第7話 禁じられた恋
次の朝、浩子が教会に行くと、ジョンは既に神父服を着て、祭壇台で聖書を読み、神への祈りを捧げていた。
「おはよう、浩子!、昼から柵の修理に行くよ!」
「おはようございます。神父様。大丈夫ですか?赴任して来たばかりなのに…」
「大丈夫さ!僕は半分はカウボーイだよ!」
「神父様…、本当に面白い…」
浩子はジョンの心の優しさが堪らないほど嬉しく感じていた。
昨夜、祖母から聞かされていたことがあった。
「おばあちゃん、バーハム神父様に牛舎の売渡しを頼んでいたよね?」
「それがね、浩子。今のまま放牧を続けられることになったのよ。」
「えっ、でも、私とおばあちゃん2人だけじゃぁ、20頭しか飼育できないよ。」
「それがね、プラッシュ神父様が手伝うんだとさ!」
「えぇ~、神父様がぁ~、確かにカウボーイって自分で言ってたけど、神父さんだよ~!」
「そうなんだよ。私もね、神父様に手伝って貰うのは気が引けると言ったんだよ、でもね、プラッシュ神父様がね『その代わり、浩子にシスター、続けて貰いたい。』と仰ってねぇ~」
「うん…、私は構わないけど、本当に良いのかなぁー」
「良い訳ないんだけど、どうしてもカウボーイしたいんだとさ。」
「うん…」
「そしてね、バーハム神父様がプラッシュ神父様にここの教会を頼んだ時、浩子の話が出たみたいなの…、あの台風で両親が亡くなったとね…、プラッシュ神父様も両親居ないので、浩子のこと心配なさってるみたいなのよ。」
「そっか…、分かった…、私も牛や馬達と一緒に居たかったから、明日でもプラッシュ神父様にお礼言っとく。」
浩子は、昨夜の祖母との話を忘れないうちにと、ジョンにお礼を言った。
「神父様、牧場もお世話して頂くことになって、ありがとうございます。」と
ジョンはにっこり笑って答えた。
「だから言っただろう~、僕はカウボーイなんだよって!」
浩子がハニカミながら笑うとジョンはこう付け足した。
「僕の故郷、アリゾナ州のナバホ族の居住地でも牛の放牧が盛んなんだ。僕自身はシアトルで育ったんだけど、どうも先祖の血が流れているのか、好きなんだ。馬や牛達が!」
「私も!大好きなんです。あの子達が嬉しそうに放牧地で過ごしている姿、とっても幸せを感じるんです。」
「それが『心の平和』です。生なるものの育む姿を神もお喜びなさっているのです。」
「神父様…、本当にありがとうございます。」
その午後、ジョンと浩子は一緒に馬に乗り、有刺鉄線の緩んだ箇所を修繕していった。
「浩子、3本鉄線があるだろ。要は一番上の鉄線なんだ。牛や馬はね、障害物を越えようとする習性があるんだよ。
決して、潜って抜け出ようとはしないのさ。」
「なるほど、流石、カウボーイ!」
「その褒め言葉が僕は一番嬉しいよ。」
「神父様、本当に面白い…」
全て貼り直した。時刻は午後5時を周り、久住特有の雷雲が西の空の入道雲の下に現れ出した。
「夕立が来そうだな!」
「神父様、森の中に行けば大丈夫です。」
浩子は、ジョンを森の雑木林が生い茂ったせせらぎの淵に案内した。
標高800メートルの久住高原も真夏の気温は日中は30度を超える。
しかし、この森の中は、別世界のように心地良い冷気に溢れ、清水が静かに流れていた。
水仙や純連の花が所どこに咲き誇り、岩には抹茶色の苔が生え、上空は木々達の天然の屋根が灼熱又は暴雨から守ってくれていた。
「ここは素晴らしいよ。僕の育った土地ではこんな綺麗で涼しい所はないよ。」
「プラッシュ神父様の育った土地はどんな所なんですか?」
「うん…、シアトルは正にコンクリートジャングル大都会さ。僕が生まれたアリゾナ州のモニュメント・バレーは、緑が無いんだ。岩と砂の世界さ…」
「そうなんですね。ここ久住は森と水の世界です。」
「本当だね。緑と青の世界だよ。今日の浩子のワンピースと同じだ!」
「あっ…、私、青色が好きなんです。」
「うん!浩子は肌が真っ白だから青が似合うと思うよ。」
浩子はジョンの褒め言葉に照れてしまい、純白の頬が少し赤らみた。
「ここに、ずっと浩子と一緒に居たいなぁ…」
「でも…、神父様は皆さんを見守る役割ですから…」
浩子が下を向き少し悲しげに言った。
ジョンはマタイ第19章第12節のイエス・キリストの言葉を述べた。
「母の胎内から独身者に生れついているものがあり、また他から独身者にされたものもあり、また天国のために、みずから進んで独身者となったものもある。この言葉を受けられる者は、受けいれるがよい。」と
そしてこう説明した。
「修道の本来の意味は、イエス・キリストの生活に倣う事なんだ。
イエス・キリストは妻を持たず、姻戚に縛られず、頭上に屋根を持たず、さすらい、極貧のうちに、断食し、祈りに明け暮れた。
だから、修道士もこの理想像に極力近付く事が求められるんだ…」
浩子は下を向いたまま一言、「はい」と返事をした。
するとジョンは浩子を力強く抱き寄せ、そして、優しく抱きしめて、浩子の額にキスをし、こう言った。
「今の僕は修道士でも神父でもない。浩子のことが大好きなカウボーイだよ。」と
浩子は答えた。
「私も今はシスターではありません。ジョンが大好きなカウガールです…」と
ジョンは浩子の切ないジョークに応えるかのように、そっと唇にキスをした。
浩子は、この森の秘事は神様もきっとお許しになさってくれると心で祈りながら、ジョンのキスに、目を慧じ、甘く応えた。
この2人の逢引きは、このせせらぎのように清く透明な自然そのものであった…
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