KAC2021 #5 スマホはスピードマジックホーリーガードの略

くまで企画

KAC2021 #5 スマホはスピードマジックホーリーガードの略

 ああ、私は転生したのか――

 少女は16歳になった日に前世の記憶を取り戻した。


 前世で少女は、地球と呼ばれる惑星とやらの日本という国にいた。職業は女子高生だった。『スマホ』と呼ばれる長方形の札のようなものを落として拾おうとした。そこでトラックという巨大な鉄の化け物にひかれたのだ。


 若干現実味のないその確かな記憶。それが彼女を数日前から悩ましている。


 ――スマホってなんだろう。


 形は確か、長方形。手のひらに載るくらいの大きさ。魔術の教科書よりも薄かった気がする。手をかざすことで表面を光らせていた。あれは地球の魔法だろうか。


 少女が転生したのは、剣と魔法の世界――トーネタイン大陸の最東端にあるトッキオ島だった。独特の魔術が進化したトッキオでは、予言に近しい赤子を『硝子がらす渓谷けいこく』と呼ばれる秘密の場所で16年間、勇者候補生として育てる。候補生に選ばれた少年少女は日夜、剣術と魔術の訓練に明け暮れる。そして卒業すると、世界を救うべくトーネタイン大陸へ旅立つのだ。


 卒業できずに忘却の魔法を掛けられて故郷へと返された候補生もいる。勇者として旅立った者もいる。だが、誰一人として帰還せず、世界は未だに暗雲のもとにある。


 残念ながら優秀だった少女は今日、卒業する。

 すなわち過酷な旅の幕開けである。旅立ちの時に渡される物は多くない。硝子の渓谷の地下で鍛錬された剣と革の盾。体力と魔力を回復するための薬草少々。路銀はモンスターを倒しながら、道々稼げと教わる。


勇者に祝福あれブレッシング


 長老や導師たちは少女に祝福の魔法を掛けたが、心から成功を信じている者はいなかった。勇者とは孤独なものであった。


 ちなみに予言はこう結ぶ。


『勇者降り立ち 四人の守護神ガーディアンにより扉開き 魔王ついえん』


 ・・・


 硝子の渓谷を旅立った少女は、初めて目にする外界に驚いた。

 まずは港町までの街道がない。果てしなく続く草原と遠くに見える森か山か。地図は渡されているが、かなりの略式の地図である。下手すれば子供の落書きとも言える。


「こんな時にスマホがあればなあ」

 ふと口に出ていた。そう、あの奇妙なアイテムは使役者の思うがままに詳細な地図を示し、さらには徒歩で何分、違う手段で何分掛かるか、現在地から目的地までの道順まで示してくれていた。

「こんな世界よりよっぽど便利だわ」

 少女は愚痴を言いながら、魔法のコンパスを取り出した。


 魔王の討伐など忘れて、傭兵や冒険者、あるいはどこかの国の兵士になる手もある。もしかしたら、帰らなかった勇者の中にはそういう人間もいるかもしれない。


 だが、女子高生だったころの記憶を取り戻した少女は思う。勇者ってRPGロールプレイングゲームで一番強いじゃん、と。少女はコンパスの指す西へと向かった。


 ・・・


 西にある港町オサカは、商業の盛んな町だ。多様な人種が入り乱れ、大陸へ渡る船が毎日のように行き来している――という話だった。

「モンスターが出て船なんか出せねぇよ」

 その言葉通り、港には何隻も船があるのに荷物の揚げ降ろしをしている様子がない。途方に暮れていた少女に、目付きの悪い獣人が話しかけてきた。

「よう。アンタ、船ならあるゼ」

「残念ながら持ち合わせがないの」

「金は要らねェ。あることを手伝ってくれればいい」

「あること?」

「試練の洞窟で最奥にいるゴブリンを倒すんだ」

 それならお安い御用だと少女は快諾した。

「だがひとつだけ条件がある。ゴブリンを倒すのはオレだ。アンタにゃ支援を頼みてェ」

「悪いけど、頼まれるからには事情も聞いておきたいんだけど?」

「仕方ねェな」

 獣人の里には、成人の儀式があり、そこで認められなかったら里を追放される掟がある。その儀式こそゴブリン討伐であり、彼は先日追放されたばかりだった。


 ・・・


 試練の洞窟。港町の北、獣人の里にそれはある。

 獣人は軽い身のこなしと鋭い爪攻撃を武器とし、傭兵として各地で重宝されている。日々鍛錬を欠かさない武術のスペシャリストと言われている。


 この獣人もそうなのだろうと少女は思っていた。だが……。

「いくゼ……っうぉっ!!!」

 また何もないところでつまずいた。そして、スライムごときに背後を取られて、攻撃を受けている。少女は、噓でしょ、と呆れながら会心の一撃でスライムをほふる。

「アンタ、なかなかやるな!」

 そう言って、獣人はお化けコウモリの群れに向かって突進して行った。


「いや、マジ?」

 こんなのでは、ゴブリンを1匹も倒せる気がしない。そりゃあ追放したくもなる。少女は考えた。そして一つの仮説を考えた。

「もしかして……」


「おい、本当に大丈夫なのか?」

「これで上手くいくなら、港町で買えばいいわよ!」

 あなたのお金で!

「行くわよ!」

 ゴブリンが現れた! 獣人は、鍛えた技を繰り出すべく深く屈み込む。


ライト・リフラクション光の屈折!」

 少女が空気を歪める魔法を放つ! その瞬間、獣人の視界がハッキリとする。


「見えたゼ!! 喰らえ――獣十連撃じゅうじゅうれんげき!!!」


 驚くべきスピードで獣人は壁を蹴り、地面を蹴り、ゴブリンに技を打ち込む!

