、それを掘り起こすのは極めて困難であり、また、作物も実らない為、狩猟以外で食料の確保が出来ず、その獲物も大変狂暴で強力な魔法生物ばかりという、大変生き辛い地域なのだ。
では、何でそんな場所にいるのかと、様々な人生の分岐点を経由してそこへと至るわけで、まずは、8年前へと遡って説明しなければならない。
この世界には、魔法が存在する。しかし、誰もが使えるというわけではない。魔法を使えるのは、全人口の10%程で、生まれながら魔力を持つ者だけだ。そして、その半分が貴族で、残り半分は魔力を用いた特殊な職に従事している。そして、魔力を持つ者同士の間に生まれた子は高確率で魔力持ちの子が生まれるし、親の魔力が強い程、魔力持ちの子が生まれる可能性が高い。
つまり、魔力を持って生まれた時点で人生勝ち組が確定していると言えるし、魔力持ちの特権階級は代々受け継がれるという、理不尽な世の中なのだ。
しかし、時折、魔力を持たない人間同士の子に突然変異で魔力持ちの子が生まれることもある。そんな幸運に恵まれたとしても、その魔力は大抵弱く、対して出世出来ない悲しい宿命を背負うのだ。それでも、一般人よりは恵まれた生活を出来るし、配偶者次第では、子の世代で大出世を果たした前例もある。
「リリー、今日からここがお前の家だ。」
養父、バンク・ペチェノに手を引かれ、やって来たのは工房の併設したボロボロの家。コペイク島から連れ出され、エルドグリース領の第一都市、『ヴィドノ』へとやって来たのは、6歳、ルユブル王国とドドル王国の20年に渡る、長い戦争が終結した年の頃だった。
コペイク島で、農夫ゴリツィノ・エルモライの娘として生まれた私は、お優しい神の恵みを受け、微弱ながら魔力を授かって誕生した。まあ、生まれた段階で魔力無しの判定を危うく受けそうになる程、微弱な魔力だったけど。
しかし、魔力持ちであることには変わりない。魔力を持つ、それだけで特権階級なのだ。魔力持ちの子を持った農夫の両親は小躍りして喜んだが、現実は残酷だった。
なんといっても、私に宿る魔力は、絞りかすを更に絞った程度のもので、出世など夢のまた夢である。更に、微弱な魔力では、良家との縁談も不可能で、コペイク島という僻地に左遷された弱小領主やその部下たちという、大陸本土では相手にもされない様な、弱小魔力の方々にさえ相手にされないという始末であった。
そうして、折角魔力を持って生まれたというのに、それを活かすこともなく、小さな農地を耕す人生が決定仕掛けた6歳の春、人生の転機が訪れる。
「この娘こを養子にしたい。」
そんな有難い申し出をしてくれる方が現れたのだ。それこそ、私の養父バンク・ペチェノだった。異常な程瘦せ細り、ボロを羽織る彼に不信感を抱いたが、間違いなく貴族であると、コペイク島の領主からもお墨付きを頂き、両親は万歳三唱して私を養子に出した。
通常、貴族としての歴史の長さは、そのまま家柄に繋がる。魔力の継承が行われ続け、強大な魔力を持つことに繋がるからだ。
では、ペチェノ家の歴史はどうだろう?ペチェノ家の歴史を家系図で見てみよう。
『初代:バンク・ペチェノ』
以上である。つまるところ、最下級の土地無し貴族。名ばかり貴族だ。とはいえ、貴族は貴族。その名ばかり貴族にすらなれない魔力持ちは多くいるのだから、貴族の養子になれるなら、これ幸いと、直ぐに養子縁組が行われ、ヴィドノへとやって来たのだった。
「凄い…綺麗…」
養父に手を引かれ、ヴィドノに初めてやって来た時、その街並みの美しさに、幼いながらも大変感動した。エルドグリース家という、王国一の大貴族の領地の、その第一都市であるヴィドノは王都以上に美しい街並みを誇る。
そんな美しい建物群の中に、汚いボロ家がひとつあり、美しい景観を台無しにしてしまっており、感動が吹き飛んでしまった。こんな綺麗な街を台無しにして、酷い家、住んでいる人も、きっと碌でもない奴ね。そんな風に思った。
「リリー、今日からここがお前の家だ。」
その汚いボロ家が私の新たな家だった。夢の貴族生活に胸を躍らせていた私にとって、その時の絶望感はとんでもないものであった。だって、コぺイク島の実家の方がまだましなのだから。
