あなたたちの作品に救われています

高山小石

あなたたちの作品に救われています

 メールができなくなった。


 それまでは短文・長文ばんばん送れていた。

 話すと言葉が霧散してしまう。

 後から言った言わないになることもざらだ。

 それがメールだと送る前に推敲もできるし、記録も残るし、読み直しもできる。


 話すよりメールが確実だと思っていたのはいつまでだったか。


 対人が怖くなった。

 言葉が入らない。言葉が通じているのに意味が通じない。


 もしかして、自分から相手に送るメールの他に、別の誰かが自分のふりをして前後にメールを送っているのでは、と妄想してしまうようになった。


 少なくとも、メールの内容を第三者が読んでいるのではないかと疑うようになった。

 そうじゃなければ、どうしてメールを送ったタイミングで、その内容に関する内容の店メールが届くのか。怖くてたまらない。


 届いて欲しい相手には、送っても送らなくても言葉が届かないから、もうなにも送らなくなった。送れば被害妄想のネタが増えるばかりだ。攻撃したいわけじゃない。


 自分で自分を傷つけるくらいなら感情のスイッチを切ろう。なかったことにして忘れてしまおう。記憶を別の大量の記憶で埋もれさせればいい。


 現実を考えれば死にたくなる。なにもしていないと嫌な妄想ばかりしてしまう。

 それなら自分とは違う妄想で頭をいっぱいにすればいい。少なくとも、その間は、まともでいられる。

 完全で安全な死に方を真剣に考える前に、楽しい妄想に溺れてしまおう。


 本を買えばお金がかかるが、無料小説サイトならタダで読み放題だ。

 信じられないくらい長い物語もあれば、手頃な長さで完結しているものもある。

 書き手もジャンルも作品も星の数ほどある。


 口に合わなければ合うまで探せばいい。ここになければ他にあるかもしれない。

 無料小説サイトだっていくつもある。

 あちこち探してもさがしても見つけられなければ、自分で書けばいい。

 自分が読みたい自分だけの妄想話を書けばいい。

 物語の中で自分を救えばいい。


 今となっては、物語を読ませてくれるスマホは、自分の電池のようなものだ。

 読んでいる間は生きていられる。

 誰かの物語で頭の中をいっぱいにしていれば、現実で立っていられる。


 空に向かって誰かに助けを求めていたのはいつだっただろう。

 星空に向かって助けて欲しいと願ったのは。

 もう飛び降りるしかないと思った時に、その誰かは来てくれて、こう言った。

 

「飛び降りたところでニュースになって終わりだよ。君の気持ちが相手に伝わることはないんだよ。だから君が楽しいことをしたらいいよ」


 楽しいことは文章を作ること。

 頭の中で見えたことを言葉にして残すこと。

 生きている間中したいと切実に願ったことはたったそれだけだ。


 内容が誰かに伝わろうが伝わらなかろうが、世界を構築する工程が楽しいのだ。

 独りよがりで結構。

 変態、狂人、おおいに結構。


 さぁ今日も誰かの世界を読ませてもらおう。

 そして自分の世界を構築しよう。

 物語の中でなら、素直に感情が動かせるのだから。

 誰かになりきっている間は、なにをしてもゆるされるのだから。


 スマホは今日も健気に妄想を映し出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたたちの作品に救われています 高山小石 @takayama_koishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