スマホと無人島

サイトウ純蒼

スマホと無人島

ケンイチは失恋した。

10年以上付き合い結婚しようと思っていた彼女にフラれた。


理由は分からない。

仕事を理由にいつまでも結婚を切り出せなかった自分が悪いのか。


ただ別れて初めて気づいたこともある。



――楽しかった仕事がこんなに無意味だったとは




ケンイチは仕事を辞めた。

そして少し自分を見つめたく、ひとり旅に出た。


行き先は海外の南国。

ネットで適当に調べ航空券とホテルを予約しただけの旅。

ケンイチは少しも胸の躍らない南国の旅に出かけた。




ゴゴゴゴゴゴッ


首都からその離れた島に行く為、ケンイチは小型のスピードボートに乗っていた。

ボートには数名の現地の人達、そして一人だけ肌の白い日本人らしき若い女性がいる。

風が強い。

ボートに当たり飛び散る波。

ケンイチは照り付ける太陽を見て何故か溜息をついた。



その時である。


ドン!!


「きゃあ!!」


不意にスピードボート後部より爆発音がした。

振り返ってみるとエンジンは止まり、そして白煙が立っている。

やがてボートは減速し始めると、少しずつ沈みだした。



(まずい!!)


ケンイチは心の中で緊急事態であることに気付いた。

現地の人達も訳の分からぬ言葉で叫ぶ。

その間にもボートはどんどん沈んでいく。


ケンイチは椅子下にあった浮き輪を手にすると、沈みゆくボートから勢いよく海に飛び込んだ。他の乗船客も浮き輪や救命胴衣を身に着けて海に飛び込む。やがてボートは完全に沈んだ。


「どうするんだ、これ……」


海面には数名の乗船客が浮かぶ。

女性客は泣きながら叫んでいる人もいる。

周りを見回しても島などない。とりあえず言葉は通じなかったが離れないようにお互いの浮き輪を掴んだ。その中には肌の白い女性もいた。



一晩が過ぎた。

まだ体力はあったが、中には疲労の色を見せる者も多い。


「あなた、日本人?」


肌の白い女性が声を掛けてきた。


「ええ、そうです!」


ケンイチは嬉しくなって答えた。


「私達……死ぬのかしら……」


「大丈夫、絶対助かる」


ケンイチは根拠のない言葉を口にした。




翌日、そしてさらに次の朝を迎えると、一緒にいた人達はいつの間にかどこかへ流されてしまっていた。

残ったのはケンイチと日本人女性の二人。お互いの浮き輪の紐を結んでいたのが幸いしたようだ。



「あ、あれは!!」


ケンイチが指差した方に小さな島が見えた。二人は体の残った力を振り絞って島に向かって泳いだ。




「はあ、はあ」


辿り着いた島は無人島。

直径数百メートルほどの小さな島だった。


「良かった、これで助かるかも!!」


「ああ、良かった」


「私はユーコ。あなたは?」


「俺はケンイチ、よろしく」


二人はしっかりと握手をして島に無事辿り着いたことを喜んだ。




「無人島か……」


落ち着いてみると何にもない島にふたりはかなりの不安を覚えた。

お互いの持ち物を確認すると、二人とも財布にスマホがポケットに入っているだけだった。スマホは南国用にと防水ケースに入れておいたのが幸いしてまだ起動した。



「こんな場所じゃスマホなんて意味無いわね……」


ユーコがそう言うとケンイチが答えた。


「大丈夫! スマホがあれば助かるって!!」


スマホが大好きなケンイチは財布よりもスマホが無事だったことを喜んだ。


「そんな訳ないでしょ? ネットが使えなきゃ意味ないよ」



ケンイチはスマホを立ち上げ確認する。

確かにネットは使えない。ただ地図アプリはオフラインでも現在地が確認できた。

場所の確認をしたかったが、地図の拡大をするとエラーが出る。やはりネットが必要なのか。


「それよりも食料と水。探さなきゃ」


ユーコはスマホの電源を切り、ここで生きるすべを探し始める。


「うん」


ケンイチもその言葉に頷いた。




漂流して2週間が過ぎた。

ユーコは浜の岩場に簡易的な仕掛けを作り、魚を獲った。火はケンイチが時間をかけ苦労して起こした。水は海岸にあった比較的低い椰子の木に登り、岩で実を割って喉を潤した。


「私たちここで死ぬのかしら……」


その夜、ユーコはケンイチと座ってひとりつぶやいた。

電気がない生活。天には無数の星が輝く。最初はスマホのライトで夜の闇を照らしたりもしたが、実際は人の目で見た方がずっと闇夜で視界が利いた。


死ぬかもという不安はある。でも傍にユーコがいてくれる。ひとりでなく本当に良かった、ケンイチは心底思った。



「ケンイチ、あなた失恋旅行でここに来たんだよね」


「うん」


ケンイチは頷いて答える。


「実は私も」


「そうなんだ」


化粧は落ち、真っ黒に日焼けしたユーコ。でもケンイチにはとても可愛く思えた。


「もし、だけど……」


「ん?」


「もし無事日本に帰れたら、お付き合いしてあげてもいいわよ」


「え!!」


ケンイチは心臓が大きくなるのを感じた。


「う、うん。じゃあ約束」


そう言ってケンイチは小指を出してユーコの小指と絡めた。




それから数日が過ぎた。

稀に島の遥か遠くに船を見ることはあるが、どれだけ呼んでも手を振っても見つけて貰うことはできなかった。



そしてその日、ケンイチが木陰に座ってバッテリーの切れたスマホを見つめていると、海岸からユーコが呼ぶ声が聞こえた。


「ケンイチ、早く!! 船が通ってるわよ!!!」


ケンイチは走って浜に行くと、遥か沖に横切るボートが見える。


両手を振るケンイチとユーコ。



正直今回もダメだと思っていた、いつものように。でも、


「あれ! こっちに向かって来てるよ!!!」


ユーコが目を輝かせて叫ぶ。


「ほ、本当だ! こっちに来てる!!!」


ケンイチも喜びの声を上げる。二人はボートが近付くまで思い切り手を振った。




島にやって来たのは小さなスピードボート。

船を運転していた現地の人は二人を見るととても驚き、そして簡単な英語で生き延びたことを喜んでくれた。

久しぶりに食べる食べ物と水。

体が弱って沢山は食べられなかったが、数週間ぶりのまともな食事は大変美味しいものであった。


スピードボートに揺られながらケンイチがボートの人にたどたどしい英語で尋ねた。


「どうして、僕らが分かったんですか?」


ボートの人が流暢な英語で答える。ポカンとする二人。

すると彼はケンイチが持っていたスマホを取ると、その表面を太陽にかざして日光を当てた。


「あ、そうか! スマホの画面が日光に反射して!!!」


ユーコがびっくりしたように言う。ケンイチが得意そうに言う。


「だから言ったろ。スマホがあれば絶対に助かるって!!」


そう言ってケンイチはスマホを持った手を上げた。その時、急にボートはドンっと大きく上下に揺れた。


「わああっ!!!」


「え!? あっ!!!」


その衝撃でケンイチの持っていたスマホは海の中に落ちてしまった。


「ああ!! スマホ!!」


ユーコが心配そうにスマホを落としたケンイチの顔を見る。ケンイチもユーコの顔を見た。その顔がとても愛おしかった。ケンイチが言う。


「大丈夫、スマホは失くしちゃったけど……」


ケンイチはユーコの腰に手をやり自分の方へ引き寄せ言った。



「もっと大切なものを手に入れたから」


ケンイチはユーコににっこりと笑って言った。

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