そんなボロのペチェノ家はどの様にして貴族となったのか。それは単純だ。養父は私と同じ、突然変異で魔力を授かった人で、その魔力を活用し、魔導具職人となった。養父は大変優れた職人で、その技術を高く評価され、最下級の爵位たる騎士の称号を授かった。
魔導具とは、魔石と呼ばれる特殊な鉱石を加工し、それを魔導石というものに作り変える。そして、それを組み込んだ道具のことを魔導具言う。魔導具は大変便利な物が多く、火を起こしたり、水を出したりするだけでなく、収納や移動に使われる物など、様々な種類がある。魔導具は、魔石自体に魔力がある為、魔力を持たない人間でも使うことが出来るのだ。
しかし、魔石だけでもとんでもない価格だというのに、そんな魔石の加工と魔導具の作成には魔力が必要不可欠であり、その製作には、高い技術が必要となる、大変難しい仕事なのだ。当然、そんな技術と魔力の結晶たる魔導具は、大変高価で、一番安い物でも庶民の家三軒分くらいの値が張る。
そんな高級品を作る魔導具職人なのに、何故こんなに貧乏なのか。それは、養父に原因がある。数日共に生活すれば直ぐに分かった。養父は腕は良いが、とんでもない偏屈者で、頑固なのだ。依頼された製品を納得出来ないといって何度も作り直し、納得いくまで作り続ける。そのせいで材料費が何倍も掛かるどころか、納期を守れず違約金や延滞料が発生し、依頼を受ければ、儲かるどころか、大赤字という始末だ。
しかし、そんな養父だが、その腕前は非の打ち所がない超一級品で、職人を辞められては困るということで、借金の支払いは次代と決まっているので、貧乏ながら生活出来ている。しかし、そんな家に嫁ぐ人などおらず、齢55を迎えても未婚のままで子どもも当然ながらいない。
・・・あれ?次代って私!?その為の養子縁組かっ!?借金を背負わせる為だけに養子縁組されたのか!?
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、俺はそこまで鬼畜じゃねぇ。」
養父の置かれた境遇を知って、問い詰めた私にそう答える。
「え、じゃあ借金払う当てがあるの?」
確かに魔導具は莫迦みたいに高価だ。とんでもない金額で取引して貰える当てがあるのか、はたまたこの頑固な養父が納得いかないという理由だけで、ガラクタとして積まれた一級品の魔導具たちを売り捌くという柔軟性を得たのか。そう尋ねる私に、
「んな当てはねぇよ。それに俺が納得いかない以上、こいつらは廃棄処分だ。」
そのどちらでもないらしい。じゃあどうするというのだ?正直、不安しかないのだが。
「簡単じゃねぇか。リリーが俺と同等か、それ以上の職人になればいい。」
アホだ。若干6歳の小娘が一流の職人になる迄に、この阿呆養父はくたばっているだろう。歳も歳なのに不摂生な生活をしているのだ、保って後10年といったところだろう。そして何より、ただ魔力を持っているというだけで、無いに等しい程微弱な魔力の私には職人など不可能だ。
魔石を加工するには、魔力を流し続けなければならないのだ。
「無理だよぉ、私の魔力量知ってるでしょ。」
そう、絞りかすのその又かす程度しか魔力しかないのだから。
「リリー、オメェ気付いてねぇのか?」
「何が?」
気付いているとすれば、絶望しかないということだ。こんなことなら石に齧り付いてでも、実家を離れるべきではなかった。
「気付いてねぇみてぇだな・・・確かに、オメェの魔力はゴミカスだ。無い方がましと言うくらいにな。」
自覚はしているが、面と向かって言われると、腹が立つなぁ。
「だが、オメェは特殊体質だ。」
「特異体質?」
なんだそれは?
「なんで疑問に思わねぇんだ?そんなゴミカスな魔力の癖に、なんで魔力が枯渇しないのか。オメェ、初めて会った時、どれだけの時間硬化魔法使ってた?」
あ、言われてみれば確かに・・・そもそもここに来るまで、魔力持ちに会う機会が皆無だったせいか、そういうものだと思っていたから気にしていなかった。
「魔力の量にこそ差はあれ、基本的には魔力は使えば減る。そして、回復には時間が掛かる。それは分かってるな。」
「うん、なんとなく。」
養父も魔石の加工などの仕事をしては、魔力切れを起こし、休息を必要としていた。最初は養父だけと思っていたが、街を守る騎士団の人たちや貴族もそうだと最近知った。
あれ、なんで私はそういうのがないんだろう?
