Hunger
金子ふみよ
第1話
ひどい船酔いをした。三月も半ばだというのに、真冬と変わらない大時化がフェリーを揺らした。フィギュアスケートのスピンを見るよりも、遠足で曲がりくねった山道をバスで進んだ時よりもえずかせた。胃液を見たのも初めてだった。着船しても、絶叫マシン体験後の浮遊感なんてものじゃない船酔いのまま、腹が空だと鳴っても食欲のことなど考えたくもなかった。ただ、アクエリアスとファンタオレンジと緑茶を買った。五〇〇ミリリットル。全部は飲まなかった。それぞれ二口、三口が体に浸透した。
日本海の二時間半の荒波にもまれるまでして、わざわざここ佐渡に来たのには、理由がある。はんが甲子園。その決勝戦に参加するためだった。大会本番が明日でよかった。こんな体調で下絵を描き、彫刻刀を使い、馬簾でこするなんてことは、酔いを増すばかりでしかない。と、その前にそれぞれの行為が満足にできることはないだろうから、道具さえも持ちえないのだろう。とはいえ、夜のオリエンテーションには出席しなければならない。幸いと言っても差し支えないだろうが、酔いの経験があった。程度が尋常でないとはいえ、しばらくすれば気分がよくなるくらいのことはわかっていた。その「しばらく」がどれくらいになるかはしれないが、飲料水が酔いを緩和、あるいは誤魔化してくれる。それに期待して、バスに乗り込んだ。道路が整備されていないということではなかった。急カーブが連続しているというわけでもなかった。けれども、鵜飼、内海、梅川の三人の酔いは右肩上がりで調子づいていった。もう吐くことはできなかった。出るのは、粘り気とジュースの色をした唾だけだった。船内も車内も暖房がついていた。顔も頭も火照っているのに、体のどこか――指先だったり、喉の下だったり、腹だったり――冷たかった。だから船外や車外に出ることもできなかった。ただその乗っている時間を堪えるしかなかった。
バスは予定より三〇分遅れて宿に着いた。
オリエンテーションの頃には、三人はそれなりになっていた。顔色に若干の艶がなかったものの、揺らめく感じは残ったものの、下船、降車の際に比べれば、まだましくらいだった。それでもこのはんが甲子園はそれなりにしておけるものではなかった。全一六校のそれぞれ三名の代表者と引率の教員が真剣な顔でオリエンテーションに臨んでいた。その中には彼らと同じように酔ってぐだぐだになりそうな生徒もいるだろう。まったく平静なままの生徒もいるだろう。見て取れない、というか、他人の詳細をうかがっている余裕などなかった。どの生徒もこの甲子園にふざけてきているわけではないのだ。鵜飼、梅川、内海でもだ。それぞれに理由があってここにいるのだった。
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