木蓮は闇夜に仄白く

2121

木蓮の導き

 朔日で夜が失くした月の代わりに、白木蓮は仄白く浮かぶ。

 降り立つように現れたのは、木蓮の花から生まれた少女だった。木蓮の花びらのような襟の服に、整った顔立ちが中央に鎮座する。

「すみません」

「……? お前、見えるのか?」

「この辺であったことを聞きたいのだけれど」

「分かることならば力となろう」

 木蓮の少女はそう言って僕を見上げた。

「この辺で女の子が消えてしまった。その子の行方を探しているんです」

「あたしが食ろうたわ」

 赤い舌が唇を舐めて濡らす。異様に妖艶なその姿に、僕は少し身構える。おそらく人ではないこの人は、僕とは違うものが見えているに違いない。とはいえ、いかんせん少女の姿なのでどこか大人の真似をしてませた印象もあった。

「嘘は止してくださいよ。あなたが食べられるのは雨水だけでしょう」

「真面目に答えるのはお止めよ。悲しくなるわ」

 眉を下げて、ふっと笑う。その笑みはどこか人懐こく、妖艶で高貴な印象が一気に和らいだ。

「まぁ、冗談だ」

 そう言って、真面目な顔で向き直る。

「女の子とおまえの関係は?」

「妹です」

「訳を詳しく聞こうじゃないか」

 促されるままに、僕は訳を話すことにした。

「年の離れた妹はまだ小さくて、僕はこの公園へ遊びに行くため、二人で手を繋いでやってくる途中だったんです。それが気付いたら僕は一人になっていて、妹はどこかへ消えてしまっていた」

 遊びに行った時間も昼間だったはずなのに、もう日も落ちて真っ暗になっていた。あったはずの妹の手の感触が無くて、どうしようかと思っていたところでこの人に会ったのだった。

「あたしに聞いたからには、相応のことは覚悟しておろうな?」

「えっと、それはつまり?」

 何か対価でも要求されるのだろうか。払えるものだといいのだが。

「お前の妹が見付かるまで、きちんと面倒見たるわ」

 ……面倒見がいい。

 なるほど、意外と頼りがいのある人らしい。少女の姿の割に、どこかしっかりとしていて大人びた印象があることにも納得する。

 実際のところ、何歳くらいなのだろう? 木蓮なのだから、やはり僕よりも年上なのだろうか。

「しかし、あまりここから離れられんからなぁ。お前、家は近いのか?」

「ええ、ここからなら五分もかからないと思いますよ」

「そのくらいなら行けるだろ。お前の通った道を逆走しよう。では行こうか」

 そうして、僕は木蓮を連れて帰路を辿る。

「妹はどんな子なんだ?」

「甘いものが大好きで、いつも甘い匂いをさせていた。一番好きなのは、コンビニでも売っている砂糖のまぶしてあるドーナツだ」

「仲は良さそうだな」

「良いと思いますよ。たまにケンカはするけど、食べ物に関するケンカしかしないし」

「食べ物の恨みは幼子でも恐いということだな」

「そういうことです。この辺り、人がいないですね」

「こんな時間だからな。仕事帰りか塾帰りの人しかおらんだろう」

 雑談をしている内に、家へと着いた。角を二つ曲がって信号を渡れば着くほど近い道のりだった。こんな距離なのに、どうして妹を見失ってしまったのだろう。

「ここが僕の家です」

 なぜだか扉は開いたままだった。

 扉の奥から風が吹き、木蓮は足にぶつかる何かを驚いたように受け止めた。透明な何かに微笑んで、空をそっと撫でる。

 そして、甘い匂いが漂った。

 ━━何がそこにいる?

「……お前はなぜあたしに助けを求めたんだ?」

「あなたしか、見当たらなかったから」

 漂う匂いが懐かしい。なんでその匂いがするんだろう。妹が、ここにいるわけでもないのに。

「一つ聞くが、お前ここへ来るまでに人を見たか?」

「見ていない。一人も」

「なるほど、確信したよ」

 撫でる手をとめて、木蓮がこちらを向いた。

「迷子はお前の方じゃないのか」

「僕が、迷子?」

「お前死んだんだよ。何か覚えてないか? 車に轢かれたとかそういうの」

「……確か、僕から妹の手を離したことは覚えているんだ」

「きっとお前が手を離したから、この妹は生きているんだろう」

 信号のところ、だろうか。あの通りは車が多いし、直線だからスピードを出していることが多かった。

「動物は生と死がはっきりしているんだろう? だから今お前には植物たるあたししか見えない。あたしは、お前たちより生と死が曖昧で、中立だから見えるんだろう。今はお前の葬式みたいだが、見ていくか?」

「いや、遠慮しておくよ。なんか気持ち悪いし。それより、妹はそこにいる?」

「いるとも。お前の顔にそっくりでびっくりしたくらいだ。確かに、甘い匂いがするな」

 いるんだ。

 僕は木蓮が撫でていた場所におそるおそる触れてみる。何も見えないけれど、細い髪の感触がした気がした。すると、僕の手を何かが掴んだ。その感触を僕の手はよく知っている。少し、泣きそうになる。

「妹が生きているなら、それでいいや」

 手は離れて、家の奥へと何かがかけていく足音が微かにした。お母さんが妹を呼んだのかもしれない。何も見えないけれど、きっとそうだ。

「いや、よくない。迷子を放っては置けないだろう。自縛霊にでもなるつもりか?」

 木蓮が掌を上に向けて僕の前に手を差し出した。

「導き手はあたしだ」

 少女は言う。例えて言うなら、お姉ちゃんみたいに頼れる姿で。

「言っただろう? 最後まできちんと面倒見てやる。天国でも地獄でも、好きな方に連れていってやろう」

「地獄は少し見てみたいけど、出来たら天国がいいな」

「お前がそちらに行けることをあたしも切に願っているよ」

 僕はその手を取って、引かれるままに導かれていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

木蓮は闇夜に仄白く 2121 @kanata2121

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