「私、魔法使っても疲れない・・・」
「だからそう言ってんだろうが、このバカ娘。極稀にいるんだよ、そういう特異体質の奴が。俺が知ってるのはお前含めて2人だけだが。」
なんと!私は、そんな選ばれし存在だったのか。ますますこんな家に来たのが悔やまれる。
「魔力が無尽蔵に出せれば、魔石の加工や魔導具の製作は、俺たち普通の職人より効率良く出来る。お前は最高の職人になれるんだよ。」
「マジ・・・?」
「大マジだ。だから取りたくもねぇ養子にわざわざ取ったんだ。」
おお、道が開けた!上手くやれば、養父越えどころか、借金完済さえ見えて来た!・・・ん?待てよ、
「そんな特異体質だったら、いろんな名家から引く手数多だったんじゃ・・・」
「いや、そりゃねぇな。そういう体質は遺伝しねぇんだよ。」
成程、名家の方々からすれば、私は結局ゴミカスか。こんチクショウ。
「そういう訳で、オメェは一流の職人になるしかねぇんだ。明日から職人見習いだ、分かったな。」
選択肢がない以上従うしかない。このゴミカスな魔力で唯一一攫千金を狙えるのはそれしかない訳だし。
「凄く嫌だけど、分かった。」
養子に入って一週間も経たずに、過酷な見習い生活が始まった。・・・私、6歳なんだけど・・・
それから、養父によるスパルタ指導が始まった。
ある時は、職人は目で盗むもの、仕事を見て覚えろと言われていたので、その手元を見つめ、技を学んでいた。それだというのに、気が散るだの、邪魔だの言われて、拳骨を落とされる。理不尽だ。
またある時は、製品を見て学べと言われ、養父曰く失敗作の一級品を分解したり、組み直したりして、構造と仕組みを学ぶ。この自称失敗作は、市場に出せば金貨うん十枚という、それこそ豪邸が建てられる金額で、そんな物を壊してしまわないか、心配で仕方なく、精神がゴリゴリ削られる。
そんな放置気味の基礎教育を受け、修復や修理といった作業を教わる。魔導具の部品や線を魔石の削り粕から作り、取り替える練習だ。これが出来れば、最低限の仕事が出来る様になる。段階でいえば、部品製作>修理>魔石加工>魔導石加工>魔導具製作といったところで、その2段階目の修理を習得するまでに4年の歳月が流れ、私は10歳となった。
10歳になった私は、職人としての修業に励みながら、魔導具の出張修理を行い、日銭を稼いでいた。
「リリーちゃん、小さいのに凄いわ!もう直っちゃった。」
グルース商会の会長宅で壊れた光の魔導具の修理を終える。ヴィドノで一番大きい商会である、グルース商会は、莫大な財産を持ち、所有している魔導具の数も多いし、故障も多い。基本的に扱い方が雑なのが原因なのだが、そこは言わない様にしている。そういうわけで、修理の依頼が多いグルース邸は、他の職人と比べ、修理賃が安価な私のお得意様となっている。
「いやぁ、あの阿保親父の作った物の修理に比べたら、簡単ですよ。」
そう、無駄に腕の良い、我が養父は、アホみたいに精巧で複雑に魔導具を製作する。その為、滅多なことで壊れないが、壊れた際の修理の難易度は、下手な魔導具を作るよりも難しい。それこそ数ヶ月掛かることさえある。
それに比べたら、平均的な職人が製作した、簡素な光の魔導具の修理など朝飯前だ。というわけで、私は楽に小銭を稼ぎ、グルース邸は安価で修理をしてもらえるという、ウィンウィンな関係となったのだ。
「家も、本当はバンクさんの魔導具を入れたいんだけどねぇ…」
グルース家の奥様、ポリーナさんがそう言うが、分かる、分かるぞ。
「高いですからねぇ…それに納期守らないし…」
そう、王族や、エルドグリース家のような、超一流貴族くらいしか手が出せない程に高価なのに、納期を守ったことは無いと、そりゃあ、誰も買いませんわ。
「リリーちゃんが、一流の職人さんになった時は、必ず注文するわ。」
「ありがとうございます!」
ぽよぽよと、顎の下の肉が揺れる豊満な肉体のポリーナさんが、慈愛の女神に見えてくる。いや、10歳の小娘が突然修理させてくれと、アポなし訪問した時に、追い出さず、高価な魔導具の修理を任せてくれた時点で、ポリーナさんは私にとって、神だったのだ。
それだけでなく、ポリーナさんは、セレブの奥様ネットワークを通じ、私を色んな商会や貴族に紹介してくれて、非常に助かっている。まさに恩人とも言える人だ。
「それじゃあ、今回の修理賃ね。」
手のひらに、銀貨を3枚載せられる。
「一枚多いですよ!」
「いつも頑張ってくれてるから、お駄賃よ。それに、他に修理を頼んだら、それの倍以上掛かるんですもの。」
「ポリーナさん…」
いかん、涙が出そうだ。銀貨一枚、その有難い重みが、荒んだ心に沁みる。まあ、阿保親父の借金に比べたら雀の涙にもならないんだけれど。
「頑張るのよ。応援してるからね。」
そういって、玄関まで見送ってくれるだけでなく、お菓子の入った小包までくれる、優しいポリーナさんにお礼を言って、ボロ家に帰る。
「どこほっつき歩いてた!さっさと始めろ!」
ポリーナさんはあんなに優しいのに、この阿保親父はこんなにも理不尽なのだろう?