 そして、瞬く間に5匹のゴブリンは倒れていた。


「おい、今のは……?」

「光の屈折で眼鏡の代わりを作ったの」

「眼鏡? 眼鏡ってあのインテリが着けるやつか?」

「そう、脳筋の獣人には基本必要のないものだけど。昔読んだマンガを思い出したの。度の合わない眼鏡おっちょこちょい女子のラブコメ」

「お、おう……マンガ?」

「これでハッキリしたわ。あなたは弱いんじゃない。目が悪いのよ!」


 こうして獣人は、成人として認められ、称号『5G5匹のゴブリンキラー』を手に入れた。


 ・・・


 港町オサカに戻った二人は、さっそく獣人の金で眼鏡を買った。

 だが、驚愕の事実が少女を襲った。


「船を持ってない!?」

「おいおい、オレは船があるとは言ったが、オレのものとは言ってねェゼ?」

「そのいい感じの眼鏡かち割る――」

「うわっ。待て! コレ結構いい値段したんだゾ!」

「乙女心をもてあそんで!」

「おい! 誤解を生む言い方するな! 船に乗れるのは確かなんだ!!」

「どういうこと?」

「今、この町は海に出るモンスターのせいで船を出せねェ。そこで、町一番の商人が大枚をはたいて冒険者を雇ってる。それに乗るんだ。モンスターを倒したら、そのまま大陸に行けるゼ」

「なるほど。それなら話は早いわ」

「おいおい、待てよ。オレも行くぜ」

「好きにして」


 こうして冒険者を10数名乗せた船は、港町オサカを出港した。

 ほどなくして、海面が激しく揺れ、水しぶきを上げながら、巨大な触手が出現した。

「クラーケンだぁああ!!」

 屈強な男たちが恐れを成して船倉に逃げ込んでいく。

「ふん、情けない」

 その流れを無視するように、甲板に立つ一人の女――エルフだ。

「我の魔法を受けるがよい!!」


 クラーケンに向けたエルフの杖が光を帯びていく。詠唱とともに光は強くなり、周囲の空気を巻き込んで、水柱となった!


「ウォーター!!!」


「どあほぉ!!」

 ハリセン! お客様の中に、ハリセンをお持ちの方はおりませんか!?

「海の生物に水ぶつけてどーすんのよ!」

「な、なんだと……?」

 RPGやったことないヤツ多すぎない? 少女はエルフに叫ぶ。


「相手の属性を見極めなさい! 水は雷、火に弱いのが相場でしょ!」

「わ、分かった!」


 エルフは杖を両手で握りしめ、集中する。


「サンダー!!!」

 激しい雷鳴が轟き、凄まじいいかずちがクラーケンを撃つ!

「ファイア!!!」

 海水が炎へと形を変え、クラーケンを美味しく焦がす! クラーケンを倒した!


「さすが、エルフ。魔力単体では誰も敵わないわ」

「これ、人間。助かったぞ。長く生きていたが、属性なるものに合わせるというのは初めての経験であった」

「つまり今まで弱攻撃ごり押しで倒してたわけね?」

「ふっふっふっ。我は、この攻撃をアルティメット・プライマル・リージョン究極原始領域! ――『アプリ』と名付けた!」

「……ん? どこかで聞いたことあるような?」

「して、そなた何者だ?」

「ただの通りすがりの勇者よ」

「ふむ! 気に入った! そなたの旅に同行しよう」


 ・・・


 こうして少女、獣人とエルフの不思議なパーティはトーネタイン大陸に入った。


「ところで、勇者。アンタの目的はなんなんだ?」

「え? 今さらそれ聞く?」

「そうだぞ、獣人。勇者の使命といえば決まっておる。姫を救うのだ」

「違うわよ。魔王を倒すのよ」

「魔王ってどこにいるんだ?」

「……」


「おいら、知ってるよ」

 立ち尽くす3人に声を掛けてきたのは妖精。花びらに座っているが、羽根がない。

「本当?」

「本当さ。大陸の奥、さらに深淵の森、死の谷を越えたところに魔王城がある。おいらに掛かってる呪いを解いてくれたら、魔王城への扉を開いてあげるよ」

「おいおい。妖精にそんな力があんのかよ」

「待て、妖精は不思議な力を持っておる。こやつの呪いを解けばあるいは――」

「分かったわ……でも、どうやって」


「予言があるだろ?」


『勇者降り立ち 四人の守護神により扉開き 魔王潰えん』


「妖精族にはさらに伝えられてるんだ。四人の守護神ってのは数のことで、『4つの聖なる守護数ホーリーガード・ナンバーで扉を開く』んだって」


 ――4つの数字? あの時、スマホを落とした時、押そうとしていた数字?


 少女は一か八か、その数字を口にする。

 すると、妖精の身体が震え出し、花よりも、木よりも大きく――巨人になった。


「こいつは驚いた。妖精は妖精でも大地の精――ギガンテスであったか」

「ありがとう。本当の姿『ギガ』を取り戻せたよ。勇者さん、これはお礼だよ」


 ギガンテスは右手を大きく振り上げ、大地へと拳を突き立てた!

 大地が割け、魔王城が出現した!!


「ついに……ここまで来たのね」


「おいおい、いきなりクライマックスだゼ」


「ふっ。そうこなくてはな」


「おいらも行くよ!」


 こうして、硝子の渓谷ガラケーを旅立った少女は、『スマホスピードマジックホーリーガード』と出会った。

 魔王を倒し、光を取り戻せるのか――それはまた別のお話。

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