今日から神様

くまゴリラ

今日から神様

「神様、僕の就職試験を合格させてください!」


 夜の自室で人生で何回目になるかわからない神頼みをする。

 神頼みを終えベッドに横になると、今まで聞いたこともないような音を立ててスマホが震え、聞いたこともない音楽を奏でだした。

 意味がわからずにスマホに目をやると、スマホから眩い光が溢れ、一面が包まれた。

 どこぞの特殊部隊が悪の秘密基地と勘違いして我が家に突入してきたのかと思い、椅子から転げ落ちる。


「夜分遅くに申し訳ありません」


 突然の閃光のために視界が真っ白になっており、オロオロしている僕に澄んだ綺麗な声が投げかけられた。まだチカチカする目を声のする方に向けてみると胸元が大きく開いた服……というよりも布を体に巻き、背中に白い翼を背負った綺麗な女性が立っていた。


「な、な、な……」


 脳の処理が追いつかず、言葉が出てこない。そんな僕を気にすることなく女性が口を開く。


「私は、神様の補佐をしている天使です。この度、神様が業務を遂行できなくなってしまったので、一部の業務を人間の方に請け負っていただくことになりました」


 そう言ってニコッと微笑んだ。

 普通なら馬鹿なことを言うなと追い出すところなのだろうが、登場の仕方がファンタジックだったので、なんとなく信じてしまった。

 神の業務を人間が行えるのか? そもそも、なぜ僕なのか?

 僕のそんな疑問を置いてけぼりにし、天使は業務内容を淡々と説明し始めた。

 請け負う業務は『人間からの願い事処理』だそうだ。神も天使も人間からの『信仰心』を糧に存在しているということで、信仰心を集めるために人間の願いを叶えているのだという。

 とても人間にやれる仕事とは思えない。そんな疑問を口にすると、天使は胸元に手を突っ込み、何かを取り出した。


「大丈夫です。この『かみふぉーん』という神様の能力を一部具現化したものを使えば、誰でも遂行できる仕事となっております」


 そう言って取り出されたのは、どこからどう見てもスマホだった。

 この『かみふぉーん』に人々の願い事が『メール』という形で送られてくるのだという。その願いを却下する時は当該のメールを削除すればいい。

 ここまでの説明を笑顔で行なっていた天使が急に真顔になった。


「問題なのが、願いを叶える時です。当該メールに返信すれば良いのですが、返信メールの本文に『叶え方』を記載してください」


「ん? 叶え方?」


「はい。例えば、『金持ちになりたい』という願いを叶えるとして、本文に『宝くじが当たって』や『自宅に隕石が落ちてきて高額で売れる』といった具合に書いていただければ、その通りの出来事が起こって願いが叶うというわけです」


「なるほどねえ」


 簡単すぎる気もするが、複雑にするべき理由も思い付かなかったのでスルーすることにした。


「気をつけていただきたいのが、願いと関係なさそうなことを書いても実現してしまうことです」


「どういうこと?」


 僕は首を捻る。


「先ほどの例でいうと『金持ちになりたい』に対して、『怪獣出現』と返信しても実現するということです。この場合、本当に怪獣が出現することで様々なことが起こり、対象者が金持ちになるという具合です」


 少し『怪獣出現』と書きたい気持ちが出てきたが、何とか押し込める。


「じゃあ、無難な方法で叶えていけば良いのかな?」


「それでは奇跡感がなくて、信仰心が集まりません」


「つまり、奇跡っぽい内容だけど、周囲に大きな被害が出ないようにすれば良いのか……。天使が代行すれば良くない?」


「忙しいので無理です!」


 食い気味に否定された。


「い、忙しいのはわかりますけど、何で僕なんです?」


「ああ、それは貴方が類い稀なる無神経……正直者で信仰心に厚いからです」


 何かバカにするようなニュアンスが聞こえたが、認められているような部分もあったので聞かなかったことにする。

 まあ、選ばれた理由はあまり納得いかないが、面白そうだ。報酬もあるというので、僕は引き受けることにした。


「ありがとうございます。それでは、あなた様にはこの県内の願い事を処理していただきますので、よろしくお願いします」


 そう言うと天使は光に包まれ消えていった。



 翌日、代行を開始するために『かみふぉーん』の電源(?)を入れる。騒々しい音をたて、早速メールの着信が告げられる。


『宝くじ当たってくれ』


『彼女欲しい』


『リストラにあいたくない』


『激アツリーチ! 当たれええ!』


 ……


 ひっきりなしにメールを受信する。

 こんなに神頼みしている人間がいるのか……。

 奇跡感が演出できるように内容を吟味しながら返信していく。

 内容が思い浮かばないものは削除する。

 次々と処理していくが、追いつかない勢いでメールが送られてくる。


『嫌いな上司が不幸になりますように』


『リスに囲まれて暮らしたい』


『激アツリーチ!当たれええ!』


『もっと金が欲しい』


 ……


 次々と送られてくる願いの数々。新たな願いに重複する願い。疲れて中断するが、着信音は鳴り止まない。

 着信音は消せない仕様だそうだ。願いをすぐに叶えないと願った事と叶った事実を結びつけずに信仰が強まらない人間がいるからだそうだ。

 部屋に置いて出かけても、耳栓をしても着信音は聞こえ続ける。

 食事中も映画鑑賞中も読書中も睡眠中も!

 メールが止まらない!

 音が鳴り止まない!

 どれだけ神頼みしてるんだ!

 イライラがする!

 何回か『かみふぉーん』を壁に叩きつけたが、ヒビすらはいらない。

 全部叶えてやれば願いもなくなるかと思い、手当たり次第に叶えたが、メールが止まることはなかった。

 業務を請け負ってから何日経っただろうか?

 着信音が鳴り止まない。

 僕は眠れない。

 誰かメールを止めてくれ!

 頭を抱えていると着信音が一際大きく鳴り響いたような気がした。

 新たに送られてきたメールを見た瞬間、頭の中で何かが弾けた。僕は、衝動的に文を書き上げるとすぐに返信した。



 天使が神様代行を依頼した男の部屋に降り立つと、そこに男の姿はなく、つけっぱなしのテレビの音以外に何も聞こえない。

 天使はベッドの上に放置され、沈黙を保っている『かみふぉーん』を手に取る。

 画面には『静寂が欲しい』の一文。返信文を呼び出すと『人類消滅』とだけ書かれていた。


「元凶である人間ならばあるいは……とも思ったのですが、神様でもノイローゼになるのだから人間にできるわけがありませんでしたね」


 そこで天使は溜息を一つ吐く。


「次はもっと狭い範囲にすれば良いのでしょうか? 人間がいなくなる前に打開策を見つけたいものですね」


 天使はそう呟くと光の中に溶けていった。誰もいなくなった室内にテレビの音だけが響く。


「……先程からお伝えしていますとおり、昨夜未明にM県内で全住民が行方不明になるという事件が発生しました。原因は未だにわかっておらず、政府は緊急事態宣言を発令し、M県へ入ることを厳しく制限しています。……」

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今日から神様 くまゴリラ @yonaka-kawa

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