「今日のパンを買う為に、働いてきた娘に言うことか、この阿保親父!」
「んだぁ、一丁前に反抗期か、バカ娘。なにがパンだ、んなもん、無くても死なねぇよ。それよりもさっさと始めろ。また魔石無駄にしやがったら、小遣いやらねぇぞ。」
食わなきゃ死ぬし、魔石を無駄にしているのは、あんたもだろうが!それに、小遣いなど、貰ったことは一度もない!
「違う!なんでそこで魔力の量が乱れるんだ!こんなもん、魔導石じゃねぇ!」
「どこがおかしいんだよ!今日グルース邸で見た魔導具の魔導石と遜色無いじゃん!」
魔石の加工へと修業は進み、時折親父に完成した魔導石を見せるが、毎度喧嘩になる。
「けっ、あんな三級品と同等ってことは、不良品なんだよ!いいか、俺が作ってるのは、一級品じゃねぇ、超一級品だ!分かってんのか!バカ娘!」
「そんだけ自信があんなら、さっさと作って借金完済しろ!阿保親父!」
という感じで、毎回終わる。そりゃあ、私はまだ未熟者だし、見習いだから、親父の言うことも分かっている。だけど、言い方というものがあるだろう!もっと丁寧に教わりたいというささやかな願望と、借金という目の上のたん瘤が私を、苛立出せるのだ。
「なんだ、夕飯はこれだけかよ。」
「パンなんか無くても死なないんじゃなかったっけ?」
スープとパンがひとつずつ置かれた食卓に、不満を口にする阿保親父にそう言い放つ。あんたが言ったことだろう。それに、食えるだけましだろう。だって、我が家は今を生きるのさえ困難な程困窮しているのだから。
「おい、あと一週間で二級品くらいは作れるようになれ。」
具無しスープを飲み干して、親父がそんなことを言いだす。
「無茶を言わないでよ。」
そんな簡単に腕が上がるなら、何年も修業するバカはいない。親父だって、一流になるまでに何十年も修業したのだから。
「こう言えば分かるか?来週から魔武具の大量発注の時期だろうが、最低限の技を一週間で叩き込む。んで、ヴァルラムとこ行って、一ヶ月くらい手伝ってこい。あいつにはもう話を通してる。」
「あーそんな時期かぁ。あれ?ヴァルラムさんとこに行っていいの!?」
そんな時期とは、魔導学校の入学時期が近くなり、入学する生徒たちが、一斉に魔武具を発注し始める時期で、毎年、魔武具の工房は戦場の様な慌ただしさになる。因みにヴァルラムさんとは、ヴァルラム・バザロフといって、ヴィドノで一番の魔武具職人さんであり、親父と同じく、その腕前でたった一代で土地無し貴族となった人でもある。その腕前は親父も認める程で、似た者同士の様に見えるふたりだが、決定的な両者の違いが、親父が頑固で貧乏で、弟子も養女の私ひとりなのに対し、ヴァルラムさんは、柔軟な思考で一級品や超一級品だけを目指さず、二級、三級品と幅広く取り扱い、工房を拡大し、領地はないが、お金持ちだし、お弟子さんも沢山いる。
同じ一流の職人でありながら、対極に位置するふたりだが、何故か仲はいいのだ。その理由として、武具と道具で取り扱う商品が違うこともひとつだろうが、一流の職人同士、お互いに相手に対する敬意があるからだろう。
私も、この親父の娘として、ヴァルラムさんと面識もあるし、忙しい時期はバイトとして手伝いに来てくれという、有り難いお誘いもあったが、親父がそれを許可しなかった。それが、来週から行けとはどういうことだ?
「正直、まだ他所で仕事出来る程にはなってねぇが、来週から俺も忙しいんでな。あいつならまあ、学ぶことも多少あるだろうし、認めてやる。」
「忙しいって…なんか急ぎの依頼来たの?」
親父の腕は一流なので、注文は来ているが、こだわりが強すぎて、山積みになっている。それでもマイペースで仕事をしている親父が、忙しいとはどういうことだ?
「いや、依頼は4年前のだが、せっつかれてな。相手も相手だし、やりたくねぇが仕方ねぇ。」
いや、全面的にあんたが悪いだろ。4年前って私が養子に来た年じゃん。
「親父がやりたくないのに引き受けるって、どんな依頼なの?」
うちの頑固親父は、気に入らない仕事は、王が相手だろうと引き受けない様な男だ。そんな親父が嫌々ながらも引き受けるなんて、余程の人物からの依頼ということになる。まあ、そんな依頼も平気で放置している当たり、親父だなぁとは思うけど。
「おめぇが知る必要はねえ。が、エルドグリース家からの依頼だ。あいつにゃ借りがあるんでな。」
ご領主様かよ。お膝元に住んでて、よく放置できたな。しかも、我がペチェノ家の借金を9割近く肩代わりしてくれているだけでなく、税まで免除して頂いている大恩人をあいつ呼ばわりとは…しかし、大陸で一番の金持ち貴族たるエルドグリース家の依頼、下手すれば借金を完済出来るくらいの金が動く仕事だというのに、何故か借金が増える未来しか見えないのが悲しい。
「頼む、これ以上の借金地獄は嫌だ…」
「金の為に納得いかねぇモン納品出来ねぇ。それは相手が誰だろうと変わらねぇ。」
親父が仕事をする限り、絶対に借金は減らないというらしい。それどころか、更に増える。
「まあ、いいじゃねぇか。おめぇは来週からはした金貰いながら、優しいヴァルラムのとこで学んでこい。」
「はした金って…そりゃあ、親父の作った借金に比べたら焼け石に水だけどさぁ。」
そもそもの原因たる人物が言うことではない。まあ、いいか。ヴァルラムさんが優しいのは本当だし。
「流石、バンクの娘だな。この歳でこれ程の魔導石を作れるのは凄いぞ!リリー。」
ヴァルラムさんの工房にお手伝い(バイト)に行った初日、私の作った魔導石のチェックをしてくれたヴァルラムさんがそう言って褒めてくれる。親父とはエライ違いだ。
「それ、親父にはボロカスに言われたんですけど。」
一生懸命に作った魔導石をヴァルラムさんは褒めてくれるが、ここにくるまでの一週間、親父にひたすら罵倒され続けたのと同程度の物なのだ。
「確かにバンクの奴が追及するレベルには遠い。でもこの魔導石は、一級品とは言えねぇが、リリーはまだ子どもだというのに、何年も修業した職人と同じレベルだ。俺やあいつも、始めた頃はこんなに上手に出来なかった。全く、バンクの奴、少しは褒めてやればいいのに。」
おお、褒められるのって気持ちいい!凄くやる気が満ち溢れるぞ!
「リリーの実力も分かったことだし、皆に紹介するぞ。それが終わったら、早速仕事に入ってもらうが、大丈夫か?」
「はい!精一杯、勉強させて頂きます。」
「よし、いい心掛けだ。」
ヴァルラムさんは、私の返事に、満足そうに頷くと、お弟子さんたちが作業をしている工房に案内してくれる。
「凄い!こんなに沢山…」
お弟子さんが多いのは知っていたけど、数十人の職人が働く、大きくて綺麗な工房を見ると、我が家のショボさを痛感させられる。
「おめぇら、今日から手伝いに来てくれた、リリーヤだ。まだ小さいが、あのバンクの唯一の弟子で、腕は俺が保証する。」
ヴァルラムさんの言葉に、
「バンクって、あのバンクさん!?」
「じゃあ、あの子が噂のペチェノ家の養女か。」
とお弟子さんたちがざわつく。親父がいい意味でも、悪い意味でも有名なのは知っていたけど、私の噂ってなに!?悪い噂じゃないといいけど…
「リリーには、中級品の制作をさせる。マクシム教えてやれ。」
「はい!」
マクシムと呼ばれた、右目に傷のある、筋骨隆々の長身にスキンヘッドで、髭を伸ばした職人さんが、元気よく返事をする。職人というよりも歴戦の兵士って感じで威圧感が凄い。
「リリー、マクシムはあんな見てくれだが、繊細な技巧の一流の職人だ。教えるのも上手いし、子ども好きだ。分からないことはしっかりと聞くといい。丁寧に教えてくれる。」
「わ、分かりました。」
ヴァルラムさんの言葉に、そう返事をしてみたが、怖いんですけど。栄養が足りておらず、チビでガリガリの私など、握り潰せるんじゃないのか、という程、体格のいいマクシムさん。何よりも顔が怖い。子ども好きというが、子どもにとっては、怖い以外の何ものでもない。
恐る恐るマクシムさんの前に行き、
「よ、よろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げる。
「小さいのに凄いなぁ。それじゃあ、一通り教えるから、ついて来てね。」
その強面で厳つい容貌からは想像出来ない程優しい声でそう言う。子ども好きというのは本当なのだろう。しかし、私と同じ目線になるようにしゃがむのはやめて欲しい。顔を上げたらあの顔が目の前にあるのは、滅茶苦茶怖いし、心臓に悪い。
「は、はい。」
返事をして、マクシムさんの後ろをトテトテとついていく。チビな私の小さな歩幅に合わせる様に、ゆっくり歩くマクシムさん。厳ついけど優しいなぁ。
「ここまでが一連の流れになるけど、分かったかい?」
「はい。ありがとうございます。」
マクシムさんから、丁寧に魔武具の作製について説明を受ける。物凄く分かり易いし、随時、理解できてるか確認しながら説明してくれるので、疑問が残らない。
魔武具と魔導具の違いは、戦う為の道具と生活を便利にする道具という違いだけで、作り方は大差ない。
魔石を加工し、魔導石を作る。それを魔石の削りカスで作った回路と部品で組み込むのだが、その組み込む先が道具か、武器かという違いだけだ。最も、親父やヴァルラムさんの様な一流の職人となると、作る魔導石の質だけでなく、回路や部品の質が段違だ。それどころか、組み込む道具や武器さえ、魔石の削りカスと混ぜ合わせ、完全魔導石製の物を作るという、離れ業さえやってのける。魔石を他の素材と混ぜるという作業は、どんなに修業しても、出来ない人は一生出来ない程難しく、正しく才能と努力が嚙み合っていなければ、辿り着けない至難の業なのだ。
まあ、そんな大役を見習いの私が請け負うことは有り得ないので、普通に家でやっている作業を武器に置き換えるだけでいいのでそこまで説明して貰う必要は無かったが、マクシムさんの説明は、親父が、手で覚えろ、と大した説明もしなかった部分を知識として補うことが出来たので、良しとしよう。それに、そんなことよりも重大なことがある。
「あのぉ、私、魔導石と部品と回路までは作れるんですけど、組み込みはやったことないです。」
親父は魔導石の作製までしか教わってないし、出来ない。作った魔導石に回路と部品を繋ぎ、組み込む作業は、親父の作業を見ていたとはいえ、全く教わっていなければ、試してみたことさえない。
「それは心配しなくていいよ。魔導石の作製までしてくれれば十分に助かるし、必要ならば教えるよ。リリーヤちゃんは8歳くらいだろう?寧ろ、魔導石まで作れるだけで凄いんだよ。」
親父から罵倒されることはあっても、褒めて貰えるなんてなかったから、知らなかったけど、魔導石作るのって、そんなに大変なんだなぁ。しかし、マクシムさん、ひとつ間違っているぞ。
「私、10歳です。」
困窮した生活による、粗末な食事で、栄養が足りていない私は、同い年の子どもの平均身長よりも5㎝程小さいし、ガリガリにやせ細っている。幼く見られることは多いが、早く大人になりたいと思う複雑な子ども心は、それを黙って見過ごせなかった。
「10歳かぁ…それでも十分凄いことだよ。しかし、腕を磨くこうとする努力は素晴らしいけど、ご飯は食べないと…」
貧相な私の体を見て、食事も取らずに職人としての修業に励んでいると勘違いされたらしい。残念ながらそれは違う。純粋に貧乏でまともな食事にありつけないだけだ。
「まあ、それは置いておいて。今日は、僕の隣で作業になるけど大丈夫かい?」
マクシムさんが少し寂しさと悲しみを含んだ表情で聞いてくる。子どもに好かれない見た目なのは自覚があるらしい。きっと、これまでにも、色んな子どもを怖がらせてきたのだろう。
「大丈夫です。マクシムさん優しいので。」
まあ、ちょっと話てみたら、全然いい人だと分かる。見た目で人を判断するのはいけないなぁ。
「ありがとう。それじゃあ、始めようか、リリーヤちゃん。」
何故か礼を言うマクシムさん。
「リリーでいいですよ。みんなそう呼ぶので。」
あんまりにもリリーヤと呼ばれることが少な過ぎて、最近は、自分でさえ、リリーヤと呼ばれると一瞬誰だ?と思ってしまう程だ。
「それじゃあ、改めて、よろしくね。リリーちゃん。」
凄く嬉しそうに笑うマクシムさん。怖がられることが多かったからか、凄く嬉しそうだ。でも、この人は笑わない方がいいと思う。普通にしているよりも数段増して怖くてなるから。
ピピピ、と時計の魔導具が音を響かせる。
「さて、午前中は終了だ。休憩時間だけど、お弁当は持って来てるかい?」
ああ、お昼休みを知らせる音だったのか。
「えっと、持ってきてます。」
パン一個だけだけどね。
「それじゃあ、一緒に休憩しよう。」
そういって、工房の端っこまでふたりで食事の入ったカバンを持って、歩いていく。他の職人さんたちも端っこにある休憩スペースか、工房の外へと向かっている。
「いやぁ、疲れた。魔力も空っぽになったよ。」
椅子に腰掛けながらグーッと伸びをするマクシムさん。私も疲れた。家では、沢山の魔導石を一度に作ることなんてなかったし、集中し続けると、どうしても疲労が蓄積する。
「マキシムさんって、魔力の量が多いんですね。羨ましいです。」
隣で魔石に魔力をなみなみと注いぎ、手早く完成させるマクシムさんを見ていて、少量の魔力を流し続けるしか出来ない私は、その光景を羨ましく思った。私が一度で送れる魔力が1だとすれば、マクシムさんは100程度を一度で流せていた。
「そりゃあ、マクシムはこの工房で一番の魔力持ちだからな。」
「親方。」「ヴァルラムさん。」
そう言いながら、私たちに向かい合う様にヴァルラムさんが椅子に腰を下ろした。
「いいかリリー、魔力量の大小で競うのは騎士や魔法使いの仕事だ。俺たち職人は、量じゃねぇ。技と精密さで競ってるんだ。魔力が多くなけりゃぁ一流の職人じゃねぇってんなら、俺やバンクは三流だ。でも、違うだろう。」
「そうだよ、リリーちゃん。僕は魔力が職人にしては多いだけで、騎士や魔法使いからすれば平均程度だ。それに、僕はこのやり方が向いていたというだけだ。実際に、休憩までに何個魔導石を作ったかい?」
「えーっと、7個です。」
マクシムさんの質問に指を折りながら答える。
「僕は8個。そんなに大差はないだろう。僕のやり方だと、魔力の回復を待たないといけないからね。僕からしたら、ずっと同じ量の魔力を流し続けれるリリーちゃんが羨ましいし、凄いとおもうよ。」
「隣の芝は青く見えるってことだ。まあ、マクシムも俺の弟子の中では1、2を争う男だからな。まだ見習い4年目のリリーからしたら凄く見えるさ。まあ、俺からすれば、まだまだなんだがな。」
褒めれらて、嬉しそうなマキシムさんは、最後の一言で苦笑いしている。
「色んなやり方がある、その中で最も合ったやり方で一流を目指す。それが職人だ。」
ヴァルラムさんの言葉、確かにそうなんだろうけど。そもそも私はこのやり方しか親父に教わってないし、魔力量がアレなので、このやり方しか出来ないんだけど。余計なことは言わないでおこう。
「頑張ります。」
そう答えてカバンからハンカチに包んだパンを出す。
「それが今日のお弁当かい?」
私の取り出したパンを見て、暫しの沈黙の後にマクシムさんがそう言う。
「はい、今日は初日なので奮発してパン一個も持って来ました。」
普段の昼食はひとつのパンを親父と分け合っているけど、今日だけは少し贅沢をした。明日からは節約しないと。
「おい、リリー、おめぇ、毎日どんな飯食ってんだ?」
ヴァルラムさんが心配そうに質問してくる。
「えっと、朝は具無しの水スープで、昼はパン半分。夜は朝のスープの残りとパン一個です。ちゃんと3食食べてます。」
3食食べているけど、栄養は足りていない。それは嫌という程分かっている。水スープと強がってみたが、要はただのお湯だ。だけど仕方ないのだ。なんせペチェノ家にはお金が無い。無いどころかマイナスなのだ。しかもプラスになることは有り得ないという絶望までセットだ。
「リリー、今日から俺の家で飯食ってけ。」
「そんな!悪いですよ。」
賃金を貰って修業させて貰っているのに、そこまでお世話になるのは心苦しい。ヴァルラムさんの工房のお手伝いが決まった際に提示された賃金は多過ぎるくらいの金額だったし。
「リリーちゃん。親方の言う通りにした方がいいよ。君はどう考えても栄養が足りていない。」
「そうだ、子どもが遠慮なんかすんじゃねぇ。」
そう言ってくれるが、
「でも、家に帰ってご飯出さないと、親父なにも出来ないから…」
あの親父は職人仕事以外、本当になにも出来ない。私が来るまで、どうやって生きてきたのかが気になる程に、なにも出来ないのだ。パンを買いに行かせたら、借金して魔石を買って来る程の、職人バカが親父だ。
「バンク…娘に面倒見てもらってんじゃねぇよ…普通逆だろう…」
ヴァルラムさん、もっと言ってやってくれ。出来れば本人に直接言ってくれたら尚良しだ。
結局、ヴァルラムさんのご厚意に甘えて、夕飯を頂く事になった。
「わぁ、凄い!マクシムさんのお弁当。奥さん、料理上手なんですね。」
弁当箱の中に、美味しそうなおかずが色彩豊かに、綺麗に盛り付けられている。人参なんか、マクシムさんには似合わない、可愛らしい猫の形になっている。
「僕、まだ独身だよ。親方に認めてもらえるまでは、結婚しないと決めているんだ。」
へぇ、独身なんだ。一流になるまで結婚しないって、本当に人生を懸けて職人という道に挑んでるんだなぁ。…待てよ、独身ってことは、
「それ、誰が作ったんですか?」
「僕だけど。」
マジか!?
「そうだ、少し食べなよ。パンだけじゃあ、足りないでしょ。」
優しいマクシムさんが、お弁当箱を差し出してくれる。
「あ、ありがとうございます。では…」
フォークを借りて、恐る恐る、一口サイズのロールキャベツを頂いてみる。
「お、美味しい!とっても美味しいです!」
ビックリする程美味しい。見た目の綺麗さもさることながら、冷めてもこんなに美味しいとは、出来立てのあったかい状態で食べていたら、感動の涙を流していたかもしれない。
「本当!?よかったぁ。そうだ、デザートもあるよ。」
そう言って、バックから木箱を取り出す。
「作業していると小腹が空いたりするから、クッキーを焼いてみたんだ。それに、疲労をとるには甘いものがいいからね。」
そういって、木箱の蓋を外すと、甘くて美味しそうな香りが漂う。中にはクッキーが綺麗に並んでいる。貴族街のお菓子屋さんに置かれていても違和感が全くない程、綺麗で美味しそうだ。
「お弁当食べ終わったら、一緒に食べようね。」
そう言って、お弁当箱の蓋に、おかずを載せていき、私に差し出すマクシムさん。ポリーナさんに続く神認定しておこう。怖がったりしてごめんなさい。
「お弁当も、クッキーも全部美味しかったです。」
食事を終えて、午後の作業開始までの時間、マクシムさんと話ていた。
「本当かい。喜んでもらえてよかった。」
本当に怖い容貌以外は完璧な人だなぁ。
「リリー、午後からは魔導石の組込みになるが、マクシムから教わりながらやってくれ。それでひとつ出来たら、俺の所に見せに来い。」
「え!」
ヴァルラムさんから、午後の指示を受けた。魔導石の作製までだと思っていたから驚く。
「親方、もうそんなとこまでやらせていいんですか?」
マクシムさんも驚いた様に言う。
「リリーが作った魔導石を見たが、それに関しちゃ教えることもまだ多少あるが、それはバンクの仕事だ。後は数を熟して身につけ、磨いていくしかねえ。だったら、自分で一から完成まで作らせてみる方がリリーの為になるし、こっちとしても助かる。」
ヴァルラムさん、一ヶ月だけの手伝いなのに、いろいろ考えてくれてるんだなぁ。親父よりもヴァルラムさんの弟子になりたいよ。
「分かりました!私、頑張ります。」
元気よく答える。だって、私の為に、こんなに考えてくれているんだ。その期待に応えたいと思うし、何よりも有り難いし、嬉しい。
「それじゃあ、回路を全体に張り巡らせてみようか。」
マクシムさんが持って来た剣に、魔力を流しながら、作っておいた回路を組み込んでいく。私は、一番単純な構造の魔法剣の作製を行っていた。魔導石を増幅器として、剣全体に回路を巡らせただけの魔法剣は、所謂入門編らしく、魔道具や杖の様に発動器としての役割を持つ物にくらべると、部品を組込み、回路を複雑化する必要もない為、魔導石と剣自体の質で性能が左右される。今回使う剣は普通の量産品、魔導石も私が作製した二流品、つまり、平均ちょい上の製品が出来れば十分という、低いハードルなのだが、苦戦を強いられていた。
理由はひとつ、剣が重いのだ。魔力を流し込む際、その対象となる物質は、それ以外の物に触れてはいけないのだが、ヒョロガリで貧弱な私の筋力では、剣を持ち、魔力を流すという作業が酷すぎるのだ。重量に耐えきれず、直ぐに腕がプルプルと震え出す。これでは魔力を流し込むことが出来ない。
まさか、職人への道、その最大限の試練が腕力だったとは…
その点、マクシムさんはスゲーや。何十本の剣を軽々と運んでいた。そもそもの体格とか性別とか、年齢の差はあるけれど、大人になったとしても、私には無理なんだろうなぁ。そういう点では魔導具はいいなぁ。軽いし。私と同じ、ガリガリに瘦せ細った親父が、魔武具ではなく、魔導具の職人になった理由が分かる気がする。
「うぎゃぁっ!」
遂に腕が限界に達した。握力が無くなり、柄から手を放してしまう。なんとか落とすまいと、ヘッドスライディングをかますも、柱に頭をぶつけ、剣は無情にも床へと落ちる。
間抜けな私の悲鳴と、剣が床に落ちた音が工房に響き、その音に、工房にいる職人のほとんどが、私の方を見る。穴があったら入りたいというのは、こういう時の事をいうのだろう。
「リリーちゃん!大丈夫!」
マクシムさんが柱にぶつかり、無様に頭を押さえる私に駆け寄ってくる。
「ひぐっ、死にたい…」
あまり、惨めで、情けなくて涙が出てくる。やめろぉーっ!微笑ましい目で私を見るなぁー!
大きな音が響いたせいで、ヴァルラムさんまでやって来てしまう。そして、その惨状を見て、
「あー、悪ぃ。リリーにはまだ早かったな。その、技術的な面じゃなく、な…」
と必死に言葉を取り繕っているが、笑いを堪えてるの、丸わかりですよ…
張り切って挑んだ、魔武具の作製は中止し、魔導石を作るだけの機械に徹することとなる。あれ以来、マクシムさん以外の職人さんからも話かけてもらえる様になったけど、なんか、皆の目の奥が笑ってるんですけど、なんでなんですかねぇ?
